始める私 (2)
キーンコーンカーンコーン。
あれ?
チャイムの音が聞こえ私は目を覚ました。
「お! おはよう。 よく寝てたな」
目の前に……相馬先輩?
どうやらまだ夢を見ているみたい。
学校のチャイムで目が覚めるなんておかしいもの。
これは夢……。
私は再び瞼を閉じた。
「ん? 二度寝するのか? 別にそれはいいんだけど一回立たせてもらっていいか? ずっと同じ体勢だったから体伸ばしたい」
「え?」
私は先輩の膝の上から飛び起きた。
周囲を見回し、頭をフル回転させながら状況を整理しようと努める。
ここは屋上で、私と先輩以外誰もいなくて、先輩は伸びをしていて、チャイムが鳴って……。
「授業!」
「ふぁ~あ? さっき五時間目が終わったとこだな。 何だ? まだ授業出るつもりか?」
先輩は欠伸をしながら私を見ている。
授業……。
「いえ……先輩の言う通りどうせ授業受けても覚えてないから……私……」
私何やってんだろ……。
「それじゃあ話の続きをって、いきたいところなんだけどさ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言うと先輩は屋上の扉をくぐり校舎の中へと消えていった。
ガチャン!!
先輩が消えてすぐに屋上の扉が大きな音を立てて開いた。
「世良ちゃん! 俺がトイレ行ってる間に教室に戻ってたらさすがに怒るからな! ちゃんと屋上にいるんだぞ」
「あ、はい」
「よし。 それじゃあちょっと行ってくる」
先輩はそれだけ言うと校舎に消えていった。
先輩は……。
良い人?
変な人ではある。
私はベンチに腰掛けると、まだ半分以上残っているゼリー飲料を口に含んだ。
「美味しい……」
ほとんど何も食べていない体が喜んでいるのだろうか?
すごくおいしい。
キーンコーンカーンコーン。
先輩が戻って来るのを待っているとチャイムが鳴った。
他の学生の声が聞こえて来る。
どこかのクラスが体育の授業なのだろう。
眠っていたからだろうか?
風が少し肌寒い。
身震いをしたことで足元に落ちている制服に気がついた。
そういえば先輩上着を着ていなかった。
寝ている私にかけてくれていたのだろうか……。
私は地面に落ちている制服を拾うと、埃を掃いベンチの上に畳んで置いた。
ガチャリ。
先ほどより控えめな音で扉が開いた。
先輩が戻ってきたようだ。
「ほいっ。 普段何飲んでるかわかんなかったから適当に数本買ってきた。 好きなの取りな」
先輩は、飲み物の缶三本と、紙パックのジュースを一つベンチの上に置いた。
缶はジュースが二本とコーヒーだと思う。
ただ私は、普段こういったものを飲まないので好きなのと言われても悩む。
「ん? もしかして全部苦手だったりする?」
「あ……いえ。 普段水筒のものしか飲まないので、どれも飲んだことがないから……」
「へ~それなら甘いやつ飲んでみな。 好きなやつは大好きみたいだけど、飲めないやつは絶対無理っていうやつ」
そう言うと先輩は紙パックのジュースを差し出してきた。
「いちごおれ?」
「そう。 イチゴオレ。 女子は結構飲んでたりするみたいだけど、これ結構甘い奴だから飲んでみて無理だと思ったら飲まなくていいから。 ちなみに俺はいける」
私は先輩からイチゴオレを受け取ると、紙パックを開封しようと試みた。
「ちょいストップ! 世良ちゃん何やってんの?」
「いただこうと思ったんですけど、紙パック硬くて開けれないです」
「あ……いや、なるほど飲んだことないって言ってたもんなうん。 ちょっと貸して」
先輩は私から紙パックを取ると、ストローを紙パックの上部から突き刺した。
「え!?」
「はいどうぞ。 紙パックのやつは大体のやつにストロー差し込めるところあるから、大きい奴はないけどな」
私は先輩から紙パックを受け取りジュースを飲んでみた。
「おいしい……」
「ふむ。 世良ちゃんも甘党だってことは分かった」
先輩は缶コーヒーを手に取ると飲み始めた。
私はなんとなしにその動きを目で追ってしまっていた。
「ん? これも飲んでみる?」
「あ……いえ……別にそんなつもりじゃ……」
なぜだか急に恥ずかしくなり顔を伏せてしまう。
「さっきの話の続きしても大丈夫?」
「はなし……」
「無理そうならやめとくけどさ、まあ首突っ込んだ以上はって気持ちもあるんだけどさ、それとは別に確認しときたいことがあってさ、大丈夫?」
「はい大丈夫です……その……さっきはすいません……」
「正直びっくりはしたけど別に謝るほどのことじゃない」
先輩はそう言うと、缶コーヒーをベンチの上に置いた。
「とりあえず世良ちゃんは、失恋で今そうなってるって思ってるけどそれであってる?」
「失恋……どうなんでしょ……わたし……」
「おっけーその辺はまたあとで話そう。 失恋だったらなんか色々とさ、失恋が少女を大人にするとか、新しい恋でしか癒せないとかまあ、なんか色々あると思うんだけどそれとは別に確認したいことがあるんだけど」
「べつ?」
何かあるのだろうか?
わからない。
「あ~その前にこっちも一つ謝っとかないとだ。 昨日クラス教えてくれたからさ覗きに行かせてもらったのと、色々と話を聞かせてもらった。 勝手に詮索する形になってるからごめん」
「べつに謝られるようなことじゃないと思います……先輩が覗きに来てたなんて知らなかった」
「世良ちゃん上の空ってか、なんか無意識で動いてる機械みたいだったからな」
私そんな風に見えてるんだ……。
「で、聞きたいことなんだけど、世良ちゃん友達いる?」
「…………」
「まあ、友達の定義とかの話になると面倒だから、こっちで進めるけど、ちゃんとした友達がいたらここまでにはなってないと俺は思う」
ちゃんとした友達って何なんだろうって思ってしまったけど、話の腰を折ってはいけないと思って黙っていた。
「世良ちゃんのクラスなんか気持ち悪くてさ、数人捕まえて色々話聞いたんだけど……」
「せんぱい?」
先輩がなぜだか申し訳なさそうな表情をしている。
「ごめん。 これを言うことで世良ちゃんをより傷つけることになると思う。
ただ……知ったうえでどうするか、どうしたいかを俺は一緒に話したい」
私はただ先輩を見続けた。
「あいつら、世良ちゃんのクラスの奴ら、傷ついてる世良ちゃんを見世物にしてるみたいだ……」
「……? 見世物?」
「ああ……傷ついたお前を笑ってるんだよあいつら。 それに、お前が言わないからどうしようかと思ったけど、この手紙っ! お前の机の中にあった手紙……いや、こんなん手紙でもなんでもない糞だ糞っ!」
先輩はそう言いながら複数の紙を私に見せつける。
私はそのうちの一つを抜き取りかかれている文字を見る。
「別に今までもこういうのはありましたので、別段気にならないですよ……」
「は?」
先輩はあっけにとられている様子。
紙には汚い言葉が羅列されているが、別にそれだけだ。
「それに、ハル君がいれば……そっか……ダメなのか……」
「ハル君ハル君って……お前にとってそのハル君ってなんなんだよ」
「ハル君は……私の特別な人で……ずっと一緒にいると思ってて……」
「幼なじみってやつか、まあ幼なじみは負けフラグなんて最近は言われてるしな~」
「負けフラグ?」
「ん、ああ漫画とかだと最近は幼なじみはかませ犬になることが多いからさ」
よくはわからないけど、幼なじみの私は所謂かませ犬ってことなんだろう。
「はあ~。 なんていうか世良ちゃんのことよくわからん」
「よく言われます」
「そっか……昔からいじめられてたのか?」
「いじめ……色々されたりしましたけど、そのおかげでハル君が助けてくれてたから、別になんてことはなかったですよ」
そう、いじめがあったおかげで、私から距離を置くようになっていたハル君が、私の傍に居てくれるようになった。
「これからはハル君がいないぞ」
「そうですね……私どうしたらいいんでしょうか?」
「どうしたらって……別に失恋しちまったんだから、ハル君のことは忘れてそれで終わりだろ」
「終わり……」
「まあ、いつもハル君に助けてもらってたって言うんなら、いじめに関しては何とかしないとって気はするけどな」
いじめ……ハル君がいたからどうでもよかったけれど、ハル君がいないと私何をどうしていいかわからないや……。
「先輩私……どうしたらいいかわからないです……ハル君がいないと……私には何もないから……」
「何もないって……なんか好きなことの一つや二つあるだろ? とりあえずそれでもやりまくって、まずは元気になるしかないだろ?」
「ないです」
「何が?」
「好きなこと……ハル君以外何もなかったから……」
「…………」
私の中は空っぽだ……。
「ん~……なんつーか……世良ちゃん変わってるなんてレベルじゃないな。 正直同じクラスにいたとしてもこうやって関わることはなかったと思う」
先輩の言うことは納得できる。
私に話しかけてくれるのはお母さんか、ハル君か、仕方なくで話しかけて来る先生とかくらい。
「ま、偶然にもこうして知り合えたのが俺でよかったな世良ちゃん。 幸いにも俺は色々な人を見てきてるから、そうだな……世良ちゃんの属性はヤンデレだろうな、あとは天然なのも間違いないだろうな」
「属性?」
「そう属性。 なんとなく世良ちゃんにも慣れてきたけど、漫画とかも読まない感じ?」
「少し読んだことはあります」
「属性とかでピンとこないなら、ほとんど何も知らないといっても過言じゃないな」
「はあ……」
私が力なく相槌をうっていると、先輩は急に立ち上がって、校舎への扉があるところを上り始めた。
上ってからすぐに飛び降りて戻って来ると、先輩は何かを持っていた。
「とりあえず、漫画読もう」
先輩が差し出している大きな本を私は受け取った。
「色々と突っ込みたいところもあるけどさ、結局のところハル君がいなくなってぽっかり穴が開いてるってことだろ? それをこいつで埋めちまえば解決」
先輩は本の背表紙をこんこんと小突きながら笑ってる。
「漫画には全部があるからな~、どうしたらいいかわからないってのも、答えは漫画の中にあるかもしれないぞ」
「答え……」
「何しろ俺の半分は漫画から作られたといってもいいくらいに、漫画から色々と教えてもらってるからな」
それはなんだかすごい。
「実際世良ちゃんのことも主人公だったらどうするだろって思ってさ、それでこうして話しかけてみたりしたわけよ」
「先輩が話しかけてくれたのは漫画のおかげ?」
「そうと言っても過言ではない。 漫画読みたくなってきたんじゃないか?」
「よくわかりません……でも読んでみます」
「そうこないとな! いや~これで俺も所謂読み友ってやつか? 語れる相手ができるのか~」
何やら先輩は嬉しそうにしている。
先輩が喜んでいるならまあ……いいかな。
キーンコーンカーンコーン。
六時間目の終了のチャイムだ。
「それ週刊誌だから、途中からでよくわかんないかもしれないけど、気に入った奴か気になるやつとかあったら単行本用意するから、明日も屋上に来いよ?」
「え? あ、はい明日も来ます」
そうだ帰らないといけないのか。
私はお弁当箱と、先輩の漫画雑誌を持った。
「それじゃあ……先輩また明日……」
「おう。 また明日」
私は校舎に入る前に一度振り返り先輩を見てみる。
先輩はフェンスの向こうを眺めているようだった。
なんだろうか……。
先輩の言う通りな気がする。
先輩にいろいろと話したからか、体が少し軽くなった気がする。
先輩がこちらを向いた。
先輩が手を振っている。
なんだか恥ずかしくなって、慌てて一礼すると私は校舎の中に入った。
また明日……。
私は漫画雑誌を抱きしめながら教室へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます