マリー
マリーは走った。子供ほどの大きさしかないので走るといってもそれほど速いわけではない。しかし休憩も睡眠も必要ないずっと走り続けられるマリオネットはひたすらに止まることなく走り続ける。白くてふわふわしたものがマリーの体に当たるが雨と違って濡れることなく、それらはマリーの体の表面に当たると滑ってどんどん落ちていく。
今までシャムと旅をしてきてマリーはいろいろなことを見聞きしてきた。東西南北の方向の定め方、もし人間に会ったときの対処法、天候が悪い時どう過ごすか、体が壊れにくい動き方……。今こうしてマリーだけでどこまでも走っていけるのはシャムがずっと語り続けてきたからだ。
周辺には枯れた植物しか生えていない。道などなくでこぼこした足場が悪い中マリーは走る。
白いものが落ちてくる量が増えてやがて地面に白いものがどんどん積もっていく。走っていたら白いものでマリーの足がつるりと滑った。ベシャ、と音を立てて地面に転がる。
すぐに起き上がり手足を動かして数回飛び跳ねる。それはシャムが手入れをした後動作確認のためにマリーにさせていた動きだ。音がしたり左右で違う動きをしたら微調整をしていた。何もおかしなことはないので再び走り出す。
「地面が濡れていると滑りやすい。ゆっくり進むんだ」
大雨の後シャムが言っていた。ゆっくり歩けばきっと転ばない。しかしゆっくりしている時間はない。転びながら滑りながらマリーは走る。
夜通し走って、夜が明ける。どんよりと曇り時折あの白い物が空から落ちてきた。
走り続け、足の関節からキイキイと音がし始めた。寒すぎる気温の中動かし続けたため劣化が早まったのだ。それでもマリーは走り続ける、立ち止まったりゆっくり歩いている暇はない。
風が強くなり向かい風となって吹き荒びマリーの走る速度を遅くする。軽量化されているマリーの体は強風にあおられるとバランスを崩してしまう。しかし辺りには掴まれるようなものはなくマリーの体は今にも転がってしまいそうだった。
「立って歩けないなら這っていけばいい。風が強い時は風の当たる部分を少なくすればいいんだ」
遠くに竜巻が起きそこら中に風が吹き荒れマリーがコロコロと転がった時だった。シャムは実際に這って見せて移動手段が足しかなかったマリーにもう一つの移動方法を教えた。マリーは地面にうつ伏せになると手足を動かして前に進んでいく。
天気が回復したら走って移動し昼も夜も一日中マリーは走り続けた。何日も何日も休むことなくひたすら走り続ける。晴れた日の夜は星の位置から進んでいる方向を定め、昼間は太陽の位置を確認しながら。
マリーの体はあちこちからギシギシと音が鳴るようになっていた。特に動かし続けていた足の関節はすり減ったのか動かしてもあまり大きな歩幅にならない。シャムも足が悪くなっていた時小さな歩幅になっていた。
それでもマリーは走る。ひたすらに走って走って。
ばきんという音とともにマリーはその場に崩れ落ちた。己の足を見てみれば左足が取れてしまっている。這いながら足と足を支えていた芯を拾いそれをじっと見つめる。
今までマリーはシャムがマリーの体を手入れしてきたとき全てじっと見てきた。調子が悪い時はどこを触れば良くなるのか、手足を取り外した後どうやってつけているのか。
マリーは足と芯を組み合わせて自分の体につなげた。足を動かしてみると少しキシキシと音は鳴るが動かすには問題ないようだ。
マリーは走り始める。
マリーの左足はやがて取れるペースが早くなってきた。どれだけつけ直してもしばらく走るとまた外れてしまう。その度にマリーは足をつけたがとうとうバキッと音がして足をつけるための芯が折れてしまった。芯がなければ足と胴体をつなげることができない。
マリーは芯と足をじっと見つめる。走っていくのはもう無理だ、それなら這って行くしかない。
這って行くのなら両手は地面をつかむ必要があるので足と芯は持って行くことができない、邪魔でしかない。
しかしマリーはうつ伏せになると背中に足と壊れた芯を乗せて這いながら進んだ。支えるものがないのでバランスが崩れるたびに足はコロンと地面に落ちて、それを拾って、を繰り返しながらひたすら前に進んでいく。這うたび、手足が地面に擦れて関節に土が入りどんどんマリーの体が動きにくくなっていた。
シャムのもとから離れて一体何日経ったか。何もない荒野の中でマリーはとうとう動けなくなった。動こうとしても腕も足も関節がうまく動かない。その場でギイギイ音を立てながら必死に動かそうとするが一歩も前に進めない。
それでもマリーはひたすら動き続ける。進まなければいけない。少しずつでいい、数センチずつでもいいから前へ。
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