第4話 忘れられるユメの中で

「侑芽が殺したのね」

 亜紀は夢の中で美しい顔のまま成長した妹と話していた。

「そう。可愛い甥っ子まで玩具にして。忘れていた怒りっていう感情が爆発しちゃったみたい」

 小さな映画館。侑芽が亜紀の隣でそう語りながら、スクリーンに映し出された映像を見て笑っている。

「真人ってかわいいよね」

 侑芽はそう言うが、亜紀は目を逸らした。息子の男の部分など見たくもなかった。

「こういうことしてるって、お姉ちゃんもちょっとは気付いてたでしょう?」

「そりゃあ、ね。一回私の上に出されたこともあったし。眠ってるふりしてたけど」

「ああ、あったね。ふふふ。お母さんがこんなに美人だと息子は大変だ」

 その時のことを思い出した亜紀は、下っ腹にジュンっという僅かな音がしたのを感じた。

「御手洗と真人が繋がったのって偶然?」

 亜紀は特別侑芽に聞くわけでもなく、独り言のように口にした。

「そんな偶然、あると思う?」

 侑芽が笑う。本当に奇麗な顔だ、と亜紀はぼんやりと笑顔の侑芽を見ていた。

「あははは。きゃははっ」

 声を大きくして笑う侑芽の口が少しずつ裂けていく。

「ちょっと、侑芽笑わないで!」

「何よ、面白いんだから笑っちゃうのは仕方ないでしょ?」

 裂けていた侑芽の顔が瞬時に元へ戻る。

 そして、そのまま病魔に襲われていた頃の侑芽の顔へと変わっていった。

「こんな侑芽を病原菌呼ばわりしたあんな女、生かしておくわけないじゃない、ねえ」


 亜紀が下っ腹に感じていた疼きが波を打つ。その波が頭の頂点に届いて目を覚ました。

「やだ、ちょっとあなた、なにしてんの」

 亜紀は足の間に顔を埋めている夫の頭に手を添え、引きはがすでもなく壁の時計を見た。

「もう、真人も起きるから、ねえ」

 時刻は六時半。亜紀の夫は、夜よりも寝起きに亜紀を抱くことが多い。男としての機能が弱くなってきてからは特に。

 そして、亜紀も言葉では嫌な素振りをするが、それが夫を喜ばせるのを知っている。

「ダメだって、もう」

 亜紀は目が覚める直前までに見ていた夢を全く憶えていなかった。ただ、何か夢を見ていた。懐かしく、恐ろしく、悲しい夢を。そう漠然とした記憶すらも、声を出すごとに消えていった。


「おはよう」

 その日の朝、というよりも昼に近い午前十一時半。ようやくリビングに降りてきた真人の様子は、母親としての目を持っていなくてもぎこちないのは明らかだった。

「おはよう。昨日何時に帰ってきたの?」

 真人はアルバイトから帰宅後、亜紀に渡された名刺にギョッとして、家の外に出てから書かれた番号に電話していた。そしてそのままビジネスホテルに泊まる折尾を訪ねていた。

「二時ぐらい、かな」

「そんなに遅く! 変なこと沢山聞かれたの?」

「いや、刑事さんと話したのは一時間くらい。それから友達と飲みに行って」

「なによ、それなら連絡してくれてもいいのに」

「だって、気付いたらもう遅かったからさ、寝てると思って」

 会話が途切れる。何を話すべきか探す時間が二人の間に流れていた。その時間の流れに手を触れたのは亜紀が先だった。

「御手洗、ううん、勝田絵里奈さん。知っている人だったの?」

 訊かれると覚悟していた真人だったが、実際に母親の口からその名前が出ると、身体を硬直させた。

「知ってる、というか、名前までは知らなくて。ネット上での知り合いだったから」

「SNSとか?」

「うん、まあ」

「じゃあ、特別関係なかったんだね? 刑事さんとの話もすぐ終わったんなら」

 ホッとした様子の亜紀だったが、真人はまだ何か言いたげにしていた。

「実は、明日改めて警察署で話をしてくるんだ。多分一日かかるからって」

「え? だって、名前も知らなかったんでしょ?」

「うん。でも、その」

 真人は子供の様に言い淀んでいる。亜紀は優しく抱きしめたくなる衝動を抑え、ただ真人の言葉を待った。

「死ぬところ、見たんだ。ビデオチャットで」

 亜紀は息をのんだ。

 ニュース番組で流されていた画面のほとんどが修正されていた映像。被害者のスマートフォンに残されていたという動画。「男女の交流用ツーショットビデオチャット」と説明されていたが、何をするためのものかは明白だ。

「刑事さん以外に誰か話した?」

「いや、誰にも言ってない。話せるわけないだろ」

 僅かに見せた真人の苛立ちに、亜紀はそれ以上話を聞くことができなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る