第3話 始まりそうで始まらない、やっぱり始まる冒険


その日謁見の間にメイドたちが集められ王座の前に整列…しているようであんまりしておらず、雑談しながらふにゃふにゃ立っている。

リリーはどうしたらいいか分からず、最後尾にとりあえず並んだ。


「儂はな、怒っておる」


開口一番王は告げた。


もちろんメイドたちはいつも通り緊張感なく「エーッ何でぇ?」「お腹空いてるのかな?」などと口々に理由を考えている。


「貴様ら…この惑星で一番かっこいいのは誰だ?」


メイドたちは隣同士顔を見合わせてウン、と言い…


「ヴィント様でーす!!」


せーのとも言わず。合わせもしていないのに揃って大声で言った。


「違あああう!!!!」


だんだんと床を踏みならして王―ラーニッシュは怒った。


「よく見ろ!!儂だろ!!!」


ラーニッシュは黒髪黒目、これといった特徴はないが30代前半、精悍な顔立ち、大柄で鍛えられた体躯…女子受けするような外見ではあるが。


「ヴィント様のあのサラサラな髪!」

「涼やかな目元!」

「ながーい足!」


ねー?かっこいい!と口々に褒めるメイドたち。

後ろで眺めていたリリーは青ざめた。

ラーニッシュは顔を真っ赤にして震えている。

椅子からがたーんと立ち上がるとずかずかとメイド達の真ん中に割って入った。

その勢いにリリーはひぃっと思わず後ずさる。

メイドたちは気にせずあぁーんとラーニッシュにしがみついた。


「でも下半身は王様が一番」


そーよそーよ!と合唱。それは聞きたくない、とリリーは思う。


「だってヴィント様寝てくれないもんね」


それも聞いてないよ!

うがあああ!とラーニッシュは咆えると左腕に2人、右腕に2人のメイドをつけたまま腕を振り上げる。

きゃああすてきいと黄色い悲鳴が上がった。


「この世で!一番!かっこいいのは!!誰だ!!」


間入れず少女達の合わせ声。


「ヴィント様でーす!」


何で揃うんだろう。

んぐあああああ!!

右腕と左腕を乱暴に振り解くと最後列まで来た。


「お前ら。覚えてろよ」


ぼそっと呟くと小脇にリリーを抱えた。


「はいっ?」


覚えてろよおおおと絶叫しながら全力疾走した。

きゃあああ!というメイド達の悲鳴と連れ去られたリリーのひぎやぁああという緊張感と色気に欠ける悲しい叫びが重なった。




ばたんがしゃんという乱雑にドアと鍵が閉められた音の後、乱雑と丁寧の中間くらいの扱いでぼすりとリリーは降ろされた。

はーはーと荒い息をしたラーニッシュはドアの前でしゃがみ込むと「儂は……とびきりかっこいいのに……」と項垂れていた。…何だか可哀想になってくる。

嘘か誠か、魔王を封印した勇者だというのに。


「リリーよ。」

「は、はい?」


どう声をかけようか悩んでいると問いかけられた。


「かっこいいとは、どんな顔だ?」

「え…ええとお………」


人生の大半を家の中で過ごし、両親とくらいしか接点のなかったリリーにとって難しい質問だ。


「そのう…故郷で昔読んだ雑誌に、塩顔の男性がかっこいいって書いてありました」

「何だ塩顔って。塩に顔があるか」


それはそうだ。


「え…ええと………」


ラーニッシュはリリーの両肩をぐわしと掴んで


「外から来たお前もヴィントの方がかっこいいというのか!?」


必死の質問がなんか悲しい。


「ち、近いです!あの、」


その時ベキベキと音を立ててドアが軋み、鍵と蝶番がひしゃげて吹っ飛んだ。


「ラーニッシュ……貴様………」


地底の底から捻り出したような低い声にリリーは短く悲鳴を上げた…今日は悲鳴を上げてばかりいる。

片手でドアをこじ開けた吹き飛ばし魔王…じゃなくてヴィントが入って来た。


「来たな儂よりかっこいいとか言われる奴!引っ込んでろ!」


ヴィントに負けじと立ち上がって吠えるラーニッシュ。


「女子と!鍵のかけた部屋に2人きりで籠るなとあれほど!」


はん!誰がお前の言う事などアッやめろこのふざけるなやめてください痛い痛い!威勢の良さがだんだんと悲鳴に変わり哀願するラーニッシュを無視したヴィントはべっきべきに折りたたみ………見ていられない、が見てしまう。


「ごめんねぇ、リリー!遅くなっちゃって…手遅れだった?」


うるうると涙を目に溜めたフラーが飛びついてくる。

…手遅れって何だ。


「あの、あのふたり………」


放っておいて良いのだろうか。

普段の穏やかなヴィントからは想像もつかないような荒々しさで自分より随分大きいはずのラーニッシュを…ちょっとアレしている。

リリーにひっついて頭をよしよししていたアンがああー、と


「あのふたり、付き合いが長くて仲良いの。つい、こう!なっちゃうみたい」


握りこぶしをぶんぶんして説明する。

…こうという次元では無くなってる気はするが…


「…すまない。次は王城の外に吊るすから今日は許してくれないか」


…騎士って吊るすんだ…

そういえばヴィントがラーニッシュにかしずいている様子は一度も見た事がないし、騎士とは何かもうよく分からなくなってくる。


「ご…ご配慮…ありがとうございます…」


吊るされてびっちびっちと跳ねているラーニッシュは大声で鬼畜!オニ!アクマ!ニンジャ!ばーかばーかとよく分からない罵倒を並べていたがヴィントに睨まれ大人しくなった…元気である。






中庭の椅子に座り込んだリリーは大きくはーっと息を吐いた。


「悩んでいるな。若者よ。冒険に出たいのだろう?」


いつの間にか隣に浅く座りフッと笑ったラーニッシュは足を組んだ。どうやってあの縄から抜け出したのだろう。

結構ぎっちぎちだったはずだ。


「えっ?いや悩んでは…冒険?出ませんけど…」


困惑するリリーにまあ待て、と本を差し出す。


「これは冒険家ユグナーの著書だ。ここを見ろ。」

「はぁ…これは…」


手のひらよりも大きな宝石かかげる男性の挿絵が描いてある。


「立派な宝石だろう。これがな、遺跡の最深部にごろごろしてるらしい。」

「そ、そうですか…」


…何だろう、すごく嫌な予感がする。


「女はキラキラしたものが好きだろう?」

「そうかもしれないですね…?」

「これがあればメイドたちも目の色を変えて儂が一番と言うだろう!?」

「そう…か…な……?」

「そうに決まってる!と言う事で明日!早速出発するぞ!」


決意を確かに、ぐっと握りこぶしを作って立ち上がるラーニッシュは勇ましい。


「が、頑張って下さい…」

「何を言う。お前も一緒に行くと決まってるぞ!」

「何でですか!」


仰反るリリーに腕組みをしたラーニッシュはぐっと顔を近づけた。


「お前ここに来た時自己紹介で言ってたよな。料理掃除洗濯家事全般、剣はちょっと魔法はそこそこ使えますって。」

「…覚えてたんですねそんな事…」

「手伝えば報酬にヴィントをくれてやろう」

「いや本人の意思」

「儂は頭が良いからな、考えたのだ。ヴィントのやついつまで経っても女のひとりも側に置かんからきゃあきゃあ言われるのだ。お前もっとくっつけ。誘惑してこい。」


どこから突っ込めばいいのだろう。


「…私では役不足では?」

「んな事はない。全部脱いでヴィントの部屋に入れば即だ」


リリーはさーっと青ざめて両手で顔を覆った。


「さっきより立派な縄…」

「…三週間!王城の外に吊るしっぱなしに!」


してやる!とヴィントの声があっという間に遠ざかっていき、縄でぐるぐる巻きにされたラーニッシュがびっちびち引きずられていった。



こうして冒険家の旅は開幕せず終わったのだった。








「終わったの!だった!!」


そう言うとリリーは日の出前の薄暗い王城前の地面に崩れた。


「終わっとらん。こらから始まるんだぞ」


仁王立ちで偉そうな王。

またもや縄から抜け出したらしいラーニッシュに夜中に


「全裸でヴィントの部屋か、冒険に出るかどっちだ…」


と枕元で囁かれて心臓が飛び出るかと思った。


「どうなっても知りませんよ。私本当に、いろいろ初心者なんですから」

「ぼくも王城から出るの、初めてですー!一緒に頑張りましょうね!」


屈託なく笑うのはまだ子供らしいあどけなさを残した妖精の少年、ラーニッシュの部下トルカだ。

見た目は10歳にも満たない子供のトルカだが、長命種で長くラーニッシュに仕えているらしい。


「儂はとっておきの秘策を考えてるから大丈夫だぞ」

「とっておき?」


首を傾げるトルカとリリーにラーニッシュは語ってみせた。


「ヴィントに手紙を書いたのだ」

「何て?」


「リリーは預かった。返して欲しくば剣を持って日の出前に王城前に来い」


………


ザッザッと砂を蹴る足音が聞こえる。

何だか気のせいかヴィントの背中から闘気のようなものがゆらめいてるような気もするし、剣も目も怪しく光ってる様な気がする。

リリーはぶわーっと滝汗をかいてラーニッシュの背中にとりついた。


「スッゴイ怒ってるじゃない!謝って!!今すぐ謝るの!!!」

「そうですよ!ホラ地面に頭つけて!」


ぐいぐい押したがびくともしないラーニッシュをトルカが遠慮なくよじ登り頭にとりついて地面にこすりつけた。

…扱いを心得た部下である。


儂は!何も!悪くなかろうが!!!じたじたするも抜け出せないあたりトルカはかわいい外見に似合わず怪力なのかもしれない。


「あ、あのー、ヴィント様…」


恐る恐るリリーが話しかけるとヴィントは剣を鞘に納めた。


「優しくするとつけあがるからな。毎回蹴っても良いんだぞ?」


リリーはちらっとラーニッシュを見た。

…蹴るにはちょっと硬そうだ…


「踏みます」


くそー!どいつもこいつも!吠えるラーニッシュをどうどう、とトルカが諌めた。


「行くなら早くしろ」


ヴィントはラーニッシュを促してからリリーに


「気負わなくて良い。危なくなったら王は置いて帰ろう」


と告げた。


こうして始まりそうで始まらなかった冒険は、結局始まってしまった。






すっかり日が高くなる頃、遺跡の入り口に着いた。

鬱蒼とした森の中に佇む遺跡は雑草や蔦にまみれていて、入り口から奥は真っ暗で何も見えない。

遠くから聞こえる鳥の声が不気味でいかにもな雰囲気がある。


ごくり、と生唾を飲み込むリリーをよそに探索だ!とラーニッシュはずかずかと遠慮なく入って行った。


「ここには何度も来た事がある。危ないものはないし、魔物の出入りも少ないから問題ない」


そう言うとヴィントはすっと指を動かした。

壁に沿って外灯が設置されているらしく、指先から放たれた魔法で火が入る。

内部が照らし出された遺跡は少し埃っぽいが綺麗に積み上げられた石壁と、どこかに通気口があるのか冷たい風が入りこみ歩きやすい。


「何度も来た事があるのにまた行くんですか?」

「まだ探索してない所があるかもしれないだろ」


とラーニッシュ。

…本当だろうか?


「そんな所はない」


言い切ったヴィントは小声で付け加えた。


「満足したら帰るだろうから子守りと思えば良い」

「子守り言うな!」


聞こえてるぞ!と叫ぶラーニッシュの声が石壁に反射してこだました。

リリーはうわついた心を落ち着かせようと大きく息を吸って吐く。


故郷の惑星ティースではほとんど外に出ず過ごした為こんなに長く出歩くのは初めてだし、本で見たような遺跡に入れるなんてまるで夢のようだ。

…失敗したり足手まといになったりしないようにしなければ。

自分を落ち着かせるために話を振った。


「私、魔物って…本でしか見たことないです」

「人より大型で攻撃的な動物のようなものだ」


答えるヴィントに


「大人しくて攻撃してこないタイプもいますよ。火を怖がるので人の住処を襲ってくるのは稀です」


トルカが付け加える。


「このあたりはあらかた大型の魔物は倒してしまったからなぁ。退屈だ」


先頭を歩くラーニッシュが言った。

…退屈しのぎに魔物と戦わないでほしい。


「魔獣…も出ますか?」


先頭のラーニッシュが歩みを止めて言う。


「やつらは…もういない。魔王を封印した時にな。一緒に封印した」


魔王の話。

すっかりどこまで真実なのか聞き出しそびれてしまったが、やっぱり雲に封印されているという話は大筋合っているらしい。

聞いても良いのだろうか?隣を歩くヴィントを見た。

外灯の炎を映し出して橙色に揺らめく金の瞳と目が合った。


「王が魔王を封印した時の話か?」

「ええと…」


聞いても?と問いかけると再び歩き出したラーニッシュが答えた。


「聞くも何も……とんでもねぇ野郎だったからあのピンクのゆめかわふわふわ雲に押し込めて封印しただけの話だぞ」

「ピンクのゆめかわふわふわ雲…」


ぐふっと笑いが漏れてリリーは口を覆った。

確かにゆめかわなふわふわ雲で表現は的確だが何であんな事になったのだ。

何とも度し難いという顔をしたヴィントが、


「奴は人の恐怖や不安…嫉妬などという負の感情で強くなるからな。あれを見ても恐怖心など抱かないようにということらしい」


と言った。

何だか気の抜けるゆめかわにはきちんと理由があるらしい。


「確かに…あれを見ても怖いとは思わないかも…」 

「あの雲はですねえ、大魔術師クルカン様が魔法で作ったんですよ!」


前を歩くトルカが振り向きざまに目を輝かせて言った。


大魔術師クルカン。初めて聞く名前だ。


「王様とヴィント様が魔王を追い詰めてクルカン様の雲に閉じ込めて、世界は平和になったんですよー」


とトルカは続けて言う。

クルカンには会った事がない。エライユのどこかにいるのだろうか?


「すごい大魔術師様なんですね…」

「奴の大魔術師は自称だからな」


ラーニッシュが振り返らずにひらひらと手を振る。


「自称…」

「面白い大魔術師様でしたよねー!虫が大嫌いで、初めてここに来た時も落ちてきた蜘蛛にびっくりして入り口ふっとばしちゃったんです」

「えぇ……」

「その後に補修したからここの入り口は綺麗なんだ」


ヴィントの説明にはは…とリリーは乾いた笑いをこぼした。







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