秘湯!名湯!激湯!
第14話 恋占いのネイル
「恋占いのネイル?」
真剣顔でリリーの手と向き合っているアンに首を傾げてみせる。
「お風呂に入るとね、色が変わるの!」
「一回きりですぐ取れちゃうネイルなんだけど」
「両思いだと赤で、片思いだとピンク、脈ありは黄色、相手には他の好きな人がいますだと紫色!」
椅子に座って大人しくネイルを塗られているリリーを取り囲んでメイドたちはわちゃわちゃ話している。
リリーは感心してアンに塗られていく爪を見つめた。
見た目は透明に少しピンクを足したようなネイルだ。
それが風呂に入ると色が変わるのだという。
「まあお湯の温度で色が変わるんだけどね」
身も蓋もない。
「でもそれがすっごく可愛いの〜!」
「これでおしまいだから、ぜったいお土産に買ってきてね!」
「最後の一回私に使って良かったの?」
もちろん!と皆笑顔だ。
「温泉旅行だもんね〜オシャレしないと!」
「新調コート!同色パイピングでちょっとエレガントなお姉さん風でーす!」
エレガントなお姉さん…コンセプトに若干不安に感じるものの、新しくリリーの為に作られたミルクホワイトのケープコートは暖かそうでこれからの季節に丁度いい。
「何かあったらすぐ通信入れてね。必ず助けになるからね」
あれよあれよという間に決まった温泉旅行。
エライユから程近い惑星ゼノンという所にあるらしく、船で向かうことになる。
送りと迎えはヴィントの部下たちが船を航行させてくれるということでリリーは旅支度を整えた。
てっきりヴィントは来ないのかと思いきや、「放っておくと三日が三ヶ月になる可能性がある」としっかり同行してくれる事になった。
見知らぬ土地で三ヶ月…しかも王と一緒では爆発と崩壊の危機が隣り合わせに決まってる。
リリーは心底安心した。
リリーはメイドたちに着るのを手伝ってもらってコートを羽織る。
回って回って〜とのせられてくるりと回る。
ひらりと裾を翻したコートは軽くて動きやすい。
へへへと照れ笑いをするとメイドたちはかわいいー!と拍手した。
「…もういいかー?さっさと出発するぞー」
ラーニッシュの覇気のない呼び声にはっとして振り返ると一緒に行くラーニッシュやトルカ、ヴィントにも見られていた。
す、すみませんと慌てて駆け寄った。
「髪型見て!気合い入れて編みこみました!」
「コートの下も可愛いの!」
「ネイルも見て!」
わあわあ言い募るメイドたちにラーニッシュがぼそっと言う。
「儂より懇切丁寧に仕立てられとる…」
「あーん!違うの!愛のかたちが違うのよお!」
王様のことも大好きだからああ、ね?ね?とメイドたちに揉みくちゃにされてラーニッシュはまんざらでもない顔をした。
「前回のオルフェの事もあって国際警察が取り締まり強化で警察の航行数が増えている。道中もエライユも安全だろう」
ヴィントはそう言うと手を差し出した。
リリーは手を乗せてタラップを上がる。
「…コート、よく似合っている」
「あ、ありがとうございます!…ヴィント様も、グレーのコートかっこいいです」
ヴィントもいつもの騎士服ではなくライトグレーのコートを羽織り、装具も少ないせいか細身に見える。
見慣れない姿のせいか隣に並ぶと落ち着かない。
「気をつけてー!楽しんできてねー!」
大振りで手を振りながら見送ってくれるメイドたちにリリーも笑顔で手を振り返した。
リリーの魔力はクルカンと同等か、それ以上かもしれないと主が言った時は半信半疑だった。
むしろ、惚れた弱みで多少贔屓目に盛っているのではないかと思ったほどだ。
それがどうだ。
稲妻が光の柱ともとれるような輝きを伴って王城を揺らしオルフェを下した。
オルフェは魔法耐性が強く、並大抵の魔法では体に傷一つつかないだろう。
駆けつけた時には完全に失神しているオルフェを見てとんでもねえ、とシスカは思った。
魔法封じの首輪にも物怖じず、人工魔獣相手に一歩も引かない胆力。
いつだったか、リリーの事を箱入り娘と揶揄した事がある。
多くを語らず、温室育ちのような純真さで己の過去を受け入れ他のメイドたちも包み込んでみせた。
今回の功労賞は間違いなくリリーだ。
何か労ってやれればいいが…突然金でも渡せば何か事案だ。どうしたものか。
見ればリリーはきゅっと口を結んで息を飲んでいる。
「そ、そんなに悩ませてしまいましたか…?」
土産は何がいいかと聞かれたところだった。
妙に察しのいいところがあるリリーを悩ませてしまったようだ。
「…俺らの事は気にすんな。何か美味いもんでもあればそれで」
「好みの味とかありますか?」
生真面目にメモを取っているところもらしいと思う。
濃い味、辛い味、酒に合いそうな感じ、なんて言った事をふんふんと聞きながら記している。そのうちトルカに呼ばれて向かっていった。
「三日分ですからね、たくさんですよ」
トルカが円柱型の缶をひっくり返すとバラバラとお菓子が大量に机の上に散らばる。
いまいち状況が飲み込めずリリーはぱちぱちとまばたきを繰り返した。
「…おやつ?」
「そうです!道中おなかが空いたら大変です!」
力説するトルカにリリーはふふっと笑ってテーブルのお菓子をつまみ上げた。
「そうだね、それは大変」
「かばんに入る分だけにしなさい」
紅茶を淹れて持ってきてくれたヴィントがトルカを諭すとええーっと落胆の声が上がる。
トルカは既に両腕いっぱいにお菓子を抱えていた。
宇宙空間に出ましたよ、とヴィントの部下アレクに声をかけられてトルカはお菓子を机に戻し窓に齧り付く。
「うわー!本当に真っ暗!すごい!」
リリーもトルカに倣って窓にくっついた。
「本当……来た時はこんなにしっかり外を見なかったな…」
「見なかったってお前…300光年何してたんだ」
後ろから来たラーニッシュに聞かれリリーはうっと口を手で覆う。
「ずっと寝ちゃってたかも…」
寝てた!?と方々から驚きの声が上がり肩身が狭くなる。
「実質500年くらい寝てたんじゃないか?」
「や、そんなはず、わりとすぐ…着きましたよ!?」
ラーニッシュに揶揄され反論する。
あの時は確かに、すぐに寝てしまって…魔法で出来ていたというリリーの乗ってきた船には他に乗客がなく、証明しようがない。
「500年も寝てたらおなかすいちゃいますよね?」
トルカの問いにそれはそう…と思わなくもないが、真相は謎である。
というか、500年も寝てたらあちこち痛めそうだ。
お菓子をありったけ鞄に詰めてヴィントに叱られるラーニッシュのやり取りを眺めながらリリーはテーブルに戻った。
「航路は見ますか?」
ヴィントの部下ブラウに促され紅茶を飲みながら立体映像を見る。
映像には点で表された船と線で導かれた航路が表示される。
「普段はこんなにエライユ付近に船はないんですけどね」
点に触れるとその殆どが国際警察の船であることが表示される。
「我々の船はこれです」
自船の点に触れると船員の名前が表示された。
「私の名前もある!」
「船の名前と出国名、目的地、乗組員の名前が表示される規定なんですよ。他の船とも情報は共有しています」
「ナルフに向かう途中、エライユ行きの商船が妙だったんでな。問い合わせたら実在する船じゃなかったからな。その時点で警察に通報して俺たちは戻ってきたって訳だ」
シスカの説明にリリーも納得する。
オルフェの船は商船と偽装してエライユに入り込んで来たのだ。
「エライユは田舎すぎてそもそも行商船すら来ないからな!」
だははと笑うシスカに反応しづらい。
「今時は通信販売が主ですから…船が来なくても困る事はそうないんですよ」
アレクにそうフォローされた。
降船するときの独特の空気感は不安と好奇心が入り混じる。
惑星ゼノンのグレートーンの街並みを見てリリーは故郷のティースを思い出した。
船着場のあちこちに泥にまみれた雪山がある。雪が降って除雪した後だろう。
「何か………………」
リリーは降り立った街の雰囲気に圧倒された。
家の屋根から屋根へと紐が伝い、色とりどりの三角形の旗が踊る。
街中の木という木がオーナメントで飾られており、街をゆく人々もどこか浮かれた様子がある。
「お祭りでもあるのかなあ?」
リリーの隣で首を傾げるトルカ。
「あんたたち知らずに来たのか?」
リリーたちの住民カードを確認する役人が声をかけた。
「今日から一週間は月の祭りだよ。久々に四つに割れたんでね」
何が割れたんですか?と問うリリーに役人が空を指差した。
「ほら月だよ。たまに割れるんだ。あんたんとこは割れないのかい?」
月。
確かに昼のうちから確認できるまで空高く登ってきている月は丸い形で四つあった。割れたというより、同じものが四つあるので分裂したようにも見える。
「祭り?宿はとれるのか?」
ヴィントが怪訝そうに尋ねると役人は驚いた顔をした。
「あんたたち、予約とってないのかい?今から取るのはだいぶ厳しいかもしれないな…」
三日後にまた迎えに来ますね、と言うシスカたちと笑顔で別れたばかりだ。
役人の声に危機を感じてリリーはヴィントを見る。
目が合った感じ、だいぶまずそうな感じだ。
いまいち状況が読み込めてないトルカと、緊張感のかけらもないラーニッシュを急かして四人は宿場街に向かった。
「…宿、見つからなかったらどうしましょう…」
宿場街の案内所のロビーの椅子に座るリリーは不安げに呟いた。
ソファーにゆるく座ってパフェを堪能しているラーニッシュはそりゃ野宿だろ、と言いながらリリーのパフェから飾りのチョコを抜き取った。
む、とリリーはパフェを自分の方に引き寄せもう取られまいとしながら案内所で交渉しているヴィントを見る。
「今の時期野宿は寒いんじゃないですかね?」
自身の身長より高いのではないかと思われる巨大パフェを夢中で食べながらトルカは言った。
緊張感のかけらもない。
「温泉街は地熱があるから野宿でもあったかいだろー?」
適当な事を言い出すラーニッシュが恨めしい。
するとリリーは急に立ち上がりラーニッシュにあげます!とパフェを押しつけた。
いつの間にかヴィントが黒い服の集団に囲まれている。
リリーは急いでヴィントの元へ向かった。
「どうかしましたか?」
駆けつけると黒服は驚いて、
「女性の方が一緒とは……申し訳ない、いや失礼、我々は怪しいものではありません」
と言った。距離を詰めるわけでもなく、本当にヴィントに用事があって来たようだ。
「どうか話だけでも…女性の方も一緒に……」
リリーは困惑してヴィントを見上げると、ヴィントも状況を掴めていないようだった。
「…分かった、話を聞こう」
ヴィントに促されてリリーも黒服達と共に移動する事になった。
こちらです、と案内されて向かった先は建物の最上階だった。
最上階はガラス張りで作られており、展望台を兼ねているようだ。
「これはこれは。よく来てくださった」
恰幅の良い男性は品の良い衣服で身を包みそれなりの身分のようだ。
「私的に来られている様で…お呼びたてして申し訳ない」
そう謝る男性はハンカチで汗を拭いた。
「人目を避けて話たい事となると…」
お察しの通りです、とヴィントに言う男。
「あちらの森が深くなっているところがあるでしょう?あそこは遺跡になっているのですが…どうも最近、魔物の動きが活発でして……」
「…魔獣の可能性もあると?」
「そこまでは…しかし、お祭りの時期と重なりまして………なるべく内密に納めたく……」
リリーもヴィントも森の方を見る。
開発された街と違って手付かずの自然が残って樹々が大きく成長しているのが見てとれる。
「遺跡の最深部が温泉源でして……もし問題がありますと………市の方と致しましても………」
あっもちろんただでとは申しません!と男はまたしても汗を拭いながら言う。
「もし解決していただけるのでありましたら、この街一番の宿の部屋にご案内致します!」
ヴィントはちらっとリリーを見た。
リリーは無言でこくこくとうなづく。
「…対処しよう。仲間と来ているので相談と準備がいる」
「それはありがたい…!何か必要なものがありましたら何なりとお申し付け下さい!」
平伏せんばかりにお礼をいう男と黒服と別れてロビーに戻る事にした。
泊まれる部屋が見つかったのはありがたい事だ。
しかし泊まる前に、魔物退治が待っているのでは…?
白いコートで完全お出かけモードで来てしまったリリーは深く項垂れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます