黄金の大地

 壊れた都市を出てシャムとマリーは再び旅を続けた。よほど酷い戦いだったのかこの都市の周辺はしばらく本当に何もなかった。木も草も生えておらず森もない、水もない。およそ生き物が生きていける環境ではない。破壊し尽くされている、死んでしまった大地。人形でなければおそらく越すことができない過酷な環境だ。


「こっちは行くのをやめよう、劣化が加速する」


 シャムの言葉にマリーはシャムの顔を見た。意味がわからなかったのだろう。


「植物が何もないと大地は乾いて砂となる。砂は人形にとって大敵だ」


 進行方向を変えてシャムたちは別の場所へと移動する。徐々に草が増え木も見え始め、ようやく緑豊かな場所へとたどり着いた。そしてとても珍しいものを見る。

 開けた場所に突然現れた黄金色の植物。シャムと同じくらいの高さのそれらはぽつぽつと隙間を開けながらではあるが一面に生えていた。風が吹くとしなやかに曲がりざあっと一斉に揺れる。それはまるで黄金の大地であるかのように見えた。


「これは……麦? こんなに生えてるのは珍しいな」


 おそらく種が飛んできて野生したのだろう。土が合っているのかもしれない。風にのって飛んできたのかもしれないし、かつてここを通った誰かの靴や荷物についていて落ちたのかもしれない。


「すごいよね。植物は種が飛んで条件が揃えば生えてくる。何千年と生きてきた植物たちは誰の手を借りなくても生きていけるんだ。僕らとは大違いなんだ」


 マリーはその光景をじっと見つめ両手を前に差し出して何かを掴むような動作をする。


「黄金色を捕まえようとしているの? 捕まるかな。まぁでも二回も光を捕まえたからできるかもしれないか」


 どこまでも広がる青い空とその下に広がり続けている黄金色の大地。目の前の光景は色が二色しかない。人の手が入っていないからこそ麦は増え続け大地に根付いて地を固めることで砂化を防いでいる。

 砂の大地は人形たちにとって最悪の場所だ。関節に砂が詰まりあっという間に動けなくなってしまう。風を遮る植物が全く生えていないので常に風が吹きすさび砂嵐が起こる。そうなってしまったらほんの数分で動けなくなった後に砂が覆いかぶさって砂の下に埋もれてしまう。


 シャムは麦の一本を摘み取った。穂は小さめだがしっかりと実っていて自重でしなるくらいには重みがある。ここは適度に雨が降り麦にとって育ちやすい環境が整っていることを示している

 再び空を見れば渡り鳥が大量に飛んでいて、降りてきて麦を食べている鳥もいる。鳥たちは糞をして地は適度に肥えまた実をつける。ここでは命の循環が行われている。


「人間が見たら涙を流して喜びそうな光景だ」


 マリーはシャムの顔を見上げた。マリーが捨てられる前、どれほど人間と関わっていたのかわからない。人と接した時間は長かったのだろうか、一度も使われることなく捨てられたのだろうか。


「これは食べ物だよ。割と乾燥に強くてよほど酷い所でなければ強く育つ。みんながこれを求めて争いが起きた。戦争の原因は食べ物なんだ」


 それこそマリオネット、マネキンたちが戦うことになった戦争の理由。食べ物、水の所有権をめぐって小競り合いが起きやがてそれは大きな戦いとなり、相手の国を滅ぼすまでに至った。

 食べ物を食べない人形たちにとっては全く理解が出来ない戦争のきっかけ。なぜ奪い合うばかりで分け合わなかったのだろう。足りないのなら作ればいいだけなのに。シャムは人間では無いからその答えはいくら考えても見つからない。


「これだけの量があれば多くの人間が冬を越すことができる。また争いが起きるだろうからここはそのままにしておこう」


 黄金色の大地が風により大きくうねりながらなびいている。マリーのガラス玉の目にはその光景がはっきりと映っていた。

 歩き出そうとしたシャムだったが意外にもマリーは足を止めたまま動こうとしない。どうしたのかと思い近寄ってマリーを見れば麦を見つめ続けていた。


「麦を見たことがあるのか」


 マリーは麦の穂を掴むとぐいぐい引っ張るがマリーの力では麦を摘むことができない。シャムが腰につけていた小型のナイフで数本切り落としマリーに手渡した。


「意外なものを欲しがるね。今まで何かを持っていこうなんてしなかったのに」


 マリーは麦を受け取ると右手に持ち空に向かって突き上げる。上げたり下げたりの動作を三回ほど繰り返し大きく円を描くようにシャムの周りをぐるぐると回る。


「え、ちょっと、本当に何してるか全然わかんないんだけど」


 シャムが戸惑ったようにそう言うとマリーは回るのをやめてシャムの前に立つ。そしてシャムの動かない左腕を麦でペシペシと軽く叩いた。その動作は優しく、攻撃をすると言う意味での叩くでは無い。


「……もしかして、そういう治療かおまじないがあったの?」


 マリーを見つけたところはシャムも初めて行った場所だ。どんな風習があったのか知らないが、おそらく祭りか祈祷のようなものがあったのかもしれない。


 麦は人間の主食。確か宗教の中で命を育む象徴と言われていた気がする。何かの踊りをして祈りを捧げ麦で患部を軽く叩くと治るという言い伝えでもあったのかもしれない。


「直そうとしてくれてるのか」


 嬉しさが半分と、切なさが半分。マリーはやはり人間として見ているようだ。仲間とは見ていない。それはそうだ、出会った時からマリーにはずっと指示をしてきた。命令をするもの、マリオネットの主人。

 マリーはその場に座り込みプチプチと穂を取り始める。


――最後はこれを食べておまじない終了とかだったら困るな、食べられないんだけど。


 そんなことを考えていると全て穂を取って片手に集めマリーは自分の腹をペンペンと叩いた。するとパカっと腹の表面が開き中には小さな空間がある。そこは物が入れられる場所だ。

 本来はここに可燃物や爆発物を詰め敵陣に突っ込んで自ら爆発をするという使い方をされている。危険なものを抱えて走り回っていたら取り上げられたり叩き落とされたりするからだ。大きさはそれほど大きくないので何か物を入れるには少し不便だった。

 マリーが集めた麦を入れるぐらいは余裕で入る。今まで生えていた麦はまだ水分が多いだろうがマリーの腹の中に入れておけば適度に水分が抜けて乾燥し長持ちするだろう。


 シャムにはなぜマリーが麦を持っていきたいのかが理解できない。使った麦は持ってると幸せになれるとかそんな感じなのだろうか。

 腹の中にある収納場所は外見では継ぎ目がほとんど見えずそこに収納があると言うのはおそらく人形師でなければ知らない。ある特定の場所を弱い力で叩いて空気圧で内側から外れる仕組みになっており、外から無理矢理腹を引っ張ったところでこの蓋が開くわけではない。一度蓋をしめてしまえば陰圧になるので外からでは開けることができないのだ。もしこの先マリーが一人になって人間に見つかったとしても、麦を人間に奪われる危険はなさそうだ。


「間違っても腹の中に土とか入れるなよ。マリーから麦が生えるとかちょっと怖いからやめてくれ」


 思わずリアルに想像してしまい苦笑いしながらそう言うと今度こそシャムは歩き出した。今度はマリーもちゃんとついてくる。

 ひゅうっと冷たい風が突き抜けていく。暑い時期はあれほど雲が近い場所にあったのに今はだいぶ遠く離れた場所に雲がある。季節は涼しくなりやがてやってくる冬。いくつか部品を交換して直したといっても根本的なものが直っているわけではないのでシャムの体は確実に終わりに向けて進み続けている。

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