森に星が降る
「僕の“寿命”もあと半年ってところだ。マリーと違って僕の体は木じゃない、それなりに高級な素材を使ってるんだ。手に入らないし、そもそも両腕両足をコンマ数秒ずれることなく同時に修繕なんて自分じゃできない」
それは死を迎えるという表現があっているのか悩ましいところだ。マリオネットはともかく、マネキンは命があるというのが広く浸透していた考えだ。処分する時は手のひらを返して物だと言っていたが。
「僕がマリーをつれてきたのは、僕の最後を看取ってほしかったから。あと、寂しかったからかな。一人で死にたくなかった。マリーからしたらいい迷惑だろうけどね」
最後はどこか悪戯っぽく笑った。マリーはじっとシャムを見つめていたがそっと真横に座り寄りそう。マリーにとって自分は仲間だと思われているのだろうか、とシャムは思う。同じ人形と言ってもマリオネットとマネキンは全く違う。こう説明してももしかしたら人間だと思っているかもしれない。
事実、マネキンたちはわずかに残されたマリオネットを使って戦争で戦っていたのだ。マリオネットはマネキンたちの指示に従い敵陣地を攻撃した、自らを犠牲にして。マネキンがマリオネットの手入れができるのは当然だ、手入れをしないと使えなかったのだから。
「僕は友達になる資格さえない。マリーの本当の仲間たちを死地に送ってきたんだから」
ふわり、とシャムの目の前に光の粒が舞う。目を見開いて起き上がるとそこら中に光の粒がふわふわと舞っていた。初めて見る光景にシャムはその光景を見つめる事しかできない。まるで星々が森に落ちて来たかのように光の粒に囲まれていた。
ふわっとシャムの目の前に光が舞い、それを手で覆ってよく見ると。
「虫……? 虫が光ってる」
小指の爪ほどもない大きさの小さな虫は尻の先端が黄緑色に淡く光っていた。いろいろな場所を旅したシャムもこの虫の存在は知らない。幻想的な光景に目を奪われていたが、ふと隣を見るとマリーがいない。
「マリー?」
勝手に自分のそばを離れる事なんてなかったので驚いて周囲を見渡す。しかし暗闇と小さな虫の光程度ではすぐ近くの距離までしか見えない。
やがてすぐ後ろで草を揺らす音が聞こえた。振り返ればマリーが近づいていくる。
「どこ行ってたんだよ」
わずかにほっとしてそう声をかけると、マリーは両手を目の前で合わせておりそっとシャムの前に差し出した。そしてゆっくりと手を開くと、光る虫が数匹入っておりマリーの手の中には光が集まっている。
手を完全に開くことはせず、虫を逃さないようにしているようだ。不思議に思ったが、光、という単語にようやく納得した。
「光を捕まえたんだね。これで二回目か。僕の常識も甘かったんだな」
光を捕まえることはできないとはっきり言ったが、こんな手段で捕まえることができるとは思ってなかった。マリーの手を自分の手で包み込むと、マリーはそっと手を開いてシャムの手の中に虫を放つ。指の隙間からはちらちらと黄緑色の光が漏れ、まるで。
「星を捕まえたみたいだ」
シャムの左手がゆっくりと開き指に止まっていた虫たちはふわっと宙に飛び立つ。丁度マリーの顔の高さにあったため、マリーの目には光がはっきりと映りマリーの目が輝いているように見えた。
「……。だめか。もう上手く閉じることができないんだな」
飛びたつ虫を見ながらシャムがつぶやいた。指の開閉ができないのなら指を引っ張る弓が緩んでいるということだ。歯車が摩耗しており弓がピンと張れていないということになる。マリーがクイっとシャムの服の裾を引っ張る。
「マリーの体の手入れは右手でやるから大丈夫だよ」
その返事に珍しくまだ裾を引っ張り続ける。何が言いたいのかわからずシャムは首を傾げた。
「さっきも言ったけど僕の体はもう朽ち始めているし直せる者はいない。体の中でも一番複雑な造りの腕や手がまず使い物にならなくなるんだ。わかっていたことだ」
その言葉にマリーはそっと服を離した。今の言葉はマリーの求めた答えだったのだろうか、それとも見当違いの事を言っているので諦めたのだろうか。今まではマリーが何を訴えているかなど気にしたこともないのに、急にマリーの行動の意味がわからず戸惑う。自分が人間ではないとわかったから接し方を変えてきたのか。わからない。
「……今日はここで休もう。もう少しこの光景を見ていたいし」
木や草に止まっていた小さな光る虫が一斉に飛び立つ。その光景にシャムは言葉を発さずにひたすら眺め続けた。
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