花が舞い降る場所2
「ライカが作った人形はマリオネットに比べてはるかに優秀だった。人形師たちはこぞって技術を競いこの人形作り出せるようになっていって、だんだんマリオネットの生産は廃れた。君たちのお役御免が加速したのはこれの影響だよ」
マリーは紙片をまじまじと見つめる。マリオネットが文字を読めるかどうかはわからない、しかしマリーはひたすら紙片を見つめ続けていた。
「君たちマリオネットにしてみればある日突然捨てられたのだからたまったもんじゃないよね。人形師も新たな人形を作れる優秀な者だけが残りマリオネットを作っているような技術の低い者達は職を失っていた」
その現象はどこにいても顕著に現れた。マリオネットの生産、それを管理し手入れをする人形師は貧しい村でかろうじて食べていける貴重な産業だった。
しかし新たな人形の存在にとって変わられて技術が追いつかず貧困の差が激しくなっていく。
そうなるともはや戦争するどころではない。人々は飢え、今を生きていくのが精一杯となっていた。
「当然だけど人形師という職で食べていけるわけない。より高い技術を高い金を払って学ぶか独学で人形を理解するか、この二つしかない。僕が出来るのもマリオネットの手入れ位だ」
シャムたちがいるこの家もおそらくマリオネット作りの工房か何かだったのだろう。道具が溢れ使っていない木材が大量に積まれている。屋根が朽ちているので雨風にさらされて木材は使い物にならなくなっているが。
「マリーの目にはどう映っているんだろうね。君もこういうところから生まれたはずなんだけど。君だけじゃない、君の仲間全員」
マリーは記事から目をはなしまっすぐシャムの顔を見た。何かを訴えかけているというわけではなさそうだがただひたすらじっと顔を見つめる。
「僕? 僕は別になんとも思わないよ。強いて言うなら」
荷物をまとめ家の外へと歩き出す。マリーもそのあとに続いた。シャムの表情はマリーからは見えない。
「なんで戦争を終わらせる方に努力を注がなかったんだろうね、理解できない」
その声はひどく冷たく淡々としていた。
シャムとマリーの旅は人とすれ違う事はなかった。シャムが歩いていく先はいつも人が住んでいない場所だ。
「この辺はかなり大きな戦争があったみたいで人が大勢死んだ。マリオネットから別の人形に切り替わっていたこともあって人々を守るものが何もなかったからだ」
もしマリオネットが残っていれば敵に向かって突っ込んでいき時間稼ぎができたかもしれない。しかしほとんどのマリオネットは売れなくなり価値がなくなったため大量にうち捨てられてしまった。ばらして焚き火の材料にもされていた。
「新たな人形は主戦力となった。配備されるのは戦いが激化している最前線、小さな村にわざわざ配備したりしない。結局富と権力を持つ選ばれた者だけが安全な場所で人形たちに守られる形となった」
シャムとマリーが歩いているのは大きな石が大量に地面に転がっている土地だった。自然の岩がむき出しになっているのではない。マリーよりも少し小さい大きさの石が見渡す限りどこまでも平原に続いている。
「ここは墓地だよ。マリオネットはそこら辺に捨てられてしまうけど人は死んだら墓を立てる。昔ここには戦いの最前線があったんだろうね。マリオネットも人形もなくて人が戦ったんだろう。その墓場だ」
てきとうな墓石の前で立ち止まる。墓を作り始めた時はきっと生きた年数や名前などが彫られていたのだろうがそれも間に合わなくなったのだろう。彫られているのは名前のみ。それもかなり雑な字だ。
「ここにはビリーって人が埋葬されているらしい」
墓は長い年月手入れをされている様子はない。おそらく残された者たちはこの村から撤退したのだろう。この地に埋葬された人たちはこの地に居続けるしかない。墓の周囲には数種類の花がどこまでも咲き乱れている。白、赤、水色、様々な色の花があちこちに混ざり合いながら。
「これだけ花が咲いているんだから、花を供える必要はなさそうだ」
シャムの言葉にマリーはシャムの顔を見つめる。シャムは足元に咲いている小さな白い花を一輪摘んだ。
「墓には花を供えるんだよ。僕はそういうの好きじゃないからやったことないけど。だってそこには誰もいないし」
マリーはしばらくシャムの顔を見ていたが自分の足元に咲いていた赤い花をいくつか摘むと、てくてくと歩き始める。マリーは自分から何か行動する事は最初の頃こそなかったがシャムと一緒に旅を続けシャムがあれやこれやと聞かせるうちに少しずつ自分で動くようになってきた。今も特にこうしろと命令を出していないのにマリーは自分で行動している。
マリーは墓石と墓石の間にある隙間に花をそっと置いた。シャムもそこに近寄ってよく見れば地面からわずかにマリオネットの残骸と思われる木の破片が埋もれているのが見える。
「マリオネットがマリオネットに花を供えるっていうのも不思議な光景だけど。マリーは、マリオネットは本当に仲間思いなんだな……人は人を見捨てるのに」
シャムの言葉にマリーはシャムを見る。シャムの顔は冷たいくらいに無表情だ。マリーはきょろきょろと辺りを見回し、近くに咲いていた黄色い花を摘むとシャムに差し出す。それを見たシャムは驚いた様子だ。
「え、なに? 僕にくれるの? 驚いた、励ましたり慰めるっていうこともできるのか」
マリーから花を受け取り、まじまじと見つめる。名前を知らない花だが凜とした姿は確かに見ていて穏やかな気持ちになる。
その時、ざあっと音を立てながら風が吹いた。突風くらいの強い風が、花や花びらを巻き上げながら吹き荒ぶ。空に巻き上げられた花びらたちは風に乗りながらゆっくりと降り注いだ。
「花の雨だ」
シャムも初めて見る光景に目を見開いた。色とりどりの花、花びらがふわふわと舞い、地に落ちてはまた風に吹き上げられて舞う。
「こんな風景もあるんだな、墓地だというのが信じられない」
ふとマリーを見た。マリーはその光景をじっと見つめている。シャムがマリーの顔に自分の顔を近づけて、マリーの目を見た。
ガラス玉で出来たマリーの目は、舞い踊る花びらの風景をそのまま映し出している。
「マリーの目は真実そのままを映すね。感情とか情緒とか関係ない、ありのままの光景を」
それが綺麗で感動するのか、異様な光景と考えるのか、見た者の解釈の数だけ景色には数がある。
「僕の見てる景色とマリーの見てる景色は同じなのかな」
見ているものは同じ。しかし見えているものが同じとは限らない。マリオネットの目に映る世界というのは果たして美しいのだろうか、殺伐としているのだろうか。マリーは世界を美しいと思っているだろうか。
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