光をつかまえた
庶民には地図が手に入らない。戦争が激化していた時どこに何があるかというのがわかってしまう物を敵国に渡るのを防ぐため地図は全て国の管理となった。そのため貧しい地域は自分たちにとって必要最低限の周辺の地図しか持っていない。地図と呼ぶにふさわしいかどうか、人々が自分の見たものを描いて集約しただけのものだ。
シャムも地図を持っていない。自分で歩いた場所などを星や太陽の位置をもとに東西南北を確認しながら大雑把に描いたものだったらある。シャムは時折その内容を付け足していた。
ある夜今まで歩いてきたところを描きだしているとマリーがじっとその様子を見つめる。シャムが描いた地図には丸やバツが描かれているところがあった。
「丸はまた行ってもいいなって思ったところ。バツはもう二度と行きたくないって思ったところ」
その言葉にマリーはシャムの顔を見る。シャムは小さく笑った。
「バツのところはね、物盗りで生計を立てている人間がいるところだ。いきなり襲い掛かって来るし話が通じない。僕はお金なんて持ってないのにね」
人が通る道を使えば当然旅人や行商人がそこを通る。そういった人たちを狙って物を盗んでいく人間が待ち伏せをしていると事があった。
「この国は戦争が終わってだいぶ経つけど、なんで終わったと思う」
当然だがマリーの返事は無い。それでもたっぷり数秒もあけてからその後静かに言った。
「負けたからだよ。敵国に負けてひどい有様になった」
戦争に負けた国は勝った国に多額の賠償金を払い不利な条約を結ばされ、言うことを聞かざるを得ない。ただでさえ戦争が長引き貧困に喘ぐ人たちが増えていたのに戦争に負けてさらに国は貧しくなった。かつては小さな集落、村がたくさんあったというのに今は人のいない荒野が広がっている。
「今人々は首都に集中して暮らしている。小さな集落で散り散りになっても飢えて死ぬだけだ。ただでさえ大勢の人間が死んで仕事もない、税が収められないから国自体が貧しい。首都で暮らすことさえできない人は他人から物を奪うことでしか生きていけない」
そこまで言うとふと気がついたようにマリーを見た。
「これからはますますそういう連中には気をつけないとね。今時動くマリオネット見たことがある人もいないだろうし。お土産品ぐらいには売れるかもしれないからマリーが連れていかれないよう気をつけよう」
人形が戦争に使われていたのはつい最近まであった話だがそれは最新型の人形であってマリオネットではない。中高年ぐらいだったらマリオネットに関して話は知っているかもしれない位の認識だ。
シャムがマリーと出会って三ヶ月ほど経った。急ぐ旅でもないのでゆっくりとあてもなくあちこち歩き回っている。
暖かく穏やかな気候から照らしつける太陽の熱が徐々に気温を上げていく。草が生えていないむき出しの大地は太陽の光が地面で反射し、より暑さも増してきた。
花よりも緑の葉が生い茂り、森が鬱蒼としてきた中シャムは歩く道を森へと変更した。手入れなどされていないので草は伸び放題、シャムの腰よりも高い位置にまで生えている。マリーは完全に草に隠れてしまった。
シャムは歩きながら腕の長さほどもある刃物で草や枝を切り倒しながら先に進む。シャムだけだったらそのまま進めるのだがマリーはこの森に入ってから二回ほど草に絡まって動けなくなったため道を切り開きながら歩くことにしたのだ。途中動物の糞が落ちていないか、縄張り意識の強い動物の住処になっていないか確認しながら前に進んでいく。
木や草は影を作り太陽の熱を和らげ森独特の涼しさが広がっている。ふとシャムが上を見上げると空を覆い尽くさんばかりにひしめき合っている木々の間からキラキラと木漏れ日が漏れていた。それは夜空に輝く星々とはまた違った輝きを持っている。
じっと空を見ているシャムを真似してマリーも上を見た。じっと見つめ、マリーの目に木漏れ日が反射する。
「きれいなものは大体光り輝いてるな」
視線を地面に落としたマリーの目の前にあちこちに木漏れ日が照らされている。それに近寄って手で光を捕まえようとするが光を捕まえることができない。一つ試して捕まえられずまた別の木漏れ日を探して手で掴もうとする。
「マリー、それは捕まえることができない」
シャムの言葉にマリーは捕まえる動作を止めた。
「星の時もそうだったけど、マリーは光が物体だと思ってるんだな。残念だけど光っているものは手に取ることができないんだよ」
木漏れ日とシャムの顔を交互に見ながらやがてマリーは木漏れ日が当たっているところに両手を差し出した。水を掬い取る時のように手の平を上に向け小指同士をくっつけるように。するとマリーの手の中に木漏れ日が当たる。マリーはシャムの顔を見た。
「光を捕まえたって言いたいの?」
マリーは特に反応を返さない。シャムが何か言うのか待つかのように同じ格好のまま止まっている。まるで子供の理屈のように非現実的なその光景に、シャムは無言のまま見つめていたがやがて。
「光を捕まえたのは初めて見たよ」
手を少し上に持ち上げて差し出すマリーに、シャムはその小さな手のひらごと自分の手で包み込んだ。
「ありがとう」
きっと、シャムが「綺麗なものは光っている」と言ったので贈ろうとしたのだ。こんな行動をしていてもなお、「マリオネットには心がない」と言えるだろうか。シャムは自問自答をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます