始める私 (1)


 私は屋上への階段を上っている。

 なぜ自分が昼休みに屋上へ行くようになったのかは、記憶がなくてわからない。

 それこそ最近の記憶でちゃんと覚えているのは、昨日屋上で変な先輩にから……話しかけられたことくらい。

 それと……昨日お母さんが空のお弁当箱を見て喜んでたことくらい……。

 それ以外の時間は、思考にもやでもかかっているみたいで、断片的に今は教室だとか、自室にいるだとか、そのような感覚しかない。

 昨日先輩と話したからなのか、屋上に行く途中の今現在、私の思考は鮮明になっていっていると思う。

 そういえば最近……先輩以外と話した記憶がないんだ……。


 ガチャリ。

 屋上への扉を開き屋上に出る。

 扉を開いた瞬間強く風が吹き込んできた。

 少し寒い。

 今って……とっさに今が何月何日だったかが出て来なかったけれど、季節的にはまだまだ春のはずである。

 風に乗って飛んでいる桜の花びらが季節を教えてくれている。


 屋上には誰一人いないようだった。

 屋上にはフェンスがあり、複数のベンチもあることから、だれでも利用することは許されているはず。

 屋上を出た瞬間は肌寒く感じたけれど、日光を浴びると何とも心地よい。

 私は何の迷いもなくベンチに向かっていた。

 昨日も使っていた気がするベンチだ。

 つまりここ最近私はこのベンチをいつも使っていたのだろうと理解した。

 私はベンチに腰掛け食欲がないままにお弁当の包みを膝の上に置く。

 ドンっ!!

 背後から何かが落ちる音が響き、とっさに振り返る。


「よっ! 今日は食欲はあるのか?」

 相馬先輩が何事もなかったかのように、片手をあげながら近づいてくる。


「ん? どうしたそんなに見つめて? もしかして俺が誰か覚えてない?」

「いえ……こんにちは先輩。 何か大きな音がした気がしたんですけど……」

「ああ、あそこから飛び降りたからな。 そういえば世良ちゃん昨日は全く気がついてなかったな」

 先輩は屋上の入り口の上を指さしながら、別になんてことないことのように答える。


「で? 今日は弁当食べれそう?」

 先輩は私の隣に腰掛けながら弁当を指さしている。


「いえ……食欲……ないです」

「それなら今日ももらってもいいか?」

「はい、お願いします。お母さん昨日空のお弁当箱見て喜んでましたので、食べてもらえると助かります」

「むしろ旨い弁当食えるからありがたいよ」

 先輩はそう言うとポケットから何かをとり出した。


「世良ちゃんはこれな」

「これは……」

「昨日のゼリーといくつかの栄養食的なやつ。 何も食わないと倒れちまうから、食えそうなやつでいいから食いな」

 先輩と私の間のベンチの上にゼリー飲料と、栄養食的なやつと言われたものの箱が置かれた。

 私はゼリー飲料を手に取った。

 これは昨日飲むことができた。

 食べることができたの方が正しいのかな?


「いただきます……」

「おう。 俺もいただきます」

 二人でいただきますと言い食事をとる……。

 とても変な感じがしたが、なぜだか嬉しいと思ってしまった。


「昨日みたいになるとあれだから食いながらになるけどさ、なんでそんなにどんよりしちゃってるのか、理由。 話してみ?」

「…………」

 私はゼリー飲料を飲むのをやめ、その口元を見つめてしまう。


「言いたくないって言うなら無理には聞かないけどさ、こういうのは話すと楽になるとかいうから、俺じゃあ解決できないかもしれないが、聞くことはできる……と、思う」

 少しの間先輩がお弁当を食べる音だけが二人の間に広がる。


「ごちそうさまでした」

 先輩はやっぱり食べるの早いと思う。

 先輩は食べ終わると、ベンチの背もたれに少し寄りかかりながら、空を見上げているようだ。

 どうやら離れるつもりはないみたい。


「よく……わからないんです……」

「…………」

 先輩は何も言わない……私が次に何か言うのを待っているのだろうか?

 急に先輩が怖くなって先輩の様子をうかがえない。

 何か言わなければと焦り、思考がよくないものを掘り出した。


「そ……その……ハル君が……」

 そう……ハル君が離れていっちゃう……。


「ハル君が……告白されて……そしたら私……怖くて苦しくて……よくわからなくなって……」

「……つまり、そのハル君ってのが誰かと付き合うことになったから、世良ちゃんはこうなっちまったってことでいいか?」

「だって私! は、ハル君がいなくなると……何をしたらいいか……わからなくて……どうしたらいいかわからなくて……」

 だって私はハル君とずっと一緒だと思ってたから……。

 キーンコーンカーンコーン。

 予鈴……昼休みが終わる……。

 私は先輩がベンチの上に置いたお弁当箱を手に取ると、少しふらつきながら立ち上がった。


「待った」

 先輩に腕を掴まれ強引にベンチに座らされる。

 

「今日はしっかり吐き出すまでは帰らせないぞ」

「あ……ちゃいむ……チャイムが鳴ったから……教室に戻らないといけないんですよ」

「今日は俺と一緒にサボりだ。 これは強制だからな。 そんな顔してるやつを黙って見送ったのを姉さんに知られたら怒られちまう」

 そんな顔? 

 私どんな顔してるんだろう?

 そうじゃなくて、授業が始まるから教室に戻らないといけない。


「私は大丈夫です。 サボりはいけないから私は教室に戻ります」

「だめ。 お前変なところで頑固だな。 どうせ授業受けても覚えてないんだったら意味ないだろ? 勉強だったら後で俺が見てやるから、今日は屋上でゆっくりしてろ」

 そう言うと先輩は強引に私の頭を、先輩の膝の上に固定してしまった。

 両手で頭頂部と顎のあたりを持たれ、下から先輩を見上げる体制になっている。

 なんだか先輩はいたずらっ子のように笑っている。


「とりあえず話が終わるまでは、ここでおとなしくしてもらおうかな~」

 なんでこんなことになっているんだろう?

 いつもだったらハル君が……。

 ああ……。

 だからか……。

 私は全身から力が抜けていくのを感じた。

 ああ……。

 私って……。

 私は生まれて初めて、他人の膝の上で意識を失った。

 

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