第2話 二日酔いの勇者と魔王の話


母が亡くなり、父を看取った後すぐに荷物をまとめて惑星ティースを出た。


先祖返り…とは聞こえがいいがリリーの銀に近い薄紫色の髪、濃紺の瞳は両親とも違いティース中どこにもおらず疎外感…どころか迫害されて生きてきた。


ローブでなるべく姿を隠し、魔法で容姿を変え港に向かい、出航予定の船がたまたまエライユ行きだというので乗せてもらう事にした。

自分と同じように深くローブを被った人種の分からない行商の老人は船代は父の形見の懐中時計でいいと言い、不安をかかえながらエライユに向かった。





「着きましたよ、お嬢さん」


いつの間にか眠っていたらしい、エライユに着いたと聞いて急ぎ船を降りる支度をする。


老人は船の入り口で青年と話しており緊張で鼓動が早まった。

見た目で迫害され、避けるように生きてきた。

両親はとても優しく、不自由ないように、家の中で何でもできるようにと生活を整えてくれたが庭先にすら出ず、家の中で引きこもりの生活をしていたリリーにとって歳の近い青年と遭遇するのは随分と久しい。


「お嬢さん、あんたから貰ったこの懐中時計、この人に売ってもいいかね?」


老人が話しかける。

懐中時計は船代として老人に渡したもので、もう自分のものではない。なのに許可をとるとは不思議なものだ。


「あの、どうぞ…それは、あの、船代としてお渡ししたものなので…」


緊張でたどたどしく、何とか声を絞り出す。


「お嬢さんはこのエライユに住みたいそうだ。あんたが案内してやってくれ」


老人は青年に告げる。


「…案内しよう」


エライユの海のような深い青の髪、目線を落とした金の目は優しくも厳しくもなく表情は読み取れない。

ティースでは見たことのない色だ。差し出された右手をぼーっと見つめていたがやがて自分の手を乗せるものだと思い至って慌てて手を取った。

震えていないか、手汗がひどくないか気になる。


「私はヴィントという。この国で騎士をしている」

「リリーベルと申します。よろしくお願いします」


挨拶の後優しく握られた手はタラップから地面に降りるエスコートをして離れた。








昨日の事、時間をあけてリリーが中庭に戻った時メイドたちは皆酔い潰れてひっくり返っていた。うんうん。この王城ではよくある事だ。王もイビキをかいてぐっすり眠っている。バーベキュー用に作られた焼き台に保温の魔法がかけられた食べ物、テーブルには保冷の魔法がかけられた飲み物がリリーへ!と書かれたカードと一緒に残されていた。

リリーは苦笑した後全員を広間のソファーに転送し、中庭を片付けた。





メイドたちが残してくれた夕飯を少々食べすぎてしまい、今日は朝から散歩に出る事にした。

どうせ王城内は二日酔いで誰も起きてこない。


惑星エライユは緑豊かな田舎の惑星で、いろんな人種が分け隔てなく暮らしている。


そう調べたのは学者であったリリーの父で、実際に暮らしてみると確かに同じ人種の方が少ないのでは?と思えるくらい皆見た目に統一性がない。

散々奇妙に思われるだろうと思っていた髪色についてもエライユに来てからは誰からも指摘された事はない。

皆穏やかで、誰もが親切だ。


「おーい」


川原で呼び止められてリリーは目線を向けた。


「こんにちは。えーっと…シスカさん」

「おお。一回挨拶しただけなのによく覚えてんなぁ」


シスカは立派な髭の中年の男性でヴィントの部下だという。明らかに年下のヴィントの部下ということで最初は驚いたが、エライユでは驚く事が多くありすぎて段々気にならなくなってきた。


「何してるんですか?」

「釣りだよ。お前もやるか?」

「つ、釣り…!これが…!」


リリーは本で釣りを見た事があるものの、実際にやった事はない。


「王様また二日酔いかぁ…お前も暇だろ」


からからと笑いながら差し出された釣り竿を受け取る。


「やります!」

「おー。赤とか黄色とか、カラフルなやつが釣れたら逃がせよ。食えないからな」

「なるほど……エライユには色鮮やかなものが多いですね。そういえば王城の堀に流れる水も…橙色?ですね」

「お前飲んだ事無いのか?アレ飲めるぞ」

「えっ!?飲、ええっ!?飲め、うそぉ」


だははとシスカは大笑いした。


「いい反応するなあ。お前詐欺とか気をつけろよ」


詐欺。

…冗談?


「あっ引いてる!」


川に垂らした釣り糸が引いている。


「おっ!いけるか!」

「やってみます!」


リールを動かして引き寄せる。


「あっ釣れ―!」


じゃばっと釣り上がった魚は見事な虹色だった。


「虹色は中々無いな!運がいいぞ」


運かあ。

初めての釣りにしては幸先がいい。

釣れた魚はバケツの中を優雅に泳ぎながらぽこぽこぽこと鳴き声?を上げている。

…魚とは鳴くものだっただろうか?


「北の塔の上に桃色の雲…?がずっとありますけど、あれは何ですか?」


釣り果は四匹。

初めてにしては上出来らしい。食べられる魚は一匹も釣れなかったが。


「あれな…あそこには魔王が封印されてんだ」


持っていた釣り竿を落としかけてがしゃっと大きな音がなった。


「あ、あぁ、冗談!」

「じゃあ、ないんだな」

「……全ての星を飲むって。魔獣を生み出す、あの?」

「そんな奴がひとりもふたりもいちゃぁ困るからな。そのだと思うがな」

「…私が読んだ本には、滅んだって。勇者が倒したって」

「倒せなかったからなあ。封印されてるんだよ。あそこに」

「…そんな…」

「嘘だと思うなら聞いてみろ。その勇者がいるからな」

「え?」


「いるだろ。城に。今は二日酔いの王様が」


「…狼少年という物語がある。嘘をつきすぎて本当の話をしても信用してもらえなくなる話だ」


本気か冗談か見定めようとまじまじとシスカを見つめていると、いつの間にか隣にヴィントが立っていた。

ヴィント様、と二人とも反応するとシスカは焦り、リリーはますます悩ましげに腕を組んだ。


「…という事は嘘?」


リリーの呟きにシスカは慌てる。


「嘘じゃねえぞ、よし俺が魔王封印について話してやる」

「…この魚、何で鳴いてるんだ…?」


複雑な表情でバケツを覗き込むヴィントにつられてリリーもバケツを覗き込む。


「やっぱり魚は鳴かないですよね?」

「俺の話聞いてるか?」


今はヴィント様と魚の話してるので、としれっと言うリリー。


「新種かもしれないな…」

「そもそも魚なんですか?」


どうだろうな、とヴィントはシスカから釣り竿を預かると川に釣り糸を垂らした。

よしお前も釣れ!とシスカに釣り竿を押し付けられリリーはヴィントと並んで釣りをすることになった。

…騎士って釣りするんだ…いやしてはいけないということはないが、物語の中の騎士とはイメージがちょっと違う。


「いいか、話すからな、ちゃんと聞けよ」


釣りで身動きを封じてから話を聞かせる作戦らしい。

リリーは目を細めてシスカをねめつけたがお構なしに語り始めてしまった。


「…数々の星を飲み、魔物より遥かに強い魔獣を生み出し宇宙全体を混沌に陥れた魔王はここエライユを終焉の地とし、“雷神”ヴィントに手傷を負わされ、“勇者”ラーニッシュに封印されたのだった!」

「雷神………」


横を見るとヴィントが片手で顔を覆っている。


「おかしい事言うから…」

「嘘じゃねえ!?」

「嘘じゃないと仮定してですね、なんであの柔らかピンクのふわふわに封印したんですか引いてる!?」


話の途中だが釣り竿に引きを感じリリーは叫んだ。


「あ、ええっ!?」


今までとは明らかに違う強い引きに川に引き込まれそうになるものの、後ろからヴィントに腰と釣り竿を掴まれ水に引き込まれる難を逃れる。


「こ、これ、竿も糸ももたない…!」


川面に向かってぎゅっと弓形にしなる釣り竿が大型の魚である事を示している。

まずい、と思ったその時大きな水飛沫の音と一緒に魚が川面から飛び出した。


「また虹色…」


今度は巨大な虹色魚が身を捩りながら飛び出し、拍子にぶつりと音を立てて釣り糸が途切れた。

じゃばーんと再び飛沫をあげて川へ帰っていく巨大魚をリリーは呆然と見送った。


「…えーっと、嘘をつきすぎた勇者がピンクの雲に魔王を封印して虹色魚………だめ、全部混ざっちゃった…」


下唇を噛むリリーにシスカはげらげらと大笑いした。

ヴィントはまたも顔を覆っていたが、よく見ると肩が小さく震えている。


「…笑ってます?もー!」


結局何が本当かさっぱり分からない。


「君の住んでいた惑星までは魔王や魔獣の被害は無かったのか?」


ヴィントの問いにリリーはうーん、と考え込む。


「無かった、と思いますけど……私…家から殆ど出ないで育ったので…」

「そりゃあ箱入り娘だな。お嬢様ってやつじゃないか。何でこんな田舎の惑星まで移住しようって思ったんだ?」


シスカに問われて日差しを浴びてきらきらと光る水面を見つめてリリーはぼんやりと考えた。

エライユに初めてきた時は何もかもが眩しいと思ったのだ。

彩度の高い豊かな緑と水の青。

故郷は砂の惑星で、建物も太陽もくすんで灰色に見えた。

本当なら両親と三人でエライユに移住するつもりだったが叶わず、ひとりで足を踏み入れた。


「…亡くなった両親が行きたがっていたので…」


バケツの虹色魚は巨大な虹色魚の家族だろうか?

そう考えると可哀想になってきて、川に魚たちを帰した。


「…聞いといて何だが、両親がいないとかあんま言うなよ?」

「どうしてですか?」

「悪い奴はな、頼れる身内がいないって分かると手荒にするもんだぜ」


リリーは目を丸くした。


「エライユに悪い人がいるんですか?」

「いない!」


即答である。

というのもエライユにはリリーを含め九人のメイドたち、王とその部下、ヴィントとその部下で何と十五人しか存在しないのだ。

もちろん全員顔見知り。

城ひとつ、国ひとつ、住んでるところも皆一緒。


「次新しくエライユに来る人がいたら、武者修行しにきてますって言います」

「何だよ武者修行って…」

「道場破りをしにきましたの方がいいですかね?」

「破る道場が無いだろ…」


そこは適当にちょっとな、って流せばいいんだよ、と言われた。


「ヴィント様とシスカさんは………………お昼を食べますか?」


先に戻ってお昼用意してますね、とリリーは川から離れた。



春にエライユに来た頃はあまり自分を語らずひたすら大人しかった。

夏になる頃には他のメイドたちとすっかり打ち解け、どれがリリーか分からなくなるほど馴染んでいた。

秋が来て少しずつメイドたち以外とも交流を持つようになった。


「…300光年、本当に航行できると思います?」


1光年飛ぶだけでも莫大な魔力とそれに耐久する船が必要だ。

船を維持するにも、航行させるための魔力を有した魔法使いを同行させるにもあまりにも金がかかりすぎるため国家や企業単位でしか船は所有できないだろう。


「…これを作った魔術師は300光年でも500光年でも飛べるとは言っていたが…」


ヴィントが取り出した懐中時計は元はリリーが持っていたものだ。

300光年離れた惑星ティースから来ました、と語るリリーは至って真面目なようにも見えた。


「まずあの魔術師が他人にこんな貴重な物渡したりしますかね?」


生真面目な性格のリリーを問いただせばおそらく何でも答えるだろう。


お昼を食べますか?と聞いてきたリリーは本来はもう少し違った質問をしたそうにも見えた。

打ち解けてきても他人に対して深く踏み込まず、慎重に言葉を選んでいるリリーに対して何でも話せというのは酷な

気もする。


「そのうち話す機会もあるだろう」


魔王が封印された終焉の地は長く閉ざされ、他人を拒む。

結界を掻い潜りエライユに降り立った船を動かしたのは金時計の力だろうか。

それとも。

背中を波打つやわらかな銀の髪が跳ねる、屈託ない郎らかな笑顔…穏やかで掻き乱さないリリーの来訪は予定調和なのか。

どんなに天候が崩れても変わる事なくとどまり続ける桃色の雲に変調はない。

ならば何も問題は無いだろう。

ヴィントは塔の上を一瞥するとシスカを伴ってその場を後にした。







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