第12話 あなたの方かもね
降り立ったばかりのエライユはとても眩しくて、何度もまばたきをした。
見渡すばかりの緑の大地、あちこちに花は咲き乱れ空は淡く澄んでいる。
白亜の石造りの王城内は至る所から日差しが入り込み、光が反射して輝いていた。
回廊を歩くとどこからか入り込んだ花弁がふわふわと舞った。
ここで、住み込みで働きたいんですけど、と緊張で身を固くしたリリーが言った時も王は偉そうに王座に踏ん反り返っていて、王座に続く左右の階段にはメイドたちがひしめき合っていた。
「ここで働くにはふたつ条件がある」
そう王は言った。
リリーはこくこくと頷くとメイドたちがわあっと駆け出してきて飛び付かん勢いでリリーを取り囲んだ。
名前は?どこから来たの?荷物重くなかった?部屋はたくさんあるの、好きなところでいいんだよ!と矢継ぎ早に話す彼女たちを見てますます緊張した。
そして同時に、とても嬉しかった。
…ここでの暮らしが大切で、守りたくて必死なのだと言ったら皆笑うだろうか?
城壁を登りかける人工魔獣の足元を狙って何度も魔法をかけるリリーは、顔にかかる雨を袖で乱雑に拭いながら考えた。
「なんだあれ、でっかいな」
いつの間にか隣に並んでいた男にリリーは目が溢れるかと言うくらいまん丸にして驚いた。
「お、お、お、お…」
「お客さんなんですか?ちょっと問題ある感じですねー」
さらに隣に並んだトルカが首を傾げて言った。
「おお王様!?お戻りで!?」
トルカも、と言うと妖精の少年はにこにこしてただいま戻りました!と元気よく返す。
仁王立ちでふんぞり返って腕を組んだ王─ラーニッシュはふふんと言う。
「分かってる、皆まで言うな。奴が城を襲っているのだな?」
いやそうだけどそうじゃないような!?
「英雄は遅れてやってくるのだ」
ラーニッシュが背負っていた大剣を構えると強い魔力の流れが起き、ぶわりと髪を巻き上げ地面の雨水も吹き飛ばす。
「いや〜間に合ってよかったです!王様、リリーちゃん達が精霊の祝福を受けたのが羨ましかったみたいでー」
と言うトルカ、強すぎる対流がリリーのマントやラーニッシュとトルカの外套をバタバタと揺らす。
「火の精霊の祝福を貰ってきた!一発目を特別に見せてやろう」
自慢げに言うラーニッシュの刀身が赤く輝いている。
「あ、あの、あの、その、わたくし恐れ多くも進言したいことがございまして」
「どりゃあああっ!」
リリーが言いかけるもラーニッシュは大剣を振り下ろし一刀両断した。
轟音の後城門の一部がガラガラと崩れ落ちる。
「む、外した」
「加減って言葉知らないの!?」
リリーが思わずラーニッシュの外套に掴みかかって言うとトルカが後ろでけらけら笑っている。
「王様、また城門壊しちゃったー!」
…また。
と言うことはしょっちゅう破壊しているのだろうか。
リリーはぶんぶんと首を横に振ると
「あの!ここはお任せしても良いでしょうか?」
と言った。
城内の皆やオルフェを追ったヴィントも気になる。
「良いぞ」
「……景観維持を心がけて?」
「けいかんいじ?」
…初めて聞く言葉みたいな顔をしないで欲しい。
「修復可能の範囲内でお願いしますという意味です」
「なんかお前ヴィントみたいだぞ」
リリーは手で顔を覆って上を向いた。
今度ヴィントに王を上手く吊るし上げられる秘訣を聞こう絶対とリリーは心に決めた。
「任せましたからね!」
そう言うとリリーは飛び上がって城壁を超え、城内に戻った。
リリーは城内に戻ると足早に回廊を進む。
歩きながら魔法で体中の雨水を飛ばす。
城門付近で大きな音と噴煙が上がる。北の塔付近では時折雷鳴が響き渡った。
城門ではラーニッシュが、北の塔付近ではヴィントが戦っているのだろう。
「リリー」
こっちだ、とシスカに呼ばれ広間に入る。
中ではオルフェの部下達が縄で拘束されて座り込んでいた。
「王様が戻ってきて、」
そう聞くや否やああ、暴れてるな確かに音が凄いとシスカは苦笑する。
「こいつら妙な事を言い出してな…」
どうもオルフェたちは惑星ナルフにヴィントたちを誘い出し、その間に人工魔獣を使ってラーニッシュを倒す計画だったらしい。
そのラーニッシュは行方不明、ヴィントたちは飛んで帰ってくると計画倒れではあったが。
「どうしてそんな事を?」
「何でも魔王の封印を解いて、違う所に封印し直すつもりだったらしい」
「…何ですって?」
シスカも怒り…というより困惑顔だ。
「魔王って…存在してるだけで一瞬で星を滅ぼすって聞きましたけど…そんな、一度封印を解いたら星を滅ぼす魔王に巻き込まれて…死んじゃうんじゃないかしら…」
「…そこまでは知らねえよ、俺たちはとにかく、ラーニッシュの奴を殺せとしか、」
オルフェの仲間が呟くと殺す!?捕まえるとかそういう話じゃなかったのか?命を取るなんて聞いてない!と仲間同士で言い争っている。
「お前ら知ってる事は全部話せよ。今からお前らを突き出す国際警察ってのはな、嘘ついたり黙秘したりすると刑期が伸びるんだよ」
「う、嘘だ!」
「嘘じゃねえよ俺は元警察官だ」
と言うシスカに驚いてリリーはシスカを見つめる。
冗談だろうか?シスカはなかなかに読めないところがある。
「私、ヴィント様の所に行きます」
「待て……いや、うーん、ちょうどいいか」
シスカは少し悩んでちょっと秘策な、とリリーに囁く。
「…分かりました。行ってきます」
広間を出ていく途中にシスカやオルフェの部下たちの衣類からまだ少し濡れている雨水を魔法で完全に取り去った。
「…あの人何で俺たちにも優しいんだ?」
思わず呟くオルフェの部下のひとりに、
「…惚れるならやめとけ、親鳥おっかねーぞ」
シスカは腕を組んで忠告した。
北の塔まで飛んでいくと塔にもたれかかるようにぐったりと座り込んでいるヴィントが見える。
近くに人工魔獣だろうか?体から煙を上げて倒れている獣は完全に事切れている。
ヴィントに向かい合うようにオルフェが立っていた。
「何故こんな事をするの?」
リリーはヴィントに駆け寄って側に膝をつく。
リリーの問いにオルフェが肩をすくめた。
男に擦り寄って生きてる女には分からねえだろうが、とオルフェは言う。
「力さえ…力さえあれば俺たちは惨めに生きなくてもいい」
リリーは、うーん、と眉間に皺を寄せる。
「それを言われちゃうと、私は女で、あなたは男で産まれたから対話できませんって言われてるみたい」
「対話する必要があるか?」
オルフェは自身の剣を引き抜く。
リリーはヴィントに覆い被さるように抱きついた。
「ここで纏めて死ね」
オルフェが距離を詰めるように一歩動くと足の裏に僅かな振動を感じた。剣を持つ手から指先にも感じる。
「……?」
「──経験が足りないのはあなたの方かもね」
─いいか、ヴィント様の剣は特別製だ。最大限魔力を込めてもそうそうぶっ壊れたりしない。お前は雷魔法で相性がいい。もしヴィント様に追いついたら……
さっとヴィントから身を離したリリーやヴィントの周りから小さな稲妻がほとしばっている。
オルフェ自身に感じた振動が振動ではなく、ヴィントの刀身から溢れる雷からくる痺れだと気がつき、リリーがヴィントに覆い被さっていたのは剣に雷魔法を最大限送り込んでいたのだと気がついた時、すでにヴィントはオルフェに向かって剣を振り抜いていた。
轟音と白く輝く雷撃でオルフェは吹き飛ばされ、ちくしょう、という呟きはかき消された。
大丈夫ですか?と心配そうにリリーはヴィントの顔を覗き込んだ。
ああ、と返事を返すもののヴィントは動かない。
もしかしてどこか怪我をしたのでは、と不安が顔に出るリリーの髪を一房手にとって漉く。
「あっ…結構、泥、跳ねたから……」
言った後に恥ずかしくなってくる。
雨水を落とす事に夢中になっていたが、泥汚れまで頭が回っておらず結構酷い格好のはずだ。
ヴィントは白いグローブを外すと人差し指の甲でリリーの頬を拭う。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
落ち着きなく目を泳がせたリリーはヴィントの肩にそっと手を触れる。
ん、とゆっくり身を起こしたヴィントに目を合わせられず、雨止みそうですね、と小声で呟いた。
事件を起こしたオルフェ達を収監しに国際警察が来るらしい。
「罪状は何になるんでしょう…?」
「…罪状が何であれ監獄からはすぐ出てくるだろうな」
腕を組んだヴィントが難しそうな顔で言う。
「そうなんですか?」
「金を積めば釈放してくれそうな組織にいつも属している。正したところで、」
軽くため息をついたヴィントの顔を見ると何度も釈放されては罪を重ねるタイプである事が伺える。
メイドたちは王の帰還に喜んでいるようだったが…
どこか元気がなさそうに見える。
「あれ…どうかしたのかな…」
側によるとアンもフラーもリリーに軽く抱擁した。
「リリーはヴィント様と一緒にいてね」
アンには手を握られ、フラーにはそっと背中を押され距離を置かれたような気持ちになる。
しかしかける言葉が見つからなくて、リリーはうん、と小さく頷いた。
やがて城内に入ってきた国際警察に連れられ、オルフェの部下達は連行されて行った。
途中、何人かシスカに気がついて敬礼していく警察官もいる。…もしかしたら本当に元警察官なのかもしれない。
規則なので、とリリーの前にやってきた女性の警察官が言う。
「住民カードを見せてもらえるだろうか?」
「は、はい」
リリーが提示したカードは他所の惑星に渡航する際必要なもので顔写真や名前、渡航歴などが確認できる。
「惑星ティース…初めて聞くな……300光年?とても遠い所から来たのだな」
女性はカードを操ると魔法で何か機能を追加した。
「付近の惑星の情報が入っている。渡航や移住に役立ててくれ」
「ありがとうございます…」
リリーは礼を言うとカードをしまった。
最後にオルフェが連行され歩いてくる。
「…俺たち以外も、きっとまた来る」
おい喋るな、と警官に後ろから小突かれてもオルフェは続ける
「お前も、こいつらとも、そこの魔獣の血を引く女どもとも早く縁を切ってこの星から出ていくんだな」
今何か、
リリーを庇うようにヴィントが前に出た。
遮られる前に、オルフェと視線が一瞬交錯する。
オルフェの赤銅色の目の奥に暗い色が見える。
「…何だ知らないのか。そこの女どもは」
どうか言わないで。
「産まれてきたことを罪にここに収監されてる、」
鈍い音がしてオルフェは倒れた。
話がややこしくなるからやめろ!と殴ったラーニッシュをシスカが懸命に抑えている。
…指先がとても冷えるのは、きっと冬が近いせいだ。
「…王様早いなあ。私が殴ろうと思ったのに…」
無意識に剣に手をかけたヴィントの手に、リリーは自分の手のひらを重ねた。
オルフェ達が収監され、慌ただしく警官達は去っていく。
メイド達は一列に並び、皆大人しく残された警官の指示に従っていた。
「…彼女たちが変わりなくここで暮らしている事を確認するのは我々の仕事のひとつなんだ」
先程リリーの住民カードを確認していた女性警官がリリーの隣に並んで言う。
「拘束しない自由を与えたとも言うし、突き放して見捨てたとも言うな」
「…全て言葉にするには、難しいこともあります」
答えたリリーを見て少し笑った気がした。
リリーはヴィントと部下達とエライユから出ていく国際警察の船を見送った。
警官達を乗せた船は今まで見た船の中でどの船よりも堅牢で、少し冷たく見えた。
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