第6話 魔法師&魔術師 Ⅱ

「さてさて、『れっすん』Ⅲも使えるようになったという事で、少し戦ってみようか」

「兄様、全然なのですけど?魔力の練度もあまり高く無いですし」

「そりゃあねえ。次期当主として魔法や魔術に努力を捧げてきたから。そう簡単に追い越されては次期当主の顔が潰れちゃうし、長男だから」


長男だから、という部分にクミは不思議そうに顔を横に倒すのだが、次の瞬間に切り替えて戦闘への体勢へと体を変える。


戦闘体勢にすぐ様切り替えられる事、それは戦闘面においてかなりの『あどばんてーじ』だろう。まあ、戦闘に身を置かないクミからしてみれば不要な物かもしれないが。


切り替え、戦闘が始まれば一瞬で動き出せるだろう構え、その全てに思考を巡らせる。もしかしたら家族贔屓という面も入ってしまっているかもしれないが、それにしても戦闘への入りが上手い。普通は慣れで会得する物ではあるが、クミに関しては才能だろう。


実妹の才能の高さに心が踊っている事を自覚しつつ、加減があまりでき無い自身の幼稚さと大人気なさを恥ながらクミと向かい合う。己の自然体の魔力を利用し、操る事で通常よりも強烈に成った拳がグリムに進んでいくが、『パシッ』という音が鳴った後、止まった。


クミも自覚をしているのだろうが、グリムとクミには圧倒的な差がある。自然体の魔力然り、魔力攻撃の中和然り。魔のある道を歩み続けたが故、魔力を使用した攻撃の中和が成せるようになったのだ。まあ、クミの魔力攻撃では、中和が制限時間限界まで行わないといけないのだが。


息を吐きながら目の前の妹の行動を観察していれば、突如として動き出す。グリムの手によって掴まれている右拳とは違う反対の拳、左拳がグリムに向かう。


クミの左拳を片手で受け止めれば、手応えの無い『ポスッ』、と音が脳内に入る。魔力は左拳に纏われている。右拳の時よりも更に大きく。それなのに与える威力は右拳の時が遥かに高い。疑問が脳内に浮かび……泡玉のように消える。


全身に衝撃が襲い、後退してしまう。魔力で衝撃が与える部位を覆っていた為、体が受けた負担は然程大きく無い。


……甘く見過ぎていた。魔法や魔術をあまり使用した事が無いクミが、打撃の数秒後に魔力による衝撃を与える技術を獲得しているとは思っていなかった。けれども、考えてみれば当たり前だったのかもしれない。クミは魔具を造り出す事が可能だ。


魔具を造る事が可能であるならば、打撃と魔力の衝撃による二重攻撃の技術を会得していても不思議では無いだろう。


「ごめん、クミ。俺はお前の事を何処かで下に見てたみたい。もう見ない。だから、俺は本気でお前に対応する」


今までの戦闘で何を学んできたのだ、と己の過去を思い出しながら瞳に闘志を宿らせる。甘く見ていた自身を打ち壊し、クミへの認識を改める。敵では無いが、本気を出さずに、気を緩めて勝てる相手では無いと。


グリムの本気で相手をする覚悟。もう絶対に下に見ないという決意。其れ等を含めた感情の表しとして、自然体の魔力を意図的に濃度を濃くし、周囲に撒き散らす。


魔力を使う者としての圧倒的な格を見せられ、驚愕と冷や汗が顔に現れるのだが、瞳を決して逸らしてはいない。己の成長の機会を逃してたまるものか、と言わんばかりの獰猛な魔を行使する者猛獣の面が露わになった。


互いが、自然体の魔力の上乗せとして、意図的に魔力を抽出させ、全身に纏わせる。後々に強大な魔力が衝突したとして、周囲の環境が大きく変わるという事には目を瞑り、今は本気でクミとの戦闘を楽しむとしよう。


向かい合った中で最初に動き出したのはクミ。腕を振るという動作に爆発の魔法を組み込む事で魔力の感知を一瞬のみ掻い潜ったのだ。そして魔力が特段と籠った煙を発生させる事で魔力の感知を使用不可にするつもりなのだろう。確かに、魔力に対して強く頼っている魔法師や魔術師相手ならば有効だ。


けれども、魔力のみに頼っていた事など、グリムには一度も無い。煙の中でも、集中していれば聞き取る事が可能であり、音を可能な限り出さない様に走っている音、呼吸の音、鼓動の音。その全てが耳の中に入ってくる。


「がっ……!?」


拳を向かわせてきたクミの攻撃を掻い潜り、打撃を腹に直撃させる。強烈な威力を持ち合わせた攻撃を受ける事は慣れていない。グリムやイノセンスなどの歴戦の猛者ならば、揺らぐ事無く耐え切り、反撃を繰り出すだろう。


戦を、争いを幾度も経験してきた者と、していない者の差が直に現れた。


「良い一手だとは思うよ。大体の魔法師や魔術師って自分の魔力に自信を持っている。魔力って意外と万能だからね。魔力を上手く扱えるのなら、慢心をしてしまうのは仕方ないと言っても良いからね。だけど、それは下の者の場合だ。上に到達している者程、己の魔力を信用している者は居ない」


全身に襲っている激痛を耐え、立ちあがろうとするクミであるが、グリムはそれをさせない。というか、立ち上がらせてしまえば戦闘を続行することになってしまう。もう体は限界な筈なのに、だ。


グリムにもまだ戦闘を続けたいという気持ちはあるが、妹の身の為にも続ける訳にはいかない。しかし、そう言ったとしても聞かないだろう、という考えが容易に浮かぶ。


「少し手荒になってしまう…すまんな」


短距離転移の魔術を発動させ、クミの頭を掴んでから意識一時喪失の『巳暗雷テンス』を発動し、気絶をさせた。


「帰るか」

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