第11話 城門前の攻防


危ないから、という理由でリリーたちメイドの寝室はしばらく西の別棟の訓練所になった。

王城には鍵のかかる部屋が最低限しかない。

リリーの自室にも、もちろん他のメイドたちの自室にも鍵がないので防犯上の理由でヴィントたちが暮らす西の別棟に居住を移すことになった。


「あんまり言ったことなかったけど、私たち結構強いの」


あぁ、みんながみんなってわけじゃないけど、と付け加えて言ったのはミルクティーカラーの柔らかな癖毛のライラ。

ライラの膝上に頭を乗せていたメルは体を起こすと秘密ね、と頭頂部につけていた白いヘッドドレスを取り外して自身の前髪をかきあげる。

前髪の下の額にはもう一つ閉じた目がついていた。


「石化の魔眼なの」

「私は混乱の魔法持ってるの」


メルの頭を撫でながらライラは言う。私はね、と話し始めようとした他のメイドたちを待って待って、とフラーが制止する。


「そんな、いっきに言ったら、リリーは怖いかも」


全員の目がリリーに注目する。


「怖くはないけど……」


不安と心配を入り交ぜたメイド達の目を見つめ返しながらリリーは言葉を選ぶ。


「秘密にしたかったこと、聞いちゃった?」


そんなことないよお!と首を横に振るメイドたち。


「戦ったりするより、お茶したり遊んだりする方が楽しかったってだけ」

「王様といちゃいちゃしたりとかー」

「何かあったら、王様守ってくれるもんね」


そう、と返事を返しながらリリーは安堵した。

それと同時に、本当に強がったりしていた訳ではなくオルフェ達のことは怖くなかったのだ。それも良かった。


「私に翼があっても、みんな変じゃないって言ってたじゃない。それと一緒」


でしょ?とリリーは笑った。

一緒!本当!と湧き上がるメイド達の顔から不安を払拭できたらしい。





「思ったんだけどね」


ペンとノートを取り出したアンが言う。


「冬のコートはお揃いのケープコートにするのはどう?」


賛成!とほかのメイドたちから声が上がる。

呑気な話だが、関係ない話をしていた方が気が紛れていいのかもしれない。


「私レースがいい!裾のとこいっぱいつける!」


フラーが元気よく言う。

他のメイドたちも好みを言っていく。

メイドたちの服装は基本揃いだが、個人の趣味で少しずつアレンジされている。


「リリーは?」

「うーん…」


こんな感じ、と簡単にデザインを描いてみる。

いいねー!私はどうしようかな?と各々盛り上がっている。

帰ってこないラーニッシュに落ち込むかと思えば、案外そうではないらしい。

鷹揚な性格は見習いたいとリリーは思った。







「んび」


寝返りをしたフラーの手の甲が思いっきり顔に入ってリリーは変な声を上げて目を覚ました。

まだ夜中だろうか?メイドたちはぴったりとくっつきあって眠っている。

リリーはそっと身を起こすと皆の布団をかけ直してから訓練所を出た。


暗い廊下を歩こうとするとぽたりと水音が聞こえてきて振り返る。


「ひっ」

「っと、驚かして悪かったな」

「あ、わ、タオル!」


音もなく別棟に入ってきたのはヴィントの部下シスカで、雨にでも当たったのか全身ずぶ濡れである。

リリーは急いでタオルを用意すると渡した。


「大丈夫ですか…?」

「あぁ」


戻ったのか、とヴィントも廊下の奥から出てくる。

重要な案件なら邪魔になるだけだとリリーは思い、訓練所に戻ろうとするもヴィントに手招きされてシスカと一緒に食堂まで着いて行った。


「とりあえず…」


リリーはシスカの衣類についた雨水を魔法で吸い上げると下水に転移させた。


「おお…相変わらず器用だな」

「どうだった?」


ヴィントの問いにシスカが答える。


「全部で十ってとこですね。あんなにデカい船に乗ってるのに十人しかいねぇですよ」


リリーは目を丸くする。


「…まさかあの人たちの船に行ってきたんですか?」


ちょっとな、と答えるシスカは何ともなさそうだ。


「普通に寝入ってましたし、何かを企てても無さそうだ。あいつら本当に移住しに来たわけじゃあ…」


ヴィントも腕を組んで考え込む。

他に何か…


「…私、ロマネストから来たのかって聞かれましたけど…」

「ロマネスト?何だってそんな話になったんだ?」

「えっ!えーっと…」


まさか油断させて各個撃破するつもりだったとは打ち明けづらい。


「奴らから何か聞き出すつもりだったのか?」


ヴィントに指摘されてうっとリリーは目を逸らす。

まじか、と驚嘆するシスカ。


「…君は存外思い切りのいい所があるな…」


早めに戻ってきて正解だった、とヴィント。


「こいつにはヴィント様が首輪つけといた方がいいかもしれないですね」

「も、もう首輪は嫌です!」


シスカの指摘に何度も首を横に振るリリー。

そう検討する機会がないといいが、と言うヴィントの呟きが本気めいて聞こえ、リリーはより一層首を横に振った。






窓から入り込む朝日と外からの騒めき声でリリーは目を覚ました。

他のメイドたちはすでに目を覚ましているようで慌てて訓練所から出る。


「あっリリー!さっき、お客さんたち来てヴィント様とシスカさん連れてっちゃったよ!」


ねえ何の話があるのかな?私たちも行きたぁいとメイドたちはヴィントの部下に詰め寄っている。


「ダメですからね、我々は皆さんの警護を言付かってますから外へは…」

「あん、分かってる!私たちと一緒にご飯食べたりして仲良くしてくれるんでしょー?」


左からも右からもメイドたちは絡みついてヴィントの部下たちを食堂に押し込んだ。

後ろをちらっと振り返ったアンとフラーがリリーを追い払うように手仕草する。

圧巻の連携プレイ。

リリーは部下たちにごめんなさい!と心の中で詫びるとそっと別棟から抜け出した。



「どこに行ったんだろう…」


リリーはいざという時身を隠せるよう周りを気にしながら進むと城門前に人がいる様子が伺える。

どうしようかと少し考えて門の隣の小塔の屋上に自身の翼で飛び上がった。

元は見張り塔だったと思われる塔からは城門前がよく見える。

城門前にはヴィントとシスカ、そしてオルフェとその部下たちがいた。

昨晩一度止んだ雨がもう一度降り始める。

…雨音で声が掻き消えないといいんだけど…

塔の影に身を潜めながらリリーは耳を澄ませた。


「…魔王というのは純然たる力だ。力があれば何でも手に入る。お前らだって身に覚えがあるだろ?魔王を葬った勇者一行として地位も名誉も手に入れた」


力説するオルフェにヴィントは肩を竦める。


「言うほどでもない。身分が明かされれば力試しにと切りかかってくるならず者が増えただけだ」


隠れるようしゃがんで様子を伺っていたリリーはうわあ…と思った。

しかし何故魔王の話をしているのだろうか。


「もう間もなくここは魔王封印の地じゃなくなる」

「何?」

「これを見ろ」


オルフェはヴィントに何かを投げた。

リリーからは特に変哲もない本のようにも見えた。

ぞわ、と背筋が凍るような魔力の流れを感じて考えるより先にリリーはヴィントとシスカに防御魔法をかけた。

本から眩いほどの白い閃光と轟音が鳴る。

リリーは思わず目を瞑った。


「…防御魔法?誰が…」


オルフェの呟きにリリーは慌てて身を隠す。

頃合いを見て様子を伺うとヴィントとシスカが倒れているのが見えて心臓が跳ね上がる。

閃光に目が眩んだのか軽く頭を振ったオルフェの部下たちはオルフェの行くぞ、という声に慌ててついて行こうとする。


「こいつらはどうします?」

「─お前らで始末しとけ」


一度足を止めたオルフェは踵を返して城内に入って行った。


リリーは塔から飛んで降りてオルフェの部下たちの前に立つ。


「う、うわあ!」

「出た!!」


怯えて逃げ出そうとする部下たちにリリーはえっ?と怪訝な顔をした。そんな怯えられるような事はまだ何もしてない。

部下たちの視線の先─城門前には何か…


「…イノシシ?」


山のような大きな黒い巨体、これでは目が見えないのではと思えるほど顔面に向かってびっしりと伸びている牙…


「ま、魔物じゃない!!」


リリーの叫び声は魔物の切り裂くような不気味な鳴き声に掻き消えた。


魔物は一番近くにいた部下の男を鼻先で高く飛ばすと勢いのまま男を牙で串刺しにしようとする。


「ちょっ、ちょっと待って!」


リリーは魔法を使って男を引き寄せると地面に落とす。


「な、何で助けた!」

「常識考えて!?目の前で人が死んだら嫌すぎるでしょ!」


リリーの剣幕に男は何も言い返せずもごもご言っている。

そのまま雷魔法を叩き込むも魔物の皮膚に当たる寸前魔法が散開して威力が弱まる。


「どうなってるの!?あっ、あーダメダメ!」


また違う男を宙に投げている魔物にリリーは慌ててその男も引き寄せる。

間を開けず魔物はリリーに狙いを定めた。


「…そうなるよね…ほら散って!!」


リリーの鋭い声に魔法で助け出された男たちは悲鳴を上げながら必死に走る。

唸り声を上げながら突き進んでくる魔物を見つめてリリーは覚悟を決めた。

リリーは翼で高く飛び上がる。

魔物が首を上げても牙で引っ掛けられないくらい高く。

そのままひらりと魔物の後ろに降りた。

──願わくばこのまま城門沿いに流れる堀に落ちてくれますように…!

魔物は雄叫びを上げながら急停止した。

雨でぬかるんだ土が跳ね上がる。

そのまま旋回してまたリリーに向かって突進しようとする。


「け、けっこう機敏…!」


リリーはまた飛び上がって避けると堀ぎりぎりに立って魔法を魔物の足元に放つ。


「こっちに来なさい!」


攻撃され激昂した魔物がまた突っ込んでくるも途中で動きを止め、大きく首を高く上げてギァアと叫び声を上げた。


「ヴィント様!」


意識を取り戻したヴィントが魔物の背に飛びついて剣を突き立てている。

剣が激しく明滅して辺りに稲妻が走る。

恐らくヴィントが剣先から魔法を送り込んでいるのだろう。

リリーは素早く横に飛び退くと魔物の後ろ足に雷撃を入れる。


「落ちなさいってば!」


ギャアア!ギャアア!と先程より激しい咆哮を上げた魔物は苦しんで頭を振り回し暴れる。


「あっ…!」


飛び上がって避けようとしたヴィントを城壁に叩きつけ、魔物は掘に落ちた。


「ヴィント様!」


リリーは素早く飛んで堀に落ちる前にヴィントを抱きかかえた。

岸側を見るとシスカがオルフェの部下を下している。


「リリー!抱えて上がれるか!?」

「はい!」


すぐ斜め下では魔物がもがきながら水から上がろうとしている。

リリーは飛翔しようと翼を動かしたががくんと高度が下がった。

雨に当たりすぎたのかうまく飛べない。というかヴィントが重い。


「うぅ……ヴィント様…わ、私濡れると飛べなくなっちゃう…」


意識が戻ったのか急にヴィントの腕に力が入り逆にリリーを抱えて飛び上がった。

リリーを地上に下ろすと翼に触れる。


「翼は!?」

「にぇっ!?」


急に背中の翼に触れられて変な悲鳴を上げる。

自分でも親ですらもあまりよく触ったことがない翼に触れられて何だかよく分からない感情にとらわれる。


「あっ……あのっ…濡れると飛翔が劣るという話でっ……一生飛べなくなるとかそういう話ではっ…!」


顔が熱い。リリーは顔が真っ赤になっている気がして、恥ずかしくなって両手で顔を覆いながら何とか言った。


「…………………そうか…………」


妙な空気になってしまった。




ざばざばと水をかき分ける音がする。


「魔物が…」


壁を登ろうとしている。


「…あれは人工的に作られた魔獣だ」


シスカに殴られてすっかり大人しくなったオルフェの部下のひとりが呟く。


「お前それ言うなって…!」


言うなり隣の仲間に捕まれた男は腕を振り払うようにして言う。


「うるせえよ!俺は…その……そこの女に助けられたから……」


リリーは軽くため息をついた。

仲間といえど統率が取れた集団という訳ではないらしい。


「それであんなに硬いのか…」


ヴィントは険しい顔をする。

魔物─魔物改め人工魔獣は魔法の通りが悪く、ヴィントの剣でかなり深く刺さったはずなのに対したダメージを感じられない。


リリーは壁を登ろうとしている人工魔獣の足元に雷魔法を放った。

人工魔獣はずるりと足を滑らせてまた水に落ちる。


「…いけそうですね」


リリーはヴィントの顔を見た。


「本気か?」

「お任せください!」


リリーは握り拳を作って自信満々に笑ってみせる。

ヴィントはリリーに自身の外したマントをかけると


「問題があったら城内に逃げ込んでいい」


と言い、


「シス、そいつらは城内に連れて行け。聞き出せる事がまだあるはずだ」


と続けた。

ヴィントはすぐに飛び上がってオルフェを追う。

マジか、とシスカ、


「お前ひとりで大丈夫か?」


とリリーに問う。

リリーはシスカにも拳を見せてうん、と頷いた。

人工魔獣は体は大きいがそう身体能力は高くないらしく、登りかけたところを魔法で攻撃し続ければ問題ないはずだ。


「まずは体を拭いて。それからしっかり尋問頼みますね」


リリーに背中をぽんと叩かれてシスカは頭を掻いた。







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