第一章 黄金天芒
第1話 自称普通の伯爵子息
「グリムお兄様!騎士の人達が鍛錬を付けてくれるって!」
「そう。俺は良いからウェルトだけでも行って来たら良いよ」
話し掛けたウェルト・テスタロッサ。テスタロッサ家の三男であり、末っ子である。そんなウェルトに話し掛けられたのはグリム・テスタロッサ。テスタロッサ家の長男であり、テスタロッサ家の次期当主である。
末っ子であるが故か、家族全員に優しく育てられてしまったウェルトは、暖かみがある言葉でも泣きそうになってしまう。
瞳に涙を溜め、今にも泣きそうだ。失敗をしてしまった、と感じながら慰める為に歩み寄ろうとすれば、その前に次女であるミカ・テスタロッサが背後から抱きしめて慰める。
グリムは決してウェルトが嫌いなのでは無いの、とフォローをしながら。
よく言葉が足りない__ウェルトには積極的に言葉にしているつもりだが__グリムからしてみれば、ミカの気遣いが体にとても沁みる。後で拝んで供物でも捧げようか、と思っていれば頭にチョップで叩かれる。
叩いた方向を確認すると、ミカが呆れたような顔をしながらグリムを見ていた。
「グリム兄様、言葉が足りません」
「俺はしてるつもりなんだけどねえ」
「確かに有象無象の者達よりしているかもしれませんが、ウェルトは同じ歳の家族の子よりも精神年齢が低いのですよ?グリム兄様が伝わると思っても、ウェルトには到底伝わりません」
同じ家に過ごしているので理解している事だが、ミカは毒舌である。しかし、根拠が全く無い人を罵倒する為の物とは違い、根拠がしっかりとある正論なので、チクチクと心に刺さる。
まあ、今回は大切にしているウェルトに関しての事なので、チクチクという痛みとは比にならない位には心の深くに突き刺さってしまったのだが。
泣く程では無いが、悲しみには変わりないので、その悲しみを紛らわす為に、先程まで使用していた机に勢いよく頭を衝突させる。
当たり前、と言うべきか、ウェルトが来る前に読んでいた兼読もうとしていた魔書が後頭部に直撃した。
「何をしているのですか…グリム兄様。本が積み上げられていた事はグリム兄様が一番知っているのでは?」
「そうだね、知ってる。俺が積み上げたんだもん。はあ、俺もウェルトと鍛錬したいなあ」
「やめて下さい。グリム兄様がする鍛錬は次元が違います。テスタロッサ家が持つ騎士の殆どが【地獄】と評した鍛錬をウェルトにするつもりですか?」
する訳が無い、と前から宣言しているのに信用、信頼をされないのは何故だろう。……いや、信頼と信用はされているのだろう。
家族やそれに近しい者には、愛おしく、大切にしたいという感情で、気持ちで接している。それはミカも理解を……家族全体が理解をしているだろう。
それでも念を押される理由としては、やはり鍛錬の難易度が影響しているのかもしれない。
・テスタロッサ領に存在しているエドニア王国三大山であるエルリア山を往復六回。
条件:一時間以内。
・グリムが土魔法で生み出した簡易ゴーレムとの結界の中で百人組み手。
条件:ゴーレムを全て倒すまで結界の外に出る事を禁じる。
日によって色々変わるのだが、毎日あるのはこの二つである。
魔術師や魔法師はこれを簡単だと言う。魔力で体を強化をする事ができれば、一つの跳躍で数十メートルを跳ぶのが可能となるからだ。……まあ、
魔力強化が可能であれば【地獄】と称されていないのだが。
むしろ、グリムの能力低下魔術……ミカが言う『でばふ』魔術で身体能力を低下させているので素で鍛えるよりも難易度は高いだろう。
確かに鍛錬が異常なのは認めるけど、と呟きながら床に散らばっている本の一つ、表紙の大部分が黄色、題名である『
三歳の頃、魔書を読み漁るのを趣味としていたグリムに当時一歳のミカがこの魔書を渡してきた。若かった時期である為、何故ミカが
「この魔書、どうやって拾ってきたの?現代の魔術、魔法技術では実現が不可能な
けれど、ある程度成長をしたグリムには分かる。『天誓魔術』の魔書は断じて譲られた訳では無い。ミカが渡された、と言っていたのが魔術師なら尚更。グリムの言葉が口から発せられた後、この場には沈黙のみが降臨していた。
顔を顰めているミカと真剣な顔をしたグリム。普段なら妹や弟に嫌われるかも、と辟易している言葉も、今は関係が無い。もしかしたら危険な事をしているのかもしれない。……考えたくはないが、グリムの為に身を売っているのかもしれない。
常人ならミカのような幼い体を穢す事は倫理観が働いて実行をしないだろうし、考えもしない。けれど、それは
まあ、美しい川で育った魚も、その穢れた行動をする事はあると言えばあるのだが。
「……言うつもり、無いんだね」
「すみません、今は言えません。でも、グリム兄様が心配するような事はありませんよ」
「そう、でも心配なのは心配なんだよ。今ではなくて良いから、未来の何処かで」
「分かりました。必ず、話しますよ」
「それ、約束ね」
「はい、約束です」
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