第4話 水の精霊
最深部らしい広間に着いたリリーたちはひと通り探索を終え休憩していた。
「おかしい…何にもないぞ」
そう言うラーニッシュにリリーはフンと鼻を鳴らして言った。
「最初から無いって言ってるじゃないですか」
「あっ!お前!なんかすれてきてるぞ!」
「誰のせいですか!誰の!」
ヴィントがこっちだと言っているのに違う道に入り込み床から槍が出てくる仕掛けにリリーはトルカと抱き合って震え泣きしたり、新しい道だと道じゃない通気口を通らされた結果あんまり絶対好きになれそうにない節足動物溜まりに遭遇したり、この仕掛けは知ってるぞここを押すんだとボタンを押し込んだせいでごろごろ転がる巨大な丸い岩に追い回されたり…散々されて足が限界だ。
「あと上が残ってる!この広間の上部は調べてないからお前たち上を見てこい」
「お前たちって…」
指でヴィントとリリーを差している。
ものすごい嫌そうな顔をしているヴィントに倣ってリリーも嫌そうな顔をした。
「お前たち飛べるだろ!出し惜しみするな!」
うぐぅとリリーは推し黙る。
確かに飛べる。
リリーは有翼種で背中に鳥のような白い翼がある。
普段は魔法で見えないように収納している翼だが、飛び方も覚えているので飛べない事はないはずだ。
出し惜しみではないが、何となく見られるのが嫌で隠していた。
故郷では異質な翼を隠していたが、ここ惑星エライユでは種族は多種多様で、仲の良いアンは耳が鳥の羽のようになっているし、フラーは頭に三角の獣耳が生えている。角やしっぽがついている子も珍しくない。
ヴィントの翼は見た事がない。
エライユでも飛べる翼は異質なのだろうか…?
「…食べ終わったらな。君は待っていても良い」
ヴィントにそう振られて
「いえ、私も行きます!」
リリーは食べていたサンドイッチを口に押し込んだ。
ヴィントひとりにだけやらせるわけにもいかない。
ここは勇気の見せ所だ。
アンとフラーが作ってくれたらしいサンドイッチのバスケットの底にカードが入っていた。
『王様、大きい赤ちゃんみたいでしょ?そこが可愛いんだけど…帰ってきたらリリーはお仕事おやすみしてゆっくり休んでね』
カードを読んだリリーはふふっと笑った。
赤ちゃんにしては破天荒がすぎるけど…皆よく分かっている。
「何て書いてあるんだ?」
横から見ようとするラーニッシュからサッと隠した。
「アンとフラーはよくカードにメッセージをくれるんです。でもこれは私の宝物だから。秘密です!」
出先でサンドイッチも、友達がカードをくれるのも故郷ではありえなかった事だ。
どれも楽しい。頑張ろう。
休憩が終わり、食事のものを片付けたタイミングでぴりっと静電気のようなざわめきを肌で感じた。
「ま、このくらいはな」
長剣を手に取るラーニッシュ。
「頑張ります!」
と弓を継がえたのはトルカ。
「10分で片付けろ。君は教えた通りに」
リリーを後ろに下がらせるとヴィントも剣を抜いた。
いつのまにか小型の狼のような魔物が現れる。
外の木をつたって天井付近の明かり取りの隙間から入り込んだのだろう。
落ち着いて。大丈夫。
リリーは自分に言い聞かせた。
ガン、キィンと剣と魔物のぶつかり合う音、魔物の興奮した唸りが響き渡る。
リリーは決して前に出ず防御魔法で魔物を跳ね飛ばし3人に当たる魔物の数を減らす。自分に向かう魔物がいないか注意を払いながら詠唱する。
2匹倒した、あと3匹…じゃない!隙間から新しく魔物が入り込んでくる。それを見越しての10分なのだろうか?それとも……余計な考えはダメだ。集中、集中。
数がどんどん増え、自分には当たらないものの3人に飛びかかる魔物の数が増える。防御。自分の安全確認。3人の回復。防御。自分の安全確認。それか
「らっ!?」
急に足が浮き宙に浮いたので心臓が跳ね上がる。
「前に出過ぎだ」
ヴィントに抱えられて飛ぶ。
リリーは初めてヴィントの翼を見た。
新月の闇夜のような深い黒の飛膜状の翼が背中から生えている。本でしか見た事がないドラゴンのような翼だ。
一瞬で明かり取りの反対側まで飛び上がり高所に下ろされる。
「ごめんなさい…」
「見なさい。最初君がいたのは壁際だ。どんどん前に出ていた」
確かに増える魔獣の数を数えようとして明かり取りに注目しすぎていた。結果前に出ていたのだろう。
「覚える良い機会だ。トルカも上手い」
弓を使うトルカは身軽に動き回り壁を背にして急所を見せず上手く立ち回っている。
ラーニッシュは大振りで…確かに前に出過ぎたら巻き込まれていただろう。
「お前ら見学すんな!ちゃんとやれー!」
ラーニッシュは怒って地団駄を踏んだ。
「10分で片付けろと言ったはずだ。お前が手を抜くから増えたんだ」
ヴィントは涼しい顔で言ったが、リリーはこれは…どうしたらいいんだろうと混乱した。
この位置から魔法を飛ばして参戦するべきなのか…
んがあああ!と大剣を振り回したラーニッシュの剣撃で魔物が吹き飛んだ。
トルカはわーびっくり!とあまり緊張感のない声で剣撃をかい潜り高所にとびついた。
「す、すごい…」
一撃で全ての魔物に当たり、力尽きた魔物は灰となって消えた。リリーの感嘆も束の間、凄まじい地鳴りで床が崩れ始めている。
「あっ!あっ!私!飛べます!トルカと!」
焦りで言葉が怪しいが伝わっただろうか?
リリーは翼を出して飛翔するとトルカにとびついた。
「何でだ。床が抜けたぞ」
腑に落ちない、という顔でヴィントに首根っこを雑に掴まれて飛んでいるラーニッシュが言った。
「お前が暴れるからだ」
「10分でやれとか暴れるなとか注文の多い奴め」
「うわー下に空間がありますよっ!新たな冒険の始まりですか!?」
トルカのわくわく声にリリーは反応する余裕がない。
こ、この子ものすごく重い………
軽量化の魔法はすぐかけたものの、人体にはあまり効かない魔法なので装備と服分しか変わらない。
すごく集中しないと落としてしまいそうだ。
上に上がるか下に下がるか早く決めてほしい…!
「よし!下だ!早く降りるぞ!」
上機嫌なラーニッシュにヴィントが軽くため息をついた。
「行くぞ」
下りが決まりリリーはほっとする。
上がるより楽そうだ。すぐに地面に着きますように…祈りながら降下し始めた。
思いがけず早いうちに地面に到着したリリーはぜえはあと荒い息をしてトルカを降ろした。
…腕抜けるかと思った…ちゃっかり自分の腕に回復魔法をかけるのも忘れない。
「この下…はさすがにないですよね?」
やるか?と剣を構えたラーニッシュにいやいやとトルカとリリーは首を横に振った。
ねめつけるヴィントの目線がとても冷たい。
「一本道か…進むしかないな」
ヴィントが向けた目線の先からはわずかに風を感じた。
「わーーーーーお?」
間の抜けた感嘆の声をトルカが上げる。
何度か階段を上り、行き止まりまで進むと外に繋がっていた。
あたりはすっかり暗くなっていてもう夜だ。
今夜は曇っていて月明かりも星明かりも心許ない。
よく目を凝らすと近くまで水が波うってるのが見えた。
「湖…でしょうか?暗くて分かりづらいですね」
「ここはどこなんだ?お前上からちょっと見て来い」
そう言われたリリーは再度翼を広げ飛ぼうとする。
「待て、降りなさい」
飛べる魔物もいるから夜は迂闊に飛ばない方が良い、と腕を引かれる。
「うう…怖いのでやめます…」
「こう暗いとお手上げだな。よし今日はここで野宿」
と言うとラーニッシュはその場でばたんと横になった。
「地面ですけど!?」
すぐにぐおおという寝息が聞こえる。
何という野生………
「ぼくも眠くなったから寝ます……」
トルカはごしごしと目を擦るとラーニッシュのコートに潜り込んだ。すぐにすやすやと寝息が聞こえる。
「うそぉ……」
「そういう奴だ。諦めなさい」
寝るの!?ここで!?百以上ある言いたい事を飲み込んで自室の引き出しに入れたヴィントに貰った茶色い箱を思い出す。
中身はチョコレートで、疲れた時にこっそり食べる。
…帰ったらチョコレート。帰ったらチョコレート。
目を瞑ってイメージトレーニングをしているとマントを外したヴィントにここに座るように促される。
「少しあたりを見て回ってくる。ここにいなさい」
一緒に行きます!と口から出かかったものの足手まといは明らかなのでぐっと堪える。
とんでもない顔をしていたのだろう、
「…すぐに戻る。何かあったら踏めば起きる」
顎でラーニッシュを示される。
「踏みます」
決意を固くしてしゃっきり座った。
ヴィントが離れてすぐ、何か白いものがふわりと湖を横切った気がする。
…もしかしておば………いやそんなはずない。そんなはずはない。
リリーは自分の右足を注視する。
…座ったまま踏んだら力が入らなくて起きないかも。
立つか…念の為もう一度確認しようと湖をそーっと見る。
ひらっとさっきよりはっきり白いものが見える。
ひゅっと息を吸い込んだリリーは身を固くする。
立って踏む、立って踏む、ぜったい踏む…!
すっと後ろから手が伸びてリリーの口を塞いだ。
びょんと確実に浮き上がったと思う。そのくらいびっくりして体が跳ねた。
「静かに」
ヴィントの囁き声が耳元で響く。
色々と心臓に悪い…!
「水の精霊だ…人に友好的なら害はないが……敵対的なら…ふたりを起こしても厳しい」
ヴィントがリリーから手を離して剣に手をかける。
水系統なら…雷魔法は苦手とするはずだ。
リリーは声を落としてヴィントに囁いた。
「雷魔法は1番得意です…」
「頼もしいな」
息を殺して精霊を見守っているとふわり、ふわりとまるで布が風に舞うように近づいてくる。
剣を抜いたタイミングで雷魔法をかければいい。
1番得意なのは本当で、雷魔法なら無詠唱で最大限まで飛ばせる。
リリーは目を精霊に、耳を研ぎ澄ましてヴィントが剣を抜くタイミングを計らう。
精霊が近づくにつれ囁くような声が聞こえる。
「──……────………………」
「これは………」
歌?
ヴィントが剣を置く音が聞こえてリリーはヴィントの顔を見た。
ヴィントは顔を横に振り、
「詠唱じゃない……古代語だ」
リリーははっとして聞き耳をたてる。
この歌の歌詞は昔本で読んだ事がある…
「確か…四季の訪れを喜ぶ…歌だったと思います」
「知ってるのか?」
「古代語の本でこれと同じ歌詞を読んだ事あります…こんな…こんな、歌だったんだ………」
透き通る声、喜びを告げる歌。
ぼーっと見つめていると精霊はすぐ近くまでやってきた。
よく見ると女性のようにも見えるし、白い布のようにも見えるし実体のない精霊とはそういうものかもしれない。
すっと差し出された腕。何かくれると言っているような気がして手を差し出すとぽとりと水の塊をくれた。
実体のない水のようで冷たさを感じてからすぐに消えた。
同じようにヴィントにも与えると精霊はふわっと煙のように消えてしまった。
「これは…精霊の祝福だな。受け取ると属性魔法が使えるようになる」
「え!本当ですか?」
何だか貴重な物をもらってしまったらしい。
他人が攻撃できる程の強い威力のある魔法を属性魔法といい、家事などで使えるレベルの弱い魔力で使える生活魔法と違い使える属性は産まれた時から増える事は生涯ない。
精霊はそれを授ける事ができるのだろう。
リリーは手のひらを握ったり開いたりして授かった感覚を思い出していた。
確かに水魔法の感覚を感じる。
「これは…ついに洗濯でお水が大量に…」
リリーが喜んでいるとヴィントがふっと笑った。
「君にとってはそうだろうな」
教えるのは得意だが使うのは苦手だというヴィントに習って魔法陣を床に描く。
ふっと炎が燃えるような音を立てて炎のような青い光が広がった。
「わ!青い火!」
「燃えてはいないから触れられる」
「おおー」
触るとひんやりとした水の質感。
「燃やしたくない時や暑い場所はこの魔法を使う事が多いな」
「暑い時!確かに便利そう…」
他にどんな事に使えるだろうか…考えているとまぶたが重く感じる。
起きているのも限界なのかもしれない。
「少し休んだ方がいい」
促されてリリーは体を横にする。
眠りに落ちる前にいろんな事が頭をよぎる。
遺跡。友人からのカード。魔物。精霊。
ラーニッシュ、トルカ、そして……
「あ、」
眠る前に急に思い出し、リリーは頭を上げる。
「前に、あの、懐中時計…」
あぁ、とヴィントが言う。
「君の父親の形見と聞いたが…返した方が良かったか?」
「いいえ、あの、あれ…確か父が人からもらった物なんですけど…」
こてっと頭がまた下がる。
「くれた人…クルカンって名前だった気がします」
言い切るとふっと瞼が完全に落ちてリリーは眠りについた。
「そうか…お前が……………リリー君はやはり」
呟きは誰にも拾われる事はなく夜の闇に消えた。
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