人形師の都市2
マリーが止まっている場所まで追いついてシャムは目を見開いた。そこには瓦礫の下に火災を免れたと思われるマネキンが転がっていたのだ。ちょうど瓦礫同士が互いを支える形となりマネキンを圧し潰していない。足の一部などないパーツはあるがほぼ全身きれいな形で残っていた。
マリーが何を言いたいのかを理解してシャムはじっとマリーを見つめる。
「こいつから必要な部位を取れってことか」
自分でも驚くほど冷たい声だったと思う。そしてそれがなんて馬鹿馬鹿しいんだと思った。以前マリーに他のマリオネットの体をばらしてでもお前の体を直すよと言ったのはシャム自身だ。だからマリーはシャムの体に使えそうな他のマネキンを探してくれたというのに。
シャムはしゃがんでマリーに目線を合わせる。マリーの目に映っているのは無表情だがずいぶんと酷い顔をした己の顔。
「見つけてくれたのはありがたいけどこれは使えない。マネキンは一つ一つ人形師の技法によって部品から構造まで細かいところが違っているんだ。人形師たちは自分の作品に強いこだわりを持っていたから同じものを作るのを嫌がったんだ。そしてマネキンもね、くだらないことに妙なこだわりがあって。他の奴から部品を自分の体に入れるの“死ぬほど”嫌がるんだよ」
死なない存在でありながら死ぬと言う表現がなんとも滑稽だ。自分で言っていて笑いたくなった。
「他の奴のために作り出されたパーツを使うのは屈辱なんだ。一度も使われていない真新しい部品じゃないと受け入れることができないんだよ。ごめんな、ものすごく面倒くさい奴で」
ごめんな、と言っているときの顔は眉が下がり情けない顔となっている。マリーの瞳はすべてをありのまま真実のままに映し出す。自分はこんなに情けない顔もするんだなと知った。
今の言葉にマリーがどう思ったのかわからない。シャムの言葉を聞き終えるとキョロキョロとあたりを見渡して再び何かを探し始めた。おそらく使われていない部品を探しているのだろう。シャムも部屋の中を見渡すが使えそうなものはほとんどないだろうなというのが見ていてわかる。それほどまでにひどい有様だった。
腕や足を動かしている関節をつなぐ部分は自分ではどうしても交換ができないので、その他の歯車などを見つけ交換できるものは交換した。それでも左腕はダラリと下がり物を掴むことができない。右腕は摩耗して劣化が激しくなっていた部分を、口を使ってかろうじて交換することができた。
「ありがとな。マリーのおかげで右手と左足が少しだけ良くなった」
辺りはすっかり暗くなり今日はここで夜を越すことにした。建物の近くや家の中に入っていてはいつ崩れるか分からないのでシャム達がいるのは町の中央にある広場のような場所だ。綺麗だった時は人々が集まって露店が出て人形がいて、さぞ活気が溢れていただろうなと思う。
マリーはずっと空を見つめていた。今日は少し曇っていて星はあまり見えない。植物も生えていないので虫や動物も寄ってきておらずこの街は本当に何もない場所だ。
「僕は冬になったら完全に壊れる。マリーはそれまでは一緒にいて。でも僕が壊れたらマリーはどうしようね」
マリーはその言葉に無反応だった。いつもシャムが何かを語りかけるとシャムの顔を見るというのに。
無視されたのか、興味がないのか、それとも他の何かを考えているのだろうか。マリーがいろいろなことを学び自分から何か行動を起こせるようになっていくたび、シャムは逆に不安になってくる。マリーが何を考えてるのか、何をしたいのか、何を自分に訴えかけているのかがわからないからだ。
シャムの言葉を一方通行として受け止めていたマリーが受け止めた後に自分の原動力としている。それはきっと良いか悪いかで言えば良いことだと思うし、いずれ壊れてしまうシャムにとっては深く関わることでもない。
しかしそれでも、マリーが自分の知らないマリーになってしまうようで寂しいような不安なようなよくわからないものがもやもやとシャムにつきまとう。
「マネキンって自分勝手だよな、知ってたけど。知ったかぶりだったか」
その言葉にマリーはシャムの顔を見た。今の言葉には反応するのかとなんだか不思議な気分だ。何を思って何を言いたくてこの言葉に反応したのか。シャムにはわからない。
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