始める私 (3)


 登校時間。

 ここ最近は無意識に登校していて、気がついたら学校で、気がついたら昼休みだった。

 なので、私としては久しぶりに登校しているような変な感覚。

 別に周囲に変わったことや物があるわけではなく、私の鞄の中が今までと違うだけで、なんだかドキドキしてしまう。

 昨日先輩が貸してくれた漫画雑誌が鞄の中に入っている。

 一冊だけだけれど、私の鞄は確かに重くなっていて、その重さがすごく不思議。


 教室にはあっさりとついてしまった。

 昼休みは屋上に行くことになっているけど、それまでは……どうしよう……。

 いつもは予習とかをしてたんだっけ?

 私は鞄から教科書をとり出そうと思って肝心なことを忘れていた。

 今授業がどこをやってるかわからないや……。

 私は鞄から教科書をとり出すのをやめて、窓の外を眺めることにした。

 今更だけれど、窓際の席でよかったなんて思った。


「おっ! いたいた。 世良ちゃんおはよう」

 自分の名前を呼ばれて、体がビクッっと大げさなくらいに反応してしまった。

 声のした方に振り返ると、教室の入り口から先輩が何のためらいもなく私の方に向かってきていた。


「よっ! おはよう。 漫画読んだ?」

「え……あ、おはようございます。 読みはしましたけど……」

 私は、なんで先輩がここにとか、勝手にクラスに入ったらダメだとか、色々と頭に浮かんだけれど、漫画の感想を言わないといけないと思って戸惑ってしまった。


「どうだった? 何か気にいったやつとかあったか?」

「えと……その……」

 嘘でも面白かったというべき?

 だけど先輩に嘘はつきたくない……。

 先輩は、まだ登校していないのか、開いている前の座席に腰を下ろして私の反応を待っている。


「そ……その、よくわからなかった……です」

「だよな~そりゃそうだわ。 週刊誌だから全部話の途中からだからな、渡してからミスたっと思ったわ」

 先輩はなんだかおかしそうにしていた。


「まあ、その中でも絵がよかったとかあれば、それの単行本とか用意してみるけど?」

「絵……」

 私は思い出してみるが、そもそもタイトルとかわからなかった。

 私は鞄から漫画雑誌を取り出して、かっこいいと思ったページを開いた。


「ここよくわからないけど、なんかかっこいいなって」

「ほ~う。 なかなか世良ちゃんは見る目があるね。 それなら家に単行本あるから明日もって来るわ。 そしたら見た目だけでなくストーリーもわかるから面白いはず」

「ストーリー……確かに何で戦ってるかわからないですね。 ただ、すごく必死で……」

 何に対してなのかはわからないけど、必死になっている姿がかっこいいと思えた。


「あ、あの! ここあなたのクラスじゃないですよね?」

「あ? 別に休み時間なんだからいいだろ?」

 クラス委員の……名前知らない人、クラス委員長が先輩に話しかけてきた。

 先輩はなんだか急に態度が悪くなったように思う。


「休み時間だとしても、別のクラスに入るのは良くない行為です。 それにもうすぐ予鈴もなるので自分のクラスに戻ってください」

「あ~はいはい。 もう少ししたらかえるから」

「あなたっ!」

 委員長は少し怒った様子だけれど、先輩はまったく気にしていないみたい。


「世良ちゃん話変わるけど、今日は手紙とかは何もなかった?」

「手紙?」

 そう言われて机の中を探ってみる。


「痛っ……」

 指先に軽い痛みがはしり手を抜き取る。

 指先から少し血がでていた。


「世良ちゃん大丈夫か?」

「少しチクッとしただけです」

 先輩は立ち上がると、私の隣にしゃがみこんで、机の中を覗き込んだ。

 机の中から、画鋲と、数枚の紙きれを先輩が取り出した。


「中見てもいい?」

 私は無言でうなずいた。

 中を見るまでもなく、汚い言葉が見えているものもあるため、形式的な確認でしかないと思う。

 委員長もなんだか気まずそうにしている。


「とりあえずこれ入れたやつ手をあげろ。 今ならもしかしたら許してやるかもしれないぞ」

 先輩は立ち上がってクラス中を見回しながら、紙きれたちを見せつけていた。

 誰も何も言わず、顔を背ける人や、関係ないといった風にしていた。


「おっけー。 お前らがそういう態度を取るなら俺にも考えがある」

 先輩は近くでどうしていいか悩んでいる様子だった、委員長の胸ぐらを掴んでいた。


「な、なにするんですか!?」

「仕方ないから一人一人に事情聴取ってやつ。 誰がこれ入れたか知らない? 時間無いから十秒以内に答えてくれ」

「そんな……こんなことしてただで済むと思ってるんですか!?」

「あ? んなもんどうだっていいだろ? もしかして女だからこれ以上何もされないとか思ってるか? ふざけんなよ、こっちは友達傷つけられてキレてんだこれ以上俺を苛つかせるなよ」

 先輩は今まで聞いたことないような怖い声を出していた。

 友達って……私のこと……なんだろうな。

 いやではない。

 むしろうれしい、けれどなぜ?という気持ちの方が大きかった。


「わ、私は何も知らない!! 世良さんが何かされてるのは知ってたけど、私は何も関係ないっ!」

 先輩は無言で委員長の胸ぐらを掴んだままだ。


「何やってる!!」

 教室に大きな声が響いた。

 担任の田崎先生が来たみたいだった。

 キーンコーンカーンコーン。

 それと同じくらいにタイミングで予鈴が鳴っている。


「あ? んだ田崎先生あんたがここの担任かよ? あんたが何もしないみたいだから、あんたのクラスのいじめ問題を解決しようとしてるんですけど?」

「は? いじめだと? ふざけるな部外者のお前がでしゃばるな」

「ふ~ん。 嘘でも知らないとか、いじめはないとか言うと思ったんだけどな……」

 先輩はそれだけ言うと委員長を開放していた。

 委員長は咳き込み涙を少し流しながら先輩から距離を取っていた。


「とりあえずこれ、いじめの証拠。 誰がやったかはわからないけど……まあ、お前ら全員グルみたいなもんだろ?」

「相馬お前また問題を起こすつもりか! 今度こそ退学だぞ!」

「教師って生徒を脅すしかできないのかよ? いじめられてる生徒がいるんだぞ?」

「それはお前には関係ない! このクラスの問題だ。 部外者のお前は出ていけ!」

「てめぇ……」

 先輩は手を握りしめてプルプルと震えている。

 昨日読んだ漫画の中に似た様なのがあった。

 この後怒って殴りかかっちゃうやつ……。

 私は先輩の手を掴んで少し引っ張った。

 先輩は気がついてくれたようで私の方を見てくれたが、先輩は怖い顔をしていた。


「あ……の……私頭が痛いかもで……保健室に行きたい」

「え?」

「保健室にいきたい」

「ああ……お、おう。 わかった」

 先輩はそう言うといきなり私を抱え上げてしまった。


「え!? せ、先輩!?」

「こっちの方が早いだろ」

 言うが早いか先輩は私を連れて教室から出てしまった。

 教室の方からなにか怒鳴り声が聞こえてる気がするが……知らない。


「ごめんな世良ちゃん。 あんなことするつもりはなかったんだけど……」

 先輩は申し訳なさそうな表情をしていた。


「いえ……その少しうれしかったです……」

「そっか……ならよかった……かな」

 なんであんなに怒ったとか、友達とか、色々聞きたいけれど、抱きかかえられている状況が不思議すぎてそれどころじゃない。


「俺も昔いじめられててさ。 いじめてきた奴ぶち転がすくらいしか解決法わからないんだ、ただ今回はちょっと頭に血が上りすぎてた反省だな」

「先輩がいじめ……」

 嘘だと言いたい気持ちがあったが、この人がそんな嘘つくとは思えなかった。


「これでも昔はおとなしかったんだぞ? まあ、だからいじめられたんだと思う。 いじめてくるやつなんてやり返さないと調子に乗るだけだからな。 一度ぶち転がしてやったらビビッて近づかなくなりやがる」

「それだと私が相手をぶち転がさないと意味ないんじゃないですか?」

「ははは。 たしかにそうだな。 ただ、今回世良ちゃんと俺が友達ってアピールできたから少しはおとなしくなるだろさすがに」

「友達……」

「ん? 何か変なこと言ったか?」

「あ……いえ……変じゃないと思います」

 多分変じゃない。

 私と先輩は友達。

 友達なんだ。


「世良ちゃんカッコ悪いから言いたくはないんだけどさ、自分で歩けそう?」

「はい」

「階段を降りるのは少し怖くてさ、情けないけど降ろすよ」

 先輩は優しく私を降ろしてくれた。


「見た目的に世良ちゃん軽そうなのに、結構ずしっときてびっくりした」

「ハル君たちと遊ぶこと多かったから私結構筋肉あるんです」

 私は力こぶを作ってみた。

 最近あまり食べてなかったから少し力が入らなかったけれど。


「ほんとだ。 意外な発見だ」

「意外でした?」

「うん。 意外だった」

 私たちはなんだか間抜けな会話をしながら保健室へと向かっていった。


「このまま俺も保健室で寝ちまうか」

「先輩サボるのはダメですよ?」

「世良ちゃんこそ仮病だったりするんじゃないの?」

「私は……おなかが痛いんです」

「さっき頭痛いて言ってなかったけ?」

「…………気のせいです」

「そうだな気のせいだな」

 先輩と私は二人で保健室に入った。


「ん? 相馬君ともう一人は……」

「二年A組世良です」

「そう。 それで朝一からどうしたのかな?」

 養護教師に問われてどう返そうかと悩んでいると。


「二人とも仮病なんで寝ていっていいですか?」

「あなたね……空いてるからいいわよ……」

「あざーす」

 先輩はなんてことないかのようにベットの方に行ってしまう。

 私はどうしていいか戸惑い立ち尽くしてしまっていた。


「世良さん休んでいきたいなら休んでいきなさい。 ただ一つアドバイスね、あんな先輩になっちゃだめよ」

「はい……」

 私は先輩の隣のベットに寝転がった。


「んじゃ世良ちゃんお休み」

「おやすみなさい? 先輩」

 言うが早いか先輩は眠ろうとしていた。

 私も寝ちゃおう。

 嗅ぎ慣れない匂いに、慣れない枕、見慣れない天井。

 眠れないかと思ていたけれど、私の意識はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

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世良春香の恋(仮) かい @kai2525

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