鮮やかに色づく木々の中で

 歩き続けるシャムの動きもだんだんとぎこちなくなり移動速度が徐々に落ちてきた頃。人がいなくなった小さな町を見つけた。以前立ち寄ったマネキンの工房があった町ほどの大きさはないが人が安定して暮らしていくには十分な規模の街だった。

 その町は人が暮らしていた割には木がたくさん街の中に生えており植物を大切にしていた町なのだということがわかる。人の手を離れた町は雑草や木の根がそこら中に張っていて町と自然が一体化したようなところだった。

 それほど大きな戦火に見舞われていないのか建物などは壊されたと言うよりは自然と朽ちたように見える。戦場が近づいているのを察して、別の場所へ人々が移動したのだろう。

 街の中に生えている木はすべて広葉樹だった。赤や黄色オレンジ色に染まり、葉ではなくまるで花のように色づいている。最初に色づいた葉すでに木から落ち始めていて、もうしばらくするとは冬が訪れることを告げている。

これらの木が色づくことをこの街の人たちは知っていて計算されて植えられているようだ。同じような色の木々が集まっていて遠くに行くほど徐々に色が変わっていっている。地面には様々な木の実が落ちていた。


 地面は舗装されておらず土がむき出しだ。ある程度踏み固められてしまっているが落ちた木の実は運が良ければ芽を出し木として成長しているものがいくつか見られた。それらの木の実を食べるために小さな動物や鳥たちが集まり、潤沢にある食糧を思う存分食べている姿も見られる。

 歩くのをやめて適当なところでシャムは腰を下ろす。マリーもシャムの横に座ると齧歯類と思われる小さな動物がちょろちょろと寄ってきてマリーに登り始めた。木でできているマリーは生き物ではなく木として認識されているようだ。

 その様子をシャムは微笑みながら見る。長らく人がおらずここは天敵もいないようで動物たちはまるで警戒心がない。


 ハラハラと落ちてくる葉を見ながらシャムは手足を一本ずつ動かして自分の体の状態を確認していく。左腕は完全に動かない。足もゆっくりと歩くのがやっとだ。以前の倍以上体が重く感じて歩くペースは格段に落ちた。右腕はマリーの手入れをする位はかろうじて動くが重いものを持つことができない。


シャムが自分で計算していた通り己の体は持って冬までなのだ。


ここが最後の地となる。これ以上別のどこかに移動できるほどの余力は残っていない。


 死に場所を求めるというのも変な話だが最後を迎える所ぐらいは自分の好きな落ち着いた場所にしたかった。そこら辺の荒野や野原など嫌だった。マネキンであるが故なのか町に入りたかったのだ。マネキンはある程度栄えた町の立派な工房から生まれる。

 この町は少しだけシャムが生まれた町に似ている。こんなふうに木が生い茂り美しく色づくところだった。


「赤よりも黄色やオレンジが多いんだなここは」


 シャムが生まれた町は赤く染まる植物で統一されていた。葉の形は大小様々だったが手のひらのような形をしていてそれらは色付け終えると徐々に枝から離れ落ちていく。そしてそれは地面を真っ赤に染めた。

 この町の木は黄色いものが多く葉もかなり大きい。しかし色づくと落ちてくるのは同じではらはらとシャムの目の前は黄色い雨が降っている。


 マリーが立ち上がると地面を見ながらそこら中を歩き回る。シャムはあまり大きな声が出せない。何をしているのか聞きたかったがマリーの気が済むまで動かせてこちらに戻ってきたときに聞くしかない。

 マリーとシャムが初めて出会った時と立場が逆となっていた。動き回るマリー、思うように体が動かせず座り続けるシャム。シャムに見向きもせずあちこちを歩き回っているマリーを見ていると、このまま己を置いてどこかに行ってしまうのではないかと言う不安に駆られる。マリーは時折地面に落ちている葉を拾っているようだった。そうやっていくつか葉を拾ってシャムの下に戻ってくる。

 両手に集めた落ち葉をシャムの目の前に差し出した。そこには赤く染まった葉だけが集まっていた。先程の赤い葉はあまりないのかという言葉を聞いてマリーは赤い葉だけを探して集めてきてくれたのだ。

 受け取ろうと右手を動かそうとするが今日は調子が悪いらしく思うようにマリーの手を掴むことができない。


「ごめんマリー、受け取ることができない」


 そう言うとマリーは少しの間じっと手の中の葉を見つめていたがシャムの周りにパラパラとバランスよく落としていく。シャムがどの方向を向いても赤い葉が見えるように。

 マリーが集めてきたのはほんの数枚程度なので他の葉に埋もれてしまいそうだ。足りないと思ったのかマリーは再び赤い落ち葉を探しに歩き始めた。

 そんなことを何度も繰り返し、やがてシャムの周りにはたくさんの赤い落ち葉が集まった。懐かしい景色にシャムは何とか右手動かしてその葉を取ろうとする。しかし右手は思うように動かず小さく薄い葉を掴むことができない。


 マリーが一枚持ちシャムの目の前に掲げてみせた。それを見てシャムは満足そうに笑う。戦場は殺伐とした風景が多かったのでシャムは自然の景色が好きだった。旅に出ようと思ったきっかけも自然を求めての事だ。その旅が、今終わろうとしている。


「マリー、たぶん僕はもう立ち上がって歩くことができない。ここが僕の最後の場所だ」


 風で飛ばされていく赤い葉をかき集めていたマリーの動きが止まった。まじまじとシャムを見つめ近くに寄ってくる。


「壊れるのはもう少し先だけど。最後の時までは一緒にいてくれ」


 マリーに反応は無い。肯定否定はできるのだろうかとうなずくなどの動作を教えてみたこともあったが結局マリーは自分の意思表示を示した事はなかった。今もマリーが何を考えているのかシャムには全くわからない。


 その日からマリーは町の中からいろいろなものを探してはシャムの前に持ってきた。最初は何かの工具などだった。おそらくこれでシャムの体を直してくれと言いたいのだろうがそれはシャムには不可能だった。

 やがて持ってくるものはきれいなものに変わっていた。咲いている花、形が崩れていない落ち葉、どこかの家にあったらしいステンドグラスの小物、よく見つけたものだと感心するような工芸品や美術品。それをシャムに見せ、まるでシャムが退屈しないようにしているかのように。

 そうやって過ごしていくうちにだんだんシャムの反応も少なくなってくる。あちこちが動かなくなり声を出すこと表情を変えることが難しくなってきたのだ。それはマリーに伝えている。反応がなくても落ち込まないでほしいと言った。


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