第10話 大事故事故渋滞


王様を探してくるね、とほかのメイドたちと別れリリーは走り出した。

城内にはすでに居らず、メイドたちも「ちょうちょでも追いかけていっちゃったのかなあ?」などと呑気な事を言っていた。


「どこなの…」


中庭も見て回るが姿はない。

残るは北の塔…ピンクのゆめかわ周りが未捜索だ。

北の塔まで足を伸ばそうかと逡巡していると雨が降ってきた。


「雨…」


降り出してくればさすがにラーニッシュも戻ってくるだろう。

リリーは城内に戻る事にした。






「えっ?」


何やら騒がしく声を上げているメイドたちに気がついてリリーは王座のある謁見の間に足を踏み入れる。

すると状況が理解できずに間の抜けた声をあげてしまった。


「リリー!大変よ!」

「この人たち特殊性癖よ!」


やいのやいのと声をあげるメイドたちは何故か金属製の巨大な鳥かごのようなものに全員囚われている。

謁見の間には少々…だいぶガラの悪そうな見たことのない連中が集まっていて、王座に座るのもラーニッシュではない。


「と、特殊…え?」


ばちんと弾ける音がしてリリーは身を固くする。

──攻撃されてる!


「早いな…無詠唱魔法か」


魔法の発生源は王座の男で、無詠唱で魔法を飛ばされているのが分かる。

二十代後半だろうか、えらく不健康そうな白い肌、銀の髪に赤銅色の鋭い瞳。

お世辞にも人の良さそうなタイプには到底見えない。


「な、な、何するんですか!?」


語気を強めて抗議する間もばちん、ばちん、と男の攻撃がリリーの魔法に弾かれて飛び散る音がする。

王座の男はリリーの目の前までやってくるとまじまじと見つめる。 


「…反撃のタイミングも的確、威力も俺以上とはな…お前本当にメイドか?」


男以外の仲間たちからも目線を投げかけられてリリーは怯んだ。


「だが経験は足りないみたいだな」


男はいきなりリリーの首を掴んだ。

てっきり魔法でくるかと思ったリリーは判断が遅れ背筋にぞわりと悪寒が走る。


「──ッ!?あ、あれ!?」


きゃああとメイドたちから悲鳴が上がる。

リリーも顔を青くした。

男が首から手を離すと首に金属製の首輪が巻き付いている。だが問題はそこではなく、首輪が巻き付いてから一切の魔法が使えなくなっている。


「魔力封じの土魔法を受けるのは初めてか?」


首輪に繋がれた鎖からじゃらりと音が鳴る。

な、なんでこんな、とリリーは言いかけてきゃぁあー!とメイドたちから黄色い声が上がった。


「性癖の大事故!」

「大事故事故渋滞!」

「性癖が渋滞してる!是非おもてなしさせて!!」


…性癖が大…なんて?


ここからだーしーて!と興奮して檻をがっしゃんがっしゃんさせるメイドたちにうるせーぞ!と男の仲間たちから怒号が上がった。


「ラーニッシュはどこだ?」

「…部下と会議中です」


部下。適当に答えたが王の行方は誰も知らないようだ。


「お前らときたらあいつは虫追いかけてっただの部下と山登りだの適当言いやがって」


仕事の出来ない愚図どもが、と吐き捨てるように言う男を見てリリーはあぶら汗をかく。


囚われたメイドたち、魔法の使えないリリー、行方が分からないラーニッシュとトルカ。外出しているヴィントたち。

あまりに悪手すぎる。


そうだな…と男は言う。


「俺はあいつに用がある。奴が戻って来るまでお前がもてなせ」


じゃら、と首輪についた鎖を引く男とにやついている仲間たちに怯えを悟られないよう、リリーは腹にぐっと力を入れて睨みつけた。



食堂に案内します、と渋々男たちを連れ出したリリーの頭の中は疑問でいっぱいだ。

ラーニッシュの客?客なら客で何故メイドたちを捕らえたのか。

特に危害を加える訳でもなく、客と呼ぶには横暴すぎる。


幸い食事の準備は事前に終わっており、魔法を使わなくても問題ない。…不届き者に出す為の料理ではない所が非常に悔しい。


「…辛いものでも盛ってやろうかしら…」

「おい、変なモノ入れるんじゃねえぞ」


ぎゃっ、とリリーは飛び上がった。


「い、入れませんよ!」


厨房まで見張り役がひとりついてきていた。

首輪に繋がれた鎖は魔法でできているのかどこまでも伸びる。

動くのに問題はないが、屈辱な事この上ない。

男たちの人数は六人。

…こうなったら各個撃破か。

覚悟を決めるしかない。

リリーはワゴンに前菜の皿を乗せながら考えた。


皿をテーブルに乗せながらリリーはリーダー格の男に向かって話しかけた。


「…私、この春からここで働き始めたんです」


あ?と不躾な目線を向ける男にリリーはにっこり笑って続ける。


「ここ、結界があって自由に出入りできないじゃないですか?だから魔術師様から貰った時渡りの懐中時計でここに来たんです」


嘘ではない。これで食いつくか。


「…魔術師?」

「はい。クルカン様って言うんですけど…」


男は少し考えて言う。


「何だあいつの子飼いか。ロマネストから来たのか」


──ロマネスト…!

飛び出した単語に驚きを見せぬよう何ともない風を装う。リリーは質問には答えず、笑顔でお酒もいかがですか?と勧めた。


曇りひとつなく磨き上げられたグラスはメイドたちの努力の賜物だ。

リリーは熱心に磨こうとしてクロスを突っ込みすぎてひとつ割った事がある。

その時のメイドたちは誰も気にせず、いいんだよおーそれより怪我はなかった?と気遣ってくれて優しかった。

…早く助け出さねば。

ボトルを開けてシャンパンを注ぐリリーに男は話しかける。


「お前、時計か何かで時渡りしたって言ったな。それここまで持ってこい」


リリーはぴたりと手を止める。


「今ですか?」

「早くしろ」


男はおい、と一人監視役を呼びつけるとリリーを食堂から出した。




願った通り抜け出せたものの、リリーは内心焦った。

懐中時計の話を持ち出し、自室に呼び出して少人数ずつ倒す予定だった。

自室には剣がある。

魔法が無くてもなんとかなる…と思っていたものの…監視役の男はあまりにも巨大だ。

長身のラーニッシュより縦も横も大きいのではと思うくらい巨漢だ。


…剣通らなくて折れちゃったらどうしよう

女性でも持ちやすいようにと今は亡き父がリリーの為に用意してくれた細身の剣では薄皮一枚切れるかどうか…

不安要素しかない。


「早く歩け!」

「あっ!」


男が後ろから鎖を引いた。リリーはちょっと!と抗議する。


「別にのんびり歩いていません!」


男は照れながら「ちょっとやってみたかったんだよな…」と鼻の下を擦りながらいいなこれ、と言った。


う、うわぁ……嫌すぎる。


絶対ぼこぼこにしてやる!決意を新たにリリーは足取りを早くして自室に向かった。

と、後ろでドサリと大きな音がしてリリーは振り返る。


「今度は何!?」


振り向くと巨漢の男は倒れて気絶していた。

気絶した男の足元に立っているのは─


「あ…ヴィント様…!」

「リリー!」

「もうダメかと…よかった…」


ヴィントはリリーに駆け寄ると首に触れる。


「これは…魔力封じ…オルフェか!」


オルフェ?主犯格の男の名前だろうか。


「みんな捕まっちゃって…」

「部下を向かわせたから大丈夫だ。一旦移動する」


ヴィントはリリーを引き寄せて転移した。


転移した先はヴィントの部屋だ。

一度入った時は爆睡してしまったし、二度目は魔法を封じられている。

失態ばかり目撃されていてリリーはしゅんとした。


「怪我はないか?」

「はい…それはもう……」


すこぶる元気で?いや、憤ってます、かな?とリリーは言い募る。


「助けに来るのが遅くなってすまない」


椅子に座るよう促され、


「…少し手荒だが」


首輪を外すからと髪がかからないよう指示される。


「大丈夫です!お任せコースで!」


…何だかよく分からない返事をした気がする。忘れて欲しい。


剣を抜いたヴィントが目を瞑って、とリリーの瞼を手で伏せさせ少し上を向かせる。

首輪に剣先が当たる感触がして、ガキンという金属音と僅かな衝撃の後首輪は崩れ去った。

先程とは違う、指先まで魔力が通るような感覚がしてリリーは手を握ったり開いたりする。


「大丈夫です、ありがとうございます…!」

「君はここに──」


残るよう指示する前にリリーは魔法で自分の剣を呼び出すと腰に装備している。


「次はぎゃふんと言わせてみせます」

「……いつも通り、前に出過ぎないように」


はい!とリリーは元気よく返事をしてヴィントの後に続いて部屋を出ようとした。が、立ち止まったヴィントの背中に突っ込んでしまう。


「ご、ごめんなさい…」


いや、すまない、と踵を返したヴィントは棚の引き出しを漁る。


「今はこれで」


取り出したキャンディーをリリーの口の中に入れた。

リリーは口を抑えて味を堪能する。


「頑張れそうです!」


拳を振り上げて揚々と言った。








「遅かったな。女と逃げちまったのかと思ったぜ」


再び謁見の間。

メイドたちを捕らえていた檻はすでに無くヴィントの部下たちに助け出されている。


「何しに来た」

「別にいいだろ。古巣に戻るくらい」


ヴィントの問いに答える男─オルフェは昔エライユにいたことがあるのだろうか?考えながらもリリーは周りを慎重に気を配る。

オルフェの仲間が少しでも動いたら威嚇攻撃をするつもりだ。

オルフェは続ける。


「なあ?少しからかっただけだろ?そう怒るなよ。俺たちはしばらくここにいるぜ」


からかうのが目的なだけで檻に入れられたり鎖で繋がれたりしてたまるものか。

リリーはむっとして唇を引き結ぶ。


「船に戻れ。お前たちをここに置く気はない」


ヴィントは言いながら剣を抜く。

リリーも少し下がって臨戦態勢に入った。

周りの男たちが武器を手に取るも


「やめとけよ。そいつは“雷神”の異名をもつ騎士サマだ」


骨は拾わねえぞ、とひらひらと手を振ってみせるオルフェ。

雷神?あいつが?騒めきながら周りの男たちは一、二歩下がる。


「ラーニッシュが戻る頃また来るぜ」


謁見の間から悠然とした足取りで出ていくオルフェに部下たちが慌てて着いて行った。



「行っちゃった…」


男たちの背中が見えなくなるとふう、とリリーは一息ついた。

リリー!とヴィントの部下たちの後ろで大人しくしていたメイドたちが駆け出してくる。

抱きつかれもみくちゃにされながらリリーは考える。

…あの人たち、本当に何をしに…?

剣を鞘に戻すヴィントも険しく思案顔だ。


「あの人たち、王様にここに住みたいって言いにきたのかな?」


えー!?住む人が増えるのは嬉しいね!などと盛り上がるメイドたちにリリーは脱力した。


「…あの人たちが怖くないの?」

「ぜーんぜん!」


ねー?と言い合うメイドたち。

ヴィントの部下たちが微妙にのけ反って引いている。

あっでも、と慌てて


「リリーが嫌いなら追い出しちゃお!」


リリーは首輪とか好きじゃないもんね!などと言っているが問題はそこではない気がする。


「雨、強くなってきたね…」


メイドたちから体を離したリリーは思案顔のヴィントの横顔を見つめながら呟いた。







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