名を呼ぶ

 戦争が終わって五十年余り。人間は戦わず人形に戦わせる形に変わり、より優れた人形を作り出すことに全身全霊をかけ、非常に優秀な人形たちが次々と誕生していった。より強い、価値のある人形を作り出した人形師は莫大な富を手に入れていく。

 やがて大量生産が可能となり女子供でも簡単に人形作ることができるようになると産業となっていく。生活費を稼ぐために人形を次々と作り出し、豊かになったかのように思えた。


「そう簡単に旨い話なんてあるわけない。人形が増えればどうなるか。まず戦争が終わらない」


 マリオネットはしゃべらないので青年は独り言のように一方的にマリオネットに語っていく。マリオネットは自分の言葉を発することができなくても話を聞くことはできる。それを聞いて何を思うのかまではわからない。人か物かと言われればマリオネットは「物」だ。


「壊れれば直さなければならない。木でできたマリオネットを直すには木が大量に必要となる。森が減り、技師の数が足りず、マリオネットは言われた事しかやらない。不便に感じ始めたんだろうね」


 たくさんのマリオネットが壊れて戦いは終わらない。だんだん人々は直すのをやめていく。そこら中にマリオネットの残骸が散らばり始めた。


「ほら、こんな光景はそこら中にいくらでもあるんだよ」


 青年が目の前の光景を顎で示した。マリオネットが青年の真横まで来てその光景を見る。

 草も木もない荒廃した大地。そこに石ではない奇妙な物体がゴロゴロと転がっている。足元にあったそれを青年が拾い上げる。それはマリオネットの腕だった。


「木でできているから地面転がしておけばそのうち腐って土にかえるだろう、って事らしい」


 このマリオネットがいた捨て場だけではない、どこにいてもこんな光景が広がっていると青年は淡々と語って聞かせた。


「森を歩けば倒れた木に混じってマリオネットをそこら中に転がっている。荒野にも山にも川にもどこにも」


 マリオネットはその光景をただひたすら眺めていた。転がっているマリオネットに近づくでもなく何かを訴えかけてくるでもなく、ただひたすらにその光景を見つめ続ける。


「お前にはどういう光景に見えるのかな。僕には死体の山にしか見えないよ」


 青年を再び歩き出す。その後をマリオネットはついていく。静かな、世界を見る旅は続いていく。


 夜になり森のはずれの方で夜を越すことにした。森の中は野生動物がいるので安全確保のための森のはずれだ。旅をしている青年はどんな場所の野営にも慣れている。

 マリオネットに枯れた枝を拾って来させて自分も焚き火ができるようなものを拾ってきた。火をおこし周囲に燃え広がらないよう注意しながら焚き火も最小限の大きさのものにする。


「この袋に水を汲んできてくれ。水の場所はわかるか」


 皮袋を受け取ったマリオネットはうなずくなどの反応をせず踵を返すと森の中へと歩いていった。しばらく焚き火を眺めていた青年が空を仰ぐ。周囲に民家がないので真っ暗な中に無数の星々が光っている。

 星の位置は方角を知るためには重要なものだ。特に行く所があったわけではないが同じ場所をぐるぐる回ったりしないよう方角をきちんと確認しながら道を進んでいる。

 かなり時間が経ってからマリオネットが戻ってきた。袋にはたっぷりの水が入っており時間はかかったがきちんと役目を果たしている。


「ありがとう。マリオネットに礼を言うのも変かな」


 マリオネットは道具だ。見た目は人間の形を真似ているが服など着ていないし個体によっては顔さえない。このマリオネットは目、鼻、口、耳ほぼ全てのパーツが揃っている。雑に作られていない、マリオネットが全盛期だった頃に作られたのだろう。


「人形師もかつてはたくさんいたけどね。今はもうほとんどいないんじゃないかな、趣味でいじっているような人くらいだ」


 青年はゴロンと仰向けに寝転んだ。マリオネットはただそれを眺めるだけだ、人間の命令がなければ身動き一つしない。


「お前も空を見てごらん、綺麗だ。人が作り出す光景と違って空は等しく美しい」


 青年の言葉にマリオネットは青年を真似て仰向けに寝転ぶ。ガラス玉の目に満天が映る。それはマリオネットが初めて見る光景だった。いつも目の前か足元だけを見てきて、捨てられてからは仲間たちの残骸ばかり見つめてきた。


「僕しかいないから、別にいいかなあと思ってたけど。名前くらいつけるか」


 その言葉にマリオネットは首を動かして青年を見る。初めて自分から行動したことに青年はふむ、と少し考える。


「嬉しい、のかな? わからないけど、マリオネットも思うところがあると一応反応はするんだな、初めて知った」


 青年は再び空を見る。マリオネットの目には美しく見えているだろうか、それともただの光の粒に見えているのだろうか。

 世界は美しい。しかし時に残酷で、愚かな痕跡が嫌でも見えてしまう。マリオネットの残骸、戦争によって壊れた町の数々、破壊された遺跡、盗掘のため荒らされた墓、汚された川や湖、焼け野原となった森。マリオネットの瞳にはどう映るのだろう。


「凝った名前は思いつかないな。マリオネット、だからマリーでいいか」


 マリオネット……マリーに特に反応はない。しばらく空を眺めていたが、ふいにマリーが青年の方を見た。じっと見つめられ、なんだろうと思っていたがああ、と思い至った。


「僕の名前か。僕はシャムだ。名乗ってもお前呼べないだろ」


 マリーに口はあるが口の形をしたハリボテがついているだけ。顎に関節があるわけではないので口を開くことはできない。シャムの名を呼ぶことも口を動かして名を呼んでいる様子を表すこともできない。

 それでも、シャムにはマリーがどこか嬉しそうに見えた。

 マリオネットに感情があるかどうかは大昔から議論されてきた。生き物でもないのに感情があるわけない、というのが一般的だが、犬や馬だって感情のようなものを表すことがあるのだからマリオネットにも感情があるという考えも根強くあったのも事実だ。

 シャム個人の意見は「あるかどうか」という事実などわからない。当然だ、シャムはマリオネットではないのだから。「あると信じたいかどうか」といわれると結論はでない。どちらかというとないのではないかとは思っていた。


「まあ、それはこれからお前と一緒に旅をしていけばわかるか」


 そう言うとマリーがクイクイとシャムの服の裾を掴んで引っ張る。


「なんだよ」


 さすがに意味がわからずマリーを見ると、マリーは指で自分を指す。その動作にシャムはなるほど、と納得した。


「はいはい。お前、じゃなくてマリーな」


 その言葉にマリーは服から手を放す。シャムとマリーは再び空を見つめる。チラリとマリーを見ると、右腕を空に向かって伸ばしていた。


「星は掴めないよ、あれは遥か遠くにある」


 シャムの言葉を聞いてもなお、マリーは手を伸ばし続ける。掴めそうで掴めないもの、目の前にありながら遠すぎるもの。それをマリーは理解できるだろうか、とシャムは星々を見ながら思った。


 シャムとマリーの旅は特に目的地があるわけではない。ひたすら歩き野宿をして様々な景色を見て歩いた。

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