人形師の都市1

 季節が移り変わる。暑さがだんだん和らいで涼しい風が吹くようになった。青々と茂っていた木々は葉の色がだんだん別の色へと変わってきている。適度に湿気が多かった季節と違い今は乾いた風が吹いている。

 シャムの体は左腕がほぼ不自由になっていた。上下することはできるが物を持つことができない。マリーが持てる軽い荷物はマリーが持ち、極力持ち歩く荷物を減らして旅を続けている。

 マリーの手入れは足で材料を固定して右手で調整をしているのでまだ問題ないが、左手が使えない分右手に負担がかかり徐々に細かい作業が難しくなってきていた。


 歩き続け、やがて見えてきたのは今まで見てきた小さな村の跡ではない。かなり大きな建物が立ち並ぶ、おそらく栄えていたであろう中規模の都市だった。建物はあちこち崩れ壊れた物、原形をとどめていない物も多い。おそらく戦火に巻き込まれたのだろう。そこら中にマリオネットの残骸が転がっていて今まで見た光景の中では最もひどい有様だった。舗装された硬い地面によって土がなくマリオネットの残骸は土にかえることができない。そこら中にゴミや残骸が散らばっているような光景だ。

 そして、その中には……。


「マネキンもいるんだな」


 シャムがぽつりとつぶやいた。数は少ないが人間の形をしたモノが確かにある。頭がないもの、下半身がないもの、マリオネットよりも人間に近い形をしているマネキンたちは痛々しい。そしてマリオネットたちに比べると原形をとどめていないものが多かった。それらに近寄ったマリーはシャムと残骸たちを交互に見つめる。


「マネキンは賢い。例え手足がなくなっても這ってでも移動しようとする。念入りに破壊されてるから敵にやられたんだろう。ここの住民に壊されたなら焼かれているはずだからね。味方であるはずのここの人間たちに処分されなかっただけ役目を果たしているから、マシと言えばマシかな」


 今まで見てきた村は比較的形が残った状態で人だけがいなくなったという感じだったがこの町は徹底的に破壊が行われていた。建物も家もあちこち崩れ壊された形跡がある。そこら中にススがありおそらく燃えたのだろう。シャムは街の中を歩きなきょろきょろと辺りを見渡しながら進んでいく。


「マネキンがここにいたのなら人形師の工房があったはずだ。何か役に立つ部品や道具が残っているなら持っていこう」


 そう言うとマリーがタタッと走り出す。自分から走って行動するのが初めてだったのでその様子を少し驚いた様子でシャムは見つめる。

 建物の中に入っては出てきてまた別の建物に入っては出てきてを繰り返す。何をしているのかと思ったが先ほどのシャムの言葉を聞いて工房を探しているのだと思い至った。今まで廃村でマリオネットの工房と思われる家に何度か入ったことがある。それらを参考に道具や材料が溢れている建物を探しているようだ。


……一応、僕のことを心配してくれているのかな。


 そこまで考えて苦笑する。マリーに心があるかどうかわからないと自分では考えていたはずなのに、今ではすっかりマリオネットには心がある、正確には心が芽生えるものだと考えるようになっていた。

 もしそうなら、自分が動かなくなってしまったらマリーはどうするのだろう。ずっと自分の隣に寄り添ってくれるだろうか。いや、そもそも自分のことを同じ人形の仲間だと思ってくれているだろうか。


 マネキンがマリオネットを使って戦争を行っていたのは事実だ。それについてマリーがどう考えているかがわからない。あの様子だと悪意はないと思うが動かなくなったらそのままどこかに旅立ってしまうだろうかと思う。


――それがいいのかもしれない。世界にはまだ見たことのない景色がたくさんある。僕の代わりに世界を見ておいでって言えば行ってくれるかな。


 それでもマリーもいつか動けなくなる時が来る。最低限ギリギリまでずっと動けるように一人になったときのための知識を、学びをマリーに伝えておいた方が良いかもしれない。

 ぼんやりそんなことを考えているとタッタッと音をさせながらマリーが戻ってきた。シャムの服の裾を掴むとくいくいと引っ張っている。


「見つけたの」


 マリーの案内する方にシャムも歩いて行った。すぐ近くにあったかなり大きな建物。天井がほぼ全てなく念入りに破壊されていることがわかる。ここまで念入りに壊されているのなら間違いなくマネキンの工房だったのだろう。

 中に入るとそこには無数のマネキンの残骸が散らばっていた。火を放たれたらしく中はほぼ丸焦げだ。それらの残骸をマリーは気にした様子もなく踏みつけながら奥へと進んでいく。それを見たシャムはわずかに気分が沈んだ。

 同じ木を使っていた椅子にさえ仲間の意識があったと言うのに、マネキンの事は仲間だとは思っていないかのようなそんな行動だ。当然だ、マネキンの材料は木では無いのだから。


――マリーは僕が人間の形をして動いているから付き添ってくれるでいるだけか。


 仲間ではなくあくまで人間のようなものとして扱っている、そんなふうに見えて沈んだ気持ちのままマリーを追いかけた。

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