第4話 自称普通の伯爵子息 Ⅳ

「兄様ってほんとチートよね」


まだ読みきれていない『天誓魔術』を読みながら魔法、魔術の多重発動を行っていれば、妹の一人、クミからの言葉が突如として耳に入ってきた。己は博識な方であると自負していたのだが、全く聞いた事もない『ちーと』という言葉に自然と疑問符が浮かんできてしまう。


最初から『でばふ』や『のーぷろぐれむ』のようなこの世界に存在しない…別世界から引っ張り出したかのような言葉を理解しているのはミカとクミだけである。昔に神に選ばれた、と言っていたことが関係あるのだろうか。


「はあ……また俺には分からない単語を取り出して。あんまりいい意味では無いと感じちゃうんだけど」

「元の意味は…遊戯に魔法や魔術とは同格であるんだけど、別物。魔法や魔術が遊戯の外や内でも干渉可能だけどチートは内側しか干渉できない遊戯特化の力を指すのだと思う」


最後の言葉、「思う」で完全に理解していないのか、と体の内側で呆れが発生してしまう。まあ、クミやミカは何処までも「探究をしたい」というグリムやイノセントが心の中に置いてある物を二人の姉妹は持ち合わせていないので妥当と言えば妥当なのかもしれないが。


「それで?今俺に使った『ちーと』はどのような意味があるんだ。先ほどの説明ではあまり心地よく無い説明をされていると思うのだけど」

「兄様に使ったチートの意味としては常識並外れた強さ、かしら」


グリムに意味を問われ、口にしたクミの答えは理解し難い物でしか無かった。先程説明をしてもらった『ちーと』の元の意味としては、遊戯にしか干渉が不可能な力。つまり特殊な小細工と言える。……なのに、なのにだ。使われた『ちーと』の意味としては常識並外れの実力者だ。


ハッキリと考えを述べさせてもらえる機会があるのだとすれば、グリムは「考えた者は理解が不可能な頭で形成されているのだろう」と言葉にする。遊戯を行っている最中の小細工…つまり不正行為が元の意味なのに何故常識並外れた実力者になってしまうのか。


「知らないわよ。そんな事考えた人の脳内なんて。…でも、チートという意味の話なら、確か神様に強い力を与えられた人を指す言葉だったの。けれど、時間が経つにつれて意味が変質をしていって狡い程強い、という意味になったのを聞いた事があるわね」

「なるほど、祝福者を指した言葉だったのが強者を指す言葉になったのか。……いやいやいや、だとしたらクミとミカが言える事じゃないでしょ。俺はシンプルな魔法や魔術だけ。それに対してお前ら姉妹二人は固有魔術とかいう不思議なのあるし」

「まあ、そうなんだけど……私達は◾️◾️を受けし者だし」


使うべき言葉はグリムでは無く、クミやミカでは無いのか、という言葉に苦笑いを浮かべた後、言葉を口にする。しかし、途中に聞き取る事を阻害させるかのような雑音が耳を一瞬、支配した。阻害した雑音は魔力ではあるが、グリムが知る魔力では無い。クミが狙ったものでは無く、上位の者が意図的に阻害したもの。


残念ながら知り合いに高位存在は居ない。けれど、魔力の性質から見て、生態、種族、性質が大体理解可能だ。性質、種族さえ理解できてしまえば、何故クミの言葉に態々干渉したのかが分かる。


(なるほど、薄々感じてた事だけど……アレか。全く、我が妹ながら随分と面倒臭いのに好かれてしまったらしいね。これが果たして『きち』と出るか、『きょう』と出るか)


テスタロッサ家はどうやら面倒ごとが好きらしい。どれだけ解決しても新たな面倒が湯水のように湧き出てしまう。継がれてきた体質なのか、テスタロッサ家に生まれた時から定められている性質なのかは判断ができない。










『ちーと』に関しての話題を終えたグリムは静寂な場で魔書を読み進める。風が物体に当たりながら進む音。自然では決して発生しない『ペラ、ペラ』という人工的な捲る音。その全てが心の奥底から集中できる音。


そんな音無き平穏は一人の少女の魔術によって崩される。水の魔術、『激槍ウォーミス』は本を読んでいた無防備なグリムに当たるかと思われたが、直撃をする事は無い。直撃をする一歩手前の距離で弾け飛ぶ。


「そういう所、甘い。しっかりと相手の魔力を確認しておけ」

「……ごめん、兄様。兄様の魔力を確認してても良く分からない。薄い魔力を体に纏わせている事くらいしか」


この部分、クミやミカに対して「勿体無い」と感じてしまう。魔法や魔術を操る才能は並以上。鍛え上げればグリムやイノセンスのような高みに昇る事が可能だ。しかし、当の本人達はそのような道を昇るつもりは無い。


だからこそ、勿体無いと感じる。魔法や魔術の使い方さえ理解していれば、グリムの一歩手前の距離で『激槍』が弾け飛んだのを理解できる。というか、そんな愚策を態々しないであろう。


まあ、だからと言って、クミやミカが魔法や魔術の道に進むべきとは言わないが。そのような道を切り開かなかったからこそ、見えてくる道があるというもの。けれど、悔しい事にグリムは兄としてその道を教える事ができない。それはイノセンスもそうだ。


もしかしたら、グリムは、イノセンスは、戦いの道を選択しなくとも、良かったのかもしれない。魔具を作る選択も存在した。しかし、二人は戦の道を選んでしまった。苦しまずにいられる道が存在したから、楽な道が存在したから、選んでしまったのだ。


そんな愚かや選択が、血を被る運命となってしまった。罪を被る運命となってしまった。


(本当、恥ずかしいよ。俺はウェルトに、ミカに、クミに胸を張れる長男で在りたかった)


叶う筈など無い夢。そんな夢がもし、叶う機会があるとするならば。


……今なのかもしれない。





「もし何かあった時の自衛の為。魔力を使用した魔法や魔術の段階稽古をしてみよう。ミカやクミが言う『れっすん』というやつだよ」

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