第9話 来訪者


冬が近づくと朝晩は寒い。

ベッドの中に冷たい冷気を取り込まないように、掛け布団なら毛布が最適だ。

どこか動物を思い起こすような滑らかな触り心地の毛布は、柔らかなブランケットとは少し違った目の詰まった毛並みで外気を取り込まず暖かい。


どうしても肌あたりの良い夏のガーゼ地のタオルケットを手放せず、ブランケットを重ねて誤魔化してきたリリーは決めた、やっぱり毛布を使おうと心に決めて現実に引き戻される。


…私、ベッドに毛布なんか、


潜り込んで暖かさを堪能している場合じゃなかった。

慌てて起き上がり昨日の記憶を手繰り寄せる。


訓練所…食べ途中の夕飯………

リリーは頭を抱えた。


「そろそろ辞世の句が必要かも…」


水飲み鳥のおもちゃのごとくぺこぺこと頭を下げて誠心誠意謝るリリーに、ヴィントは朝食を食べていくように勧めた。

どことなく顔色が悪いように見えたのは部屋の主を追い出してのうのうと朝まで寝入っていた奴のせいかもしれない。


「紅茶で大丈夫ですか?」


椅子に座ったリリーの元にポットを持ってやってきたのはヴィントの部下ブラウだ。

メイドたちからは栗毛の可愛い方がブラウで、緑髪の可愛い方がアレクだよ!と髪色しか参考にならない紹介をされている。リリーはありがとうございます、と紅茶を受け取った。


「あのー…ほかのメイドたち…出禁って聞いたんですけど…」


一体何が?と聞こうとしてサッと血の気が引いた。

ブラウも、朝食を持ってやってきたアレクも目を逸らして押し黙っている。

…かなり言いにくい事を聞いてしまったらしい。


「…ちょっと………中々………」


二人とも口元を押さえて言葉を濁した。


そういえば夏の日、暑くてなかなかプールから離れられず、ついにはプールのそばで一日を過ごす事になったメイドと王たちは当然のように酒を飲み始め、ついにメイドたちはあつい!と水着を脱ぎ始めてしまった事があった。

ぜったいに!ダメったらダメ!と慌ててメイドたちを魔法で各自室まで強制送還したのが懐かしい。


そのくらい良いじゃないかと言ってのける王に、酔ってる時は判断が鈍るからそんなときにそんな格好いけません!と大いに叱った。

それ以来タガが外れたように王には小言をよく言うようになってしまった。


……まさか、やっぱり、脱いでしまったのだろうか…


「ま、まあ、出禁というのは言葉の綾的なところもあって、その、彼女たちも大いに反省してますし、」


…大いに反省しなければならない程の何をやらかしたのだろうか…


「以降騒動は無いので………」


しんと三人とも黙り込んでしまい、あ、紅茶のおかわりどうぞ、いただきます、などとやりとりして場の空気を流そうとする。


「そ、そういえば奥の突き当たりの部屋には行かれましたか?」

「いいえ、入ってないです…」


不思議顔のリリーにアレクが答える。


「あの部屋は元々クルカン様の自室で、部屋に大量の本があるので…機会があったら見にきてください」

「本人が不在なのに、勝手に入っていいんですか…?」

「あの方は本当に持ち物が多くて…部屋が物で埋まると違う部屋を自室とするんです。元の部屋は入っていいと言われるので…」


北の塔や本館にもクルカン様の自室は沢山あります、と二人の説明にリリーは、は、はあ…と複雑な気持ちで返事を返す。


「…あの方は、今は留守にされていますが、どこに行ったとかそう言う事は誰も知らないんです。もしかしたら、ヴィント様や王はご存知なのかもしれませんが…」


少し困ったような顔で眉尻を下げる二人。


── 奴らの中に、クルカンの名前も出てる


神殿に向かう道すがらヴィントが言っていた事を思い出す。

こんなにも色濃く城中に痕跡を残したまま、大魔術師は一体何故………


リリーは勧められるまま朝食のパンに齧り付いた。

朝食に頂いたドライフルーツとクリームチーズ入りのパンはとても美味しかった。









「え〜すやすや寝てただけ?」

「えっちな話は?」

「…ないよ…」


広間の長椅子に座るリリーにひっついて話すアンとフラーは不満げだ。

いれてーとやってきた他のメイドたちも座って3人掛けの長椅子はすでにぎゅうぎゅうだし、あちこちでクッキー開けよー紅茶に何のジャム入れると美味しいんだっけ?と雑談が始まる。

とりあえず掃除という任務は全員忘れたようだ。


「リリーはヴィント様好きじゃないの?」


率直なメイドの質問にうーん、とリリーはするんと浅く長椅子に座り直し、背もたれに体を預ける。


「好きとか以前に…私ここ来たばっかりだし…みんなの事もっと知りたいし…私の事も知って欲しい…」


仲良くなりたいっていうか…気恥ずかしくなって小声でもごもご言う。

一瞬動きを止めてリリーを見たメイドたちがそれいいね、と湧き立つ。


ふわりと浮遊魔法でクッキーの乗った皿が飛んでくる。


「私リリーの好きなもの知ってるよー!チョコ入りクッキー!」

「紅茶にははちみつとー、」

「レモンでしょ!」


左右からアンとフラーが紅茶を用意してくれた。


「私たちみたいにじゃ脱ぎましょ、ってならないのも良いわねー」


焦らしプレイみたいで、と最後に何か余計な一言がついた。






どのくらいナルフに行くのか、ナルフには何をしに行くのか、いつ帰ってくるのか、ナルフとはどんな所なのかと聞いたらおかしいだろうか。


今本屋があったら人付き合いに関する本を全部買い占めたいとリリーは思った。


「今日イチ綺麗かも」


さっき拾った落ち葉は見事な赤色だ。

リリーは中庭のローソファーに座って葉を空にかかげた。

青と赤の対比が美しい。

褪色しないようにほんの少し保存化の魔法をかけて部屋に持ち帰る事にした。


「ここにいたのか」

「ヴィント様」


何やら本をたくさん持って中庭と王城を繋げる回廊を歩いてきたヴィントがリリーの側に寄る。


「ナルフという惑星に行くって聞きました」

「ああ少し…そう長くは行かないが…」


そう言うとリリーの横に本を置く。


「古代語と、水魔法についての本を何冊か持ってきた」


読みたいものがあれば、と表紙が見えるように並べてくれる。


「いいんですか?借りたいです!」


ありがとうございます、と礼を言いながら本に目を向ける。

どれも面白そうだ。…あ。とリリーは声をあげて続ける。


「これ、どうぞ」


そのまま手に持っていた葉を差し出した。

受け取るヴィントの指先を見てはっとする。

…世の中の一般男性は葉っぱなど貰っても特に嬉しくないのでは?


「あ、あの、今日一番綺麗かなって思ったので!保存化の魔法もかけたので!」


焦ってよく分からない言い訳を並べて撤回しようとするも、


「ありがとう」


と受け取られてしまう。


なるべく早く帰ってきてくれたらいいな、と紅葉に目を落とすヴィントを見つめながらリリーは思った。







「ヴィント様またどっか行っちゃうんだってー」


どっかってどこ?ナレフとかなんとか…ナルフじゃない?とメイドたちは話し合っている。


「ナルフはねぇ…」


リリーの後ろからきたメイドのひとりが立体映像の魔法を使った。


「ここがエライユでしょ…」


銀河の外れにある小さな青い惑星を指差すとすーっとスライドさせて移動させる。


「となりのとなりの………ずーっと先!でも一光年も離れてないよ」

「あんまり都会じゃないの」

「エライユと同じくらいの大きさなの」

「同じくらい田舎だって」


へぇ…とリリー。他のメイド達はずいぶんと詳しいらしい。


「私たち行った事ないけどね!」


えっへんと胸を張るメイドたちにがくっとリリーは調子を崩す。


「…私も、エライユと自分の故郷しかいたことないからそんなものじゃない?」


そう返すリリーにアンとフラーが


「私たちはどこにも行かなくていいの。王様いるし」

「むしろ来てほしいな〜ヴィント様みたいなかっこいい男の人いっぱい降ってこないかな」


とうきうき言う。

…降っては来ないと思う。




出発前に話をしているラーニッシュとヴィントを王座の横にある階段に集まったメイドたちは見守りつつおしゃべりをしている。

元よりエライユの身分はあるようでないようなものだ。

特に出立の儀式があるわけでもないし、ヴィントもラーニッシュにただ声をかけただけでいつもと同じ調子で振舞っている。


会話が終わったようでラーニッシュから離れるヴィントにメイドたちは揃ってきゃー!と声をあげた。


「ヴィントさまぁー!いってらっしゃーい!」


左右からの熱烈な声援にリリーはびくっとして、きゃーと言うのも変だし声を上げるのも変だし、ちょっと悩んで小さく手を振った。

片手を上げて颯爽と出ていくヴィントにかっこいい、すてき、お土産楽しみにしてる!など皆口々に喋っている。

…誰も一緒に行くとは言い出さないあたり、そこはやはりヴィントよりラーニッシュの方が良いのだろうか?何とも不思議な関係性だとリリーは思った。


王座にふんぞり返って「さっさと行け!」と言ったラーニッシュにメイドたちはわらわらと駆け寄った。

やーん拗ねちゃだめ、などと言い合っているメイドたちの最後尾でリリーは出発前にヴィントと話した事を思い出していた。








「…光年を進めるほどの宇宙船には時渡りの魔法とそれに耐えうる船を維持できる財力がいる」


条件を満たすとなると背景に大きな団体がいる事になるが、とヴィントは言う。


「国際警察や大きな行商が持ってるって聞いた事があります」


リリーも自分が乗ってきた船は行商船だと思っていた。まさか船自体が時渡りの魔法でできているとは思わなかったが。


「そうだな。つまり船でここまでやってこれるのは至極まともな団体か、後ろに暗いものを抱えたならず者のどちらかだ」


後ろに暗いもの…


「…例えば人工的に魔獣を作ってしまうような?」


不穏な集団がいるという話は神殿に向かうがてら聞いた。


「可能性の一つだ」

「でも結界があるって…」

「どうだろうな。クルカンが出ていった以上どこまで効果があるか…」


緑豊かで自然が多く水も豊富で人の少ない、田舎の惑星エライユ。

望んでかき乱したい誰かがいるとは到底思えないほどのどかだ。


「…物騒な話をしてしまったな。どんな船でもラーニッシュに言えば何とかなる」


ヴィントはリリーの前髪を人差し指でそっと突いた。


「それは…確かにそうですね」


リリーは笑って答えた後ヴィントが出ていく背中が見えなくなるまで見送った。







リリーが前髪をいじって思い起こしているうちに王座はからっぽだ。


「あれ?」


王とメイドたちはいつの間にか席を外したらしい。

…いけないいけない、昼食の準備でもしよう。

リリーは駆け足でその場から離れた。







昼間の晴天は何処へやら、急に暗雲立ち込める曇天の中ダンスパーティーがしたい!王やヴィント様と踊りたい!などと言い始めるメイドたちに何が一番現実的か…ヴィントたちには踊るのは嫌がられそうだ。

とりあえずドレスから考えてはどうかと提案するリリーに皆盛り上がる。

するとフラーが広間に駆け込んできた。


「大変!一大事!船がね!船が来てるの!!」


わっとメイドたちは湧き立って急ぎ広間を出ていく。

船…そういえば王がいない。

ヴィント達が出立する頃には確かにいたはずのトルカも。

二人でどこかに出かけたのだろうか?


「すごーい!船ー!」

「お客様だね!」

「おもてなししないと!」


色めき立つメイドたち。

国際警察のものとは明らかに違う。

強風に煽られそうになるスカートを抑えてリリーは船を見上げた。大きい。


…至極まともな団体か、後ろに暗いものを抱えたならず者か。



喜んで迎えようとするメイドたちの横でリリーは入船する船を固唾を飲んで見守った。






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