蛇足の章

第32話 マギーさんとアズール様

――蛇足=無用な物・余計な付け足し


 ここから続く物語の歩みを目にしたあなたは憤りを感じるかもしれません。

 怒りのあまりに両手を伸ばし、私の首へと手をかけるかもしれません。


 ですが、私の首は一つしかありません。

 多くの手を伸ばされても、締められる首も折られる首も一つしかないのです。

 そう、私には数多の手を受け止めることはできない……。



 ってことで、蛇足だからテケトーな感じで駆け足で進んじゃう。

 因みに、この文章を語っている私はルーレンじゃないから。なら、誰だって? それは秘密。

 ではでは、ルーレンにバトンタッチ。

――――――――――――

――――――――――


――ゼルフォビラ領地・港町ダルホルン。セルガ様の執務室



 ここはぜいの極みに立ちながらも、質素な趣に満たされたセルガ様の執務室。

 使われる執務机や資料を収める棚に燭台しょくだいや絨毯など、全てが超一級品。

 それらに華美な装飾などはなく、実用性のみを追及していたものばかり。


 到底、大貴族様の執務室には見えませんが、セルガ様の持つ重厚さと威厳を表し高めるよそおいだと感じています。



 セルガ様は漆黒の執務机を挟んで私の前に座っています。

 机の上にはとても特別な武装石。


 私はその石を、ある方の護衛のために譲り受けました。


 武装石――イメージを武具として具現化できる道具。

 ですが、戴いたこの武装石は、それだけに留まらない特別なもの。

 これはとても大切なもの。

 武装石の取り扱いはまだまだですが、使いこなせるようにならないと。



 執務室をあとにして廊下を歩きます。

 すると、脇に何やら書物を抱えている同じメイド仲間のマギーさんに声を掛けられました。


「なんだ、お館に呼び出されたのか?」


 マギーさん――炎のように真っ赤な長い髪と太陽のようなオレンジ色の瞳を持つ、十七歳の女性。

 私よりちょっと先輩で、お屋敷のメイドの中で一番仲良く、お姉さんのような存在。 

 そして、大貴族のメイドらしからぬ、粗野っぽい所作を見せる方です。


 赤い髪と軽い雰囲気に、ちょっとだけエスティさんを感じさせます。


 ですが、メイドとしてのスキルはエスティさん以上ではないでしょうか?

 お茶淹れはもちろん、縫い物以外の家事は全て超一流。

 さらに戦士としての能力も高く、パーシモンさん以上。

 ディケードさん相手でも引けを取らないかもしれません。


 そして――とある事情でセルガ様の御命を狙っている方。セルガ様もそれを承知で彼女を雇っています。

 非常に変わった関係。


 さらに、私と同じくゲーム盤の駒。

 彼女自身はそれを知りませんが。

 実は、この屋敷では非常に奇妙で困難なことが起こっています。

 それを知る者は、屋敷内では私とセルガ様とメイドの一人と、もう一方ひとかただけ……。



 私はマギーさんの問いかけに虚を交えて答えます。


「はい。ペンのインクが切れていたので、お持ちするのようにと」

「へ~、珍しいこともあるもんだな。お館なら切れる前に気づいて補充させてそうだけど」

「最近は事務仕事に追われて、お忙しいみたいですから。あの、前から気になってましたが、マギーさんはセルガ様とお呼びせずに、お館とお呼びするんですね?」


「そりゃあ、俺の――っと、私の立場じゃ『様』付けには抵抗あるしな。とはいえ、立場上、呼び捨てってのもあれだから、お館呼びが妥協点かなぁって……」

「なるほど……一人称も直らないんですか?」

「俺は、『私』ってキャラじゃないんだよ。これでも努力してるんだぜ。だけど、どうしてもポロッと出ちまう」


「でしたら、普段から誰を相手にしても敬語で過ごされては? そうしたら慣れるかも」

「そこまで器用じゃない」

「家事は器用にこなして完璧なのに。縫い物以外は……」

「この~、新人のくせに毒を吐きやがって~」

「くすくす、ごめんなさい」

「あはは、ま、言われても仕方ねぇか」



 マギーさんは人間です。ですが、このようにドワーフである私を下に見ずに接してくれます。

 他のメイド方の多くは、お屋敷で唯一のドワーフの使用人である私を疎ましく思っているのに。


 そのため私は、他のメイド方や使用人から嫌がらせやいじめを受けます。

 それらをセルガ様は把握していますが、大きな介入は許されないのです。

 セルガ様に許されているのは、私という駒とマギーさんという駒の配置のみ。

 これがこの屋敷内の……いえ、この世界に課せられた見えざるルール。



 私たちは取り留めのない会話で盛り上がりを見せます。


 そこに、セルガ様の四男であり双子の兄でもあるアズール様が訪れました。

 まだ、九歳でありながらその才覚には目を張るものがあり、ゼルフォビラ家当主の座をになう可能性が最も高いと評されるお方です。

 

 御姿は幼くも整った顔立ちをされており、黒髪の短髪で瞳の色は茶色。目の形は母君に良く似られ、やや釣り目です。

 黒のスラックスに白のブラウスを愛用されており、ブラウスの上には所々に刺繍がほどこしてある深紅のジレを着用しています。


 そのアズール様は声を荒げてマギーさんの名を呼びました。



「マギー! 何をさぼっているんだ!!」

「さぼってませんよ。雑談してるだけで」

「それをさぼりって言うんだよ!!」


「いやいや、ちゃんと仕事はこなしてますから、さぼりじゃないっすよ」

「そこは『じゃないっすよ』ではなくて、『ではありません』、だろ。なんでお前はそう生意気なんだよ、あるじに向かって!!」


 マギーさんはあるじであるアズール様を前にしても、持ち前のふてぶてしさを崩しません。

 本来ならば絶対に許されない態度ですが、マギーさんについては誰もが諦めて注意をほとんどされなくなりました。


 また、それとは別に、セルガ様が直接雇用してきたという面もあり、同じ使用人同士では強く注意できない部分もあります。


 私も同じ立場にありますが、むしろ『ドワーフなのに直接雇用?』という嫉妬が混じり、嫌がらせやいじめをされています。それでも表立って行うことができず、細かなものばかりですが……。



 そんな誰もから諦められているマギーさんの態度ですが、アズール様だけは何とか改善させようと躍起です。

 その理由は、アズール様の口からもたらされます。

「なんでこんなやつが、僕のお付きメイドなんだよ。体面があるから僕がちゃんと指導しないといけないし。父上は何を考えているんだか……」



 お付きメイド――メイドの中には、御子息の補助を行う役目を負っている方々います。マギーさんはアズール様の補助を行う立場です。

 そのアズール様は態度を全く改める気のないマギーさんが、何故、自分の担当に回されたのかという疑問を口にしています。


 その疑問、私は大雑把に四点ほどわかっています。


 まず、アズール様は非常に優秀なため、並みの方では担当できない点。

 次に、御兄弟の仲でも差別意識が強く、メイドに対しての当たりが酷く、これまで何人ものメイドを解雇に追いやっている点。

  

 これらを補えるのは、優秀で心の強いマギーさんというわけです。



 また、セルガ様はマギーさんという存在から、アズール様の意識を改革しようとしている点もあります。

 アズール様は庶民を見下していますが、貴族ではないマギーさんはとても優秀です。

 さらに、マギーさんはアズール様をお相手にしても、物怖じせずに意見を述べることができます。


 そこからの変化を望んでいます。

 かつての経験則を基に……意外ですが、アズール様はセルガ様の幼い頃にそっくりだそうです。

 セルガ様も幼い頃は他者を見下し、かなり横暴だったとお話しされていました。

 ですが、放蕩息子として町で庶民と接していくうちに、考えが変わったんだとか。



 アズール様は放蕩や遊びにのめり込む方ではないので、その代わりになるマギーさんをお付きメイドとして配置しました。


 配置……これは理由の最後、四点目に繋がります。

 それはとある存在から、アズール様を守るため。マギーさんはそのようなこと知りませんが……。



 マギーさんは気落ちしているアズール様の肩をポンと叩きます。

「まぁ、元気出していきましょう」

「お前のせいで疲れてるんだよ! それと、メイド風情が気安く僕の肩を触るな!!」

「それはさーせん。どこなら触ってもいいですか?」

「どこも触るな!! はぁ……疲れる」


「お疲れのところ申し訳ないっすが、何か用事はないんですか?」

「あ、そうだった! 数学の教科書をどこにやった? 他のメイドからお前が持ち出しと聞いたぞ」

「ああ、それならここに」



 マギーさんは脇に抱えていた書物をアズール様に手渡します。受け取ったアズール様は顰め面を見せつつ、教科書をパラパラと捲り始めました。


「えっと……やっぱり、また何か書き込んでる!! あ、これってもしや……」

「ええ、面積の計算で間違った箇所があったので、添削しておきました。暇つぶしに」

「こ、この~、勝手に……って、どこで学んだんだ? 三角比を使用した面積の計算なんて。正弦定理や余弦定理を理解しているようだし。庶民は学校に行けないだろう?」


「前職で生きていくのに必要だったんで、自然と」

「は?」


「それよか、教科書返すだけで良かったんですか?」

「良くない! 午後に備えて部屋の掃除をしておけ!」


「片づけても片づけてもすぐに汚しますよねぇ。そういうところは子どもっぽいと言えば子どもっぽいですが、よしよしっと」

「やめろ、頭を撫でようとするな! 僕は資料室から資料を持ち出してくるから、その間に片付けを終わらせておけよ。それに――」


 アズール様は私を一瞥して、すぐに視線を外しました。

「臓物臭いドワーフがいる場所で長居すると息が詰まるしな。まったく、父上はどうして奴隷なんかに服を着させて遊んでいるんだか」


「あ、そういう態度って小物臭いからやめておいた方が良いっすよ」

「黙れ! とにかく僕は行く。マギー、お前も早く仕事をしろ!!」



 アズール様はそう言葉を置いて、足を踏み鳴らしつつ廊下の奥へ姿を消していきました。

 背中を見送って、マギーさんが手を縦にして謝罪を漏らします。

「悪いな、ルーレン。まだガキだから」

「ええ、気にしてませんから……というよりも、アズール様のことを公言と子ども呼ばわりしているマギーさんの態度の方が気になりますよ」

「そうか、あはははは」

「笑い事ではないんですけどね」


 と言いつつも、私も小さな笑いを見せます。

 このマギーさんの非礼とも思われる豪放磊落ごうほうらいらくな姿には救われています。それはアズール様もまた……。


 マギーさんがこのお屋敷に雇われるまで、アズール様の庶民に対する態度はそれはそれはひどいものだったそうです。

 ですが、マギーさんがお付きメイドを担当されてからは、大きく変化したと言われています。


 それでも、ドワーフである私に対しては辛辣なままですが。

 ですがもし、マギーさんと出会う前のアズール様だったなら、もっと酷いものだったのでしょう。

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