第7話 魔法師&魔術師 Ⅲ

「クカカカカ!これが、これさえあれば、全てを支配できる」


暗黒で世界を包んでいる夜の森にて、豚のような脂肪を持ち合わせていた。中年の男が高笑いをしており、その近くの木には心底困惑したような顔を見せるグリムが居た。グリムが此の森に居合わせたのは偶然。


ただ魔法の鍛錬をしようと来ただけ。何も悪事らしい悪事を働いていない筈なのだが、今日この森に来訪しようと決めた己を全力で殴り炊くなってしまった。家族のためならば遠慮なく面倒ごとを引き受けるグリムであるが、家族が絡んでいない時は遠慮したい所である。


大切でも何でもない者を厄介な事を守る暇があるのなら、魔法や魔術の鍛錬したいと感じてしまう。今日は屋敷で静かに鍛錬をするしか無い、という状況にため息を吐きながら、音を立てぬように帰ろうとすれば、「パキッ」と音が鳴った。静寂が支配するこの場で、豚のような男が気づかない筈もなく、声を上げた。


「誰だ!其処にいるのは」

「はー、失敗した。特大に。…それにしても、侯爵貴族のビーフォ・グレスタニア様がテスタロッサ領に何用で?」

「……グリム・テスタロッサか。貴様の名は儂の耳にも届いておる。陛下…いや、あの甘い王が狂犬と認めたイノセンス・テスタロッサが己を超える逸材だ、と宣言しておったからな」

「甘い王ねえ……民に寄り添うのは甘いのですか?」

「ああ、甘いな。王とは国の頂点として君臨する者。地位が弱い平民どもから何故搾取をしないのだ」

「その政治をして武力政変を受けた国々をご存じない?」


クーリイドイ、クリギュア、セルトース。国民から油を搾るように搾取をし、武力政変を受けた国々を挙げるのだが、「更なる武力が存在していれば問題ない」と跳ね飛ばす。生粋な貴族であるビーフォに呆れのため息を漏らしながら再度問う。


何故この場に、テスタロッサ領に居るのかを。グリムは次期テスタロッサ家の当主になる為、現当主のイノセンスの事務仕事を補助しているから知っている。テスタロッサ領に来訪する貴族は今日、存在しなかった。


来訪をする、という連絡もなし。貴族が他の領に出向く際、争いを可能な限りなくす為、王と臣下は共にある法を定めた。それはその地を収める貴族に連絡をし、許可を貰えた時のみしか来訪するのを禁じる、というものだ。


「知らない筈、ないでしょう?ビーフォ様が、その罪を犯した者を断罪した事例がありますから。三度目として聞きますよ。……何故、この場所に来た。返事によっては命は無いと思え」


先程までの穏やかな雰囲気は消え去り、今グリムから発せられているのは殺気のみ。「家族に手を出したらどんな手を使ってでも全てを奪って壊してみせる」という意思を乗せて。


襲いかかる殺気に身を揺らぐ事などしていないビーファを瞳で確認し、実力がある魔法師なのは間違いないのだろうな、と再認識をする。


「儂は貴様らの抗争をしに来た訳では無い。ある条件を飲み込んでくれれば素直に帰ろう」

「何だ、それは」

「ミカとクミという少女の心臓を……くっ、いきなり交渉は決裂か!」

「当たり前だろ、この豚カス」


物体生成魔法の『白筆塗パニシュ』、威力上昇魔術の『淡海イーフォ』、『白筆塗』で生み出した剣の斬撃の上乗せとしての『排玉クリスタニア』。


三つの魔法、魔術を並行使用し、ビーフォの肩を切り裂く。交渉が決裂するとは思っていなかったからか、魔力による防御ができていない。怒っていたのはテスタロッサ領に住まう平民が巻き込まれるかもしれないから、とでも考えていたのだろうか。


確かに貴族の責務としてあるにはあるが、二の次である。一番は家族だ。


火薬が一つのみ大量に積まれている『じらい』を踏み間違えた。その者に慈悲は無い。


「一天灯火、壱!『王星我螺ソビル・キング』」


魔力を剣に浸透させ、魔力を使う『一天灯火』本来の技を発動させる。【壱】に一番適性があるのは火の魔法や魔術であるのだが、このような森で火を扱う訳にはいかない。なので、代替え役として、天の魔術を剣に纏わせた。


目の前の敵に反撃の隙を与えず、己が勝負を握っている状態で勝敗を決めたかったのだが…その目的は達成できそうに無い。グリムが肩を切り裂き、テスタロッサ家秘伝の技、『一天灯火』を発動しようとするまでの時間。


その僅かな時間で物体生成の魔法を行使し、剣を作り出す事で秘伝の技、『一天灯火』【壱】を防いだ。伊達に現役魔術師をしていないのだな、と実感をしつつ、再度剣を振るう。


力と技を込めた袈裟斬り。肩を切り裂いた時よりも速く、強い斬撃だ。しかし、金属と金属が衝突した時に発生する独特の音が周囲に響いたのみでビーフォを切り裂いてはいなかった。


「なるほど、魔術による視覚と聴覚、嗅覚の強化。それと同時に、第六感を一時的に覚醒させる魔法か。通りで俺の斬撃を防げる筈だな。俺より劣るお前が」

「人はそれを傲慢と言うのだぞ!」

「うっせーよ。俺はただ事実を言っただけだ」


衝突しているビーフォから一度身を引き、再度斬撃を繰り出す。先程と同じ袈裟斬りの構えで、先程とは全く違う複数の魔術を使用した強烈な斬撃を。


魔法によって生えてきた第六感のおかげか、咄嗟に回避ができたようだが、強化した斬撃は腕を斬り落としていた。片腕を失った事で抵抗力が大幅に削がれたビーフォに「負ける可能性は殆ど無いな」という考えに到達し、安堵の息を吐いていた。


……のだが、何故かか知らないが、数多の戦を歩いてきたグリムの勘が「まだ終わっていない」と告げていた。見た目から見ても、魔力から見ても、勝てる道筋は零に近い筈。


「クソッ、クソッ!まさか此処で使う事になってしまうとはな。だが、収穫はある。グリムという危険因子の小僧を知れた事、そして排除ができる事だ」

「は?何を言って…!何だ、その黄金の丸薬は」

「さあな、答えるものか。だが、一つ言える事としては、貴様を殺す為の手段だ!」


黄金に輝く丸薬を噛み潰したビーフォには大きな変化が訪れており、腕が肩から二本。胸からも二本。横腹や腹からは四本。計八本の腕が生えるという変化を遂げていた。そして、体の変化は腕だけでは無く、魔獣のような黒い二本の角に人間が思い描いていた悪魔の尻尾が生えていた。


「『どーぴんぐ』か!まさかそんな物を持ち合わせていたとは…」

「『どーぴんぐ』が何か知らないが、その通りだあ!」

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