第31話 メイドとしての私
――――カシャーサ大陸・その八割を支配する皇国サーディア
そしてここは、皇国サーディアの所領の一部であり、大陸南東地域・金融と商業と貿易により栄える港町ダルホルン。
そこを預かるゼルフォビラ一族。
セルガ=カース=ゼルフォビラ伯爵は一族の
私はセルガ様との盟約により、メイドとしてお仕えすることになりました。
伯爵様にお仕えできても、残念ながら私はドワーフであるため人間と対等とはいかずに、奴隷階級という肩書きは外されませんでした。
これは、大貴族セルガ様であっても覆すことは不可能なのです。
何故なら、これらは人間族全体に及ぶ機構。もし、覆そうとすれば、皇国サーディアを、人間族の全てを敵に回すことになります。
だから、セルガ様でも行えないこと――今は……。
ですので、奴隷という肩書きは残ったままなりますが、その待遇は破格。
まずはお部屋を戴きました。通常は二人で使用する部屋ですが……人間のメイドさんが私と同じ部屋であることを嫌がり、一人で占有することに。
これはドワーフに対する差別意識が起因としているものですが、そのおかげでとても広い部屋を一人で使用できるようになりました。
そう、とても広い部屋。二人で使用したとしても広すぎる部屋。
置かれている家具も高級なものばかり。
見た目はさすがに派手ではありませんが、ベッド一つとっても、四人家族が丸二年は暮らせる一品。
メイドなのに、このようなベッドで眠っても良いのでしょうか?
他にも、個人のデスクに化粧台なんてものもあります。
そこに並べられた高級な化粧品の数々。これら消耗品の
もし、エスティさんがこの場にいたら喜びのあまりに気を失っていたことでしょう。
エスティさん……エスティさんを含む事務員の方々は皆さん無事でした。犯罪に手を貸していた事実はありますが、
ひと月以上に渡る調書を取り終えた後、行き場を失った皆さんにセルガ様が部下に指示を与え、彼女たちに新たな職場を紹介しました。
その後、どこへ行ったのかはわかりませんが、きっと良い職を得られたと思っています。
翻って、戦士さんたちには大きな減刑は与えられませんでした。
責任者クラスは死罪に処され、それ以外の戦士さんたちは
死罪にされた責任者クラスの中に、パーシモンさんの姿はありませんでした。
彼は戦いの
他には……え~っと、貴族や富豪の方々の話ですかね? ラムラムの町を利用していた彼らは、死罪になったり、改易(※身分の剥奪)されたり、家を取り潰されたりと、そんな感じだそうです。
私は瞳を化粧台に載る高級化粧品から、正面にある鏡に向けます。
そこに映っているのは、メイド姿の私。
黒のワンピースの上から白いエプロンを着用するというクラシカルなメイド姿。
ですが……私は衣服に触れて、そっと指でなぞります。
「こんなに良い生地を使うなんて……これ、私が奴隷になって売り飛ばされそうになった時に渡された黒いドレスよりもずっと高級だ」
馬鹿げた例えですが、このままセルガ様の屋敷から飛び出したとしても、この服を売るだけで数か月は食べて、かなり良い宿にも泊まれちゃいます。
「ゼルフォビラ一族は皇族並みの発言力と、莫大な資産を持っていると聞いてたけど、お金持ち過ぎて……ちょっと怖い」
もはや、私の金銭感覚では全く計れない次元の違うお金持ちです。
支払われるお給金も桁違い。
一応、ドワーフ族と人間族のメイドでは給与に差をつけられているのですが……それでも、こんなに貰っていいの? と思っちゃうくらいお給金を戴いています。
屋敷内の全使用人の賃金を管理しているメイド長からは、私の預金通帳を渡されました。
私、奴隷なんですけどね……一般の方々でさえ、銀行のお世話になることなんてないのに。
口座が必要になるくらいお給金が貰えて、嬉しいどころか本当に怖い。
このお屋敷で勤めていると、金銭感覚がおかしくなっちゃいそう。
何はともあれ、この世の地獄であったラムラムの町から離れ、私は天国のような屋敷に勤めることになりました。
化粧台から立ち、鏡越しに卸し立てのメイド服を金色の瞳で見つめます。
くせっ毛の長い黒髪には、しっかりと櫛を通して整えています。
そして、張りのある艶々な褐色の肌に触れて、その弾力を指先に届けます。
エスティさん直伝のお化粧。
化粧台の前でくるりと回ります。
長いスカートがふわりと浮かび、降りて、露わになった褐色の太ももを隠しました。
「うん、問題なし! さて、お仕事頑張らないと!!」
私はいまだ奴隷です。
ですが、一般の方々よりも優遇された生活を手に入れました。
ここに至るまでに失ったものは多い。あまりにも多い。
手をじっと見つめます……仄かな化粧品の香りを纏う両手には、目に見えない血がべっとりとついています。
犯してきた罪も多い。多すぎる。もはや、償えるものじゃありません。
そんな私が、このような好待遇でお屋敷に仕えてよいものかと思うところはあります。
この迷いに、セルガ様はこう仰ってくださいました。
「君はまだ幼い。罪を背負うべきは、君をそこへ追いやった卑劣な大人たちだ。いや、世界のシステムと言うべきか。それを変えられずいる私たちの、私の責任だ。だから、君の罪は私が背負う。それで、君の中の罪悪感が消えるわけではないだろう。しかし、その罪に押し潰されそうになった時、支える者が傍にいることを知っていて欲しい」
そう、お優しくお声を掛けてくださいました。
続く言葉に、苦悶の表情を見せて……。
「君に過酷な運命を背負わせようとしている私の言葉では、信用に足らぬだろうが……」
――そのようなことは決してありません!!
本来、大貴族であらせられるセルガ様から見れば、私なんて取るに足らない存在のはず。
それなのに、対等な存在として扱ってくれる。
裏表のない優しさを授けてくれる。
お父さんとお母さんから貰った無償の愛。
それには及びませんが、近しいものを感じています。
だから、私はセルガ様に忠誠を誓う。
この人を守りたい!
この方なら、世界を変えられる!
そう信じて……。
これから先も大きな困難があるでしょう。あるに決まっている。
それでも、腐れた
あの日の困難から比べれば、これから歩く道なんて大したことありません!
ドワーフである私・ルーレンは、セルガ=カース=ゼルフォビラ伯爵のメイドとして、新しい明日を歩き始める。
めでたしめでたし……………………………………………………ここで、お話が終われば良かったのでしょう。
両親を失い、心を壊され、罪に手を染めた少女が伯爵家のメイドとして、破格の待遇で迎えられた。
ええ、ここで話が終われば、幸福な結末。そこから先は、ご想像にお任せします。
で、終わることができた。
でも、できないのです。
私はこれより先、ゲーム盤の駒――敗北が約束されたゲームの駒となります。
ですが、それを覆すために――――セルガ様を裏切ります。
過酷な運命に
新たな
これから続く話は蛇足。
蛇足も蛇足――幸せを信じる者から見れば、無用な物語。
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