第13話  誰にも言えない、本当の事


城門前の瓦礫を魔法で少しだけ整備し片付ける。

しっかり直すのは後日でいいだろう。

人工魔獣の遺骸はしばらく残っていたが、時が経つと魔物と同じように灰になって消えていった。


「…魔王との大戦末期は、殆ど仲間同士の同士撃ちだった」


ヴィントの声にリリーは振り返る。


「魔王に組していると疑心暗鬼に駆られた者同士の争いと、それを仲裁しながら襲ってくる魔獣の駆除」


…あんなにも歯が立たなかった人工魔獣とは比べ物にならない魔獣と対峙しながら仲間の仲裁の日々はどんなものだったのだろうか


「…捌き切れないうちに、悪行を企てた者がいて沢山犠牲になった。彼女達も、自分がどうして産まれてきたのか……よく知らないようだった」


強い風が吹いて門前の瓦礫に混じる砂埃を巻き上げる。

リリーは目を瞑ると頭の中をいろんな事が駆け巡った。


鮮やかな紅葉を巻き上げて無邪気に笑う、アンとフラー。

料理を作る、掃除をする、お茶をする、遊ぶ、時々みんな一緒に寝る。


遠く離れた惑星ティースで魔獣も魔王もよく知らず暮らしていた頃、他のメイド達は、泣いていたんだろうか。







中庭では王とメイド達が待っていた。

メイドたちとリリーの間は近いようで果てしなく距離があるように感じる。


「…ごめんねっ…ほんとうはもっと、仲良くなってから言おうと思ってたの!でも…でも、仲良くなったら…どんどん…ますます…言えなくなっちゃって………」


そう言って肩を落とすフラーの背中をアンが支えた。



「…ここに来た時、王様が言ってたね。二つ条件があるって」


リリーは一歩前に踏み出して話し出した。


「ひとつは悪い事をしない事、もうひとつは…みんなと仲良くする事、って」


また一歩、と距離を縮めながらリリーは言う。


「私にも、言えなかった事があるよ。前に言ったよね…先祖返りで、故郷の人たちと私の外見が違う事、あまり家から出ずに育った事」


大きく息を吸って、ゆっくり語りかける。


「…お父さんがね……隣の家の人に殴られた時、私助けてくださいって言ったの。でも、誰も助けてくれなかった……こんな………こんな、子供がいる人じゃしょうがないって。殴られても、しょうがないって」


リリーはフラーの手をとって言う。


「…こんな、しょうがないって言われたのが、恥ずかしくて。どうしようもなく、情けなくて。そんな私じゃなくて………私じゃなくて………知って欲しいのは、そんな私じゃ、なくて………」

「リリー、」


フラーは言葉を紡ごうとして、結局何も言えなくなってリリーに抱きついた。

抱きついて大泣きした。

他のメイド達も大泣きしながら重なった。


…指先、もう冷たくないな。


リリーもきつく抱きしめ返してぎゅっと目を瞑ると涙がこぼれ落ちた。









間もなく冬が来る。

秋の歌を囀っていた虫たちはすっかり静かになり木枯らしが吹きつける。

屋外では寒すぎるがラーニッシュはあえてバルコニーのデッキチェアに寝っ転がった。


「やれやれ。メイド達は全部リリーに取られてしまった」


独り言とも取れるラーニッシュの呟きにシスカが豪快に笑った。


「ひょっとすると、王様より求心力があるかもしれんなあ」


そんな二人に特に反応せずヴィントは黙々と飲んでいる。


「…儂は最近分かってきたぞ。あの顔をしてる時はリリーの事を考えてる時だ」

「王様も中々分かるようになりましたね」


俺もそう思います、とシスカは自身の顎髭をさする。


「っていうかお前!これどっから持ってきた!」


ラーニッシュはヴィントから酒瓶を奪い取る。


「空!しかもめちゃくちゃ開けてる!貴重なやつから順に空!」


よく見るとヴィントの足元に大量の酒瓶が転がっている。

あぁもう、と瓶を回収するシスカの向こうで人差し指を立てたラーニッシュがヴィントに


「これは何本だ!?」

「…三」

「めちゃくちゃ酔ってんじゃねーか没収だ酒!」


などとやっている。

ラーニッシュはヴィントの肩に腕を回して言う。


「酒代に吐いていけ。何考えてた」

「……………………………首輪………」

「………儂が留守した間にいったい何やらかした」

「オルフェは始末しておくべきだった」

「急に物騒だな…首輪はまだ早いだろ待てちょっと待て何だそれはお前酔いすぎ」


真顔で鮮やかな蹴り技から寝技をしかけるヴィントにラーニッシュは悶えた。

はいはい、俺はもう寝ますからねと二人を無視してシスカは空瓶を持ってバルコニーを後にした。


色んな方面で問題は山積みだがどうせ寝て起きればみんなけろっとしているだろう。

女性陣含めエライユの住人は皆したたかだ。

折れる!!というどっかの王様の悲鳴は聞かなかった事にした。







刑期ねえ、あと七万二千年なの。


というアンとフラーにリリーはケーキ?と考えてそれが刑期なのだと思い至る。


「王様がね、楽しく暮らせるようにってね、」

「あっちこっち鍵がないの、びっくりしたでしょ?」


誰も彼女たちを拘束しない、自由に生きられるようにと。


「七万二千年なんてすぐだよ。私たち長命種だし」

「出られるようになっても、ここで楽しく暮らしそうだけどねー」


アンとフラーはのんびり笑って言う。


「…私、やっぱり温泉に行ってこようかな」

「えーっ本当!?」


他のメイド達が寝静まった後もリリーとアンとフラーは三人で話し続けた。

皆が眠っている為三人は声の調子を落として盛り上がる。

身を寄せ合ってお互いの肩に頭を預けながら喋る。


「…温泉は持って帰れないとは思うけど、いろいろ見てきて王城内に素敵な温泉作るの」


と言うリリーにアンとフラーは小さく拍手した。


「これからもっと寒くなるもんね、いいよねあったかい温泉!」

「雪の中の温泉とか最高かも!」


きゃーと小声で盛り上がるアンとフラーにうーんとメイドの一人が寝言を言った。

リリーとアンとフラーは揃って口元を手で押さえる。

互いに目配せしてふふふと笑った。


ここで皆で長く暮らすのだ。楽しい事を沢山増やそう。

リリーは天窓から降り注ぐ星明かりを見つめながら思った。
















薄暗い監獄の中、音もなくその魔術師は現れる。


「やぁ、ボクだよ!良い子にしてたカナ?」


糸のように細い目をにこにこさせながら邪気なく笑う。

ガシャンと檻を掴みかかってオルフェは吠える。


「遅えよ!さっさと迎えに来いクルカン」

「嫌だなあ、怒らないでヨ。ボクにも立場ってものがあるのサァ」


鍵束をくるくる弄んでから牢獄の鍵を開ける。


「……エライユにいた魔法使い、あれお前の女か?」


先を歩くクルカンがぴたりと歩みを止める。


「女のコぉ?どんなコ?かわいいコ?」


──経験が足りないのはあなたの方かもね


深い闇夜を連想させる暗色の虹彩からも決して失われない強い光を湛えた瞳を思い出す。


「…クソ生意気な女だよ」


いやそれドンナ?と言ったクルカンは、あ、と


「そのコ、もしかして時渡りの金時計持ってナカッタ?」

「…そういえばそんな事言ってたな…」


そっかあ〜あの時のコ!と言いクルカンはくすくす笑う。


「来てくれたんだ。じゃあ、ボクも近いうち挨拶に行かなきゃネ!」


重苦しい監獄からオルフェとクルカンは霧のように姿を消した。








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