第7話 いじめ

 早朝から夕方までは事務。

 夕方から夜までは武術の鍛練が義務付けられました。


 私はぴしりとした青色の制服を纏い、事務仕事に精を出します。

 ですが、主任であるエバさんに快く思われていないようで意地悪をされます。

 元々人間族は、ドワーフ族を奴隷階級として見下していました。


 それなのに、奴隷階級であるドワーフが同じ職場に――しかも、対等な立場としていることが不満の様子。

 エバさんは毎日のように書類を叩きながら私を怒鳴りつけます。


「ルーレン! こっちの仕事を終わらせとけって言ったよね!?」

「え、いえ、今はじめて――」

「口答えすんな!」

「きゃっ」


 頬を打たれました。

 私は頬を押さえて痛がる振りをします。

 ええ、そうです。痛がる振り●●●●●です。


 私は肉体的に人間族を上回るドワーフ。頬を打たれた程度じゃびくともしません。それが人間の普通の女性となれば、なおさらです。

 ですが、痛がる振りをしないと、次は棒で打たれかねませんから。


 エバさんはしかめ面して、頬を打った自身の手のひらを振っています。

 おそらく、叩いた手の方が痛かったのでしょう。

「いった、なんでこんなにズンっと重いのよ。普通に触ると柔らかいのに。もうこの仕事が良いから、そこの棚から資料を持ってきなさい!」

「はい」



 私は部屋の隅に置いてある資料棚へ急ぎ足で向かいます。

 その途中で、同じ事務員の方が私の足を引っかけました。

 私は盛大にずっこけて、その上からお茶をかけられます。


「何やってんのクズ! あんたのせいでお茶が零れたじゃない。やっぱりドワーフって屑よねぇ。ねぇ、エバさん」

「ええ、そうね。獣の臓物ぞうもつなんていう浅ましい食べ物を好むせいか、すごく臭いしねぇ」

「ほんとほんと、獣臭くて吐き気がする」


「「「キャハハハハ!!」」」


 皆さんは鼻をつまんで、わざとらしく空気を攪拌かくはんするように手のひらを振ります。

 私は倒れたまま悔しさに拳を固めました。

 奴隷の身ながら、ツツクラ様が出入りする事務仕事を任されているおかげで、お風呂には入れます。


 食べ物だって人間と同じものなので、臓物なんて関係ない。


 でも、その臓物料理を否定されたことが悔しいんです。

 ドワーフは人間が忌避する獣の臓物が好物です。

 もちろん、下拵えをしっかり行い、臭みを消して、美味しく頂きます。

 だから、たとえ臓物料理を食べていたとしても、匂いなんてするわけがない。


 それに臓物料理はお父さんとお母さんの大好物。もつ煮込み料理はお母さんの得意料理で、それは私にとっても大好物でした。

 その料理を否定されるというのは、家族の絆そのものを否定されているように感じてしまい、それがとても悔しいのです。



 ですが、人間たちは臓物料理を、ドワーフ差別の象徴として度々たびたび持ち出してきます。

 鼻を摘まみ、私たちを臭い臭いとあざけるのです。


 だからと言って、口答えはできません。

 行えば、より一層のいじめを行うでしょうから。

 私は涙を流して、立ち上がります。


 この姿を見れば、彼女たちは満足する。

 惨めな姿を見せる私に、彼女たちの嗜虐心しぎゃくしんが満たされる。

 だから、わざと涙を見せる。

 でも……流れる涙は本物。とても、くやしくて、悲しい……。



 私は涙を拭いて、資料棚の前に立ちました。

 そこでどの資料が欲しいのかと尋ねようとしたのですが。

「あの、エバさん。資料はどれを?」

「ああ、忙しい忙しい。早く資料が欲しいけど、屑でのろまのドワーフのせいで全然仕事が進まな~い」

「あ、あの……」

 私は別の方に尋ねます。


「すみません、必要な資料って――」

「え~っと、これを処理しないと~」

「あの……」

「あ~あ、どこかの誰かのせいで今日は残業かも~。ツツクラ様に怒られる~。ま、誰のせいかはっきりわかってるから、どうでもいいけど~」



 皆さんは意地悪をして教えてくれません。

 このままだと、仕事が滞った原因は私のせいにされて、ツツクラ様からお叱りを受けることになります。

 再び、涙が浮かびます。

 でも、でも、でも! 


 脳裏に浮かぶ、エイラちゃんの姿。

 あんなことになってしまうよりは恵まれています。

 だから、涙をぬぐって、とにかく資料を取り出さないと。

 間違っていたらまた怒られるだろうけど、それでも。

 

 私は適当に右端の資料に指を掛けました。すると――


「そっちじゃない。これだよ」

 そう言葉が響き、背後から指が伸びて、真ん中にあった資料を取り出してくれました。

「これが必要な資料だよ」

「え、あ、ありがとうございます。ラスティさん」

「うん、別にいいよ」



 緋色の長い髪に青い瞳を浮かべる二十代半ばの女性・同じ事務員のラスティさん。

 この部署では、二番目に偉い副主任さんです。

 その彼女に、エバさんが荒げた声をぶつけてきました。


「ラスティ、どういうつもり!?」

「どうもこうも、仕事の滞りをルーレンに押してつけても、ツツクラ様なら絶対こう言うよ。お前たち、連帯責任だ、って」

「うっ、それは」

「はい、ルーレン」


 そう言って、ラスティさんは私の頭の上にちょこんと資料を置きました。

 それを両手で受け取って、胸に抱きます。

「ありがとうございます、ラスティさん!」

「二度も礼はいらないから。ほら、主任に渡してきなよ」

「はい!」



 私はパタパタと走って、エバさんに資料を渡します。

「どうぞ」

「……チッ、事務所内を走るな!」

 彼女は資料を奪い取り、私のすねを蹴り上げました。

 ですが、ご存じのとおり私はドワーフ。人間より丈夫ですので、さほど痛みを感じません。


 私はぺこりと頭を下げて、次にラスティさんに視線を動かして、小さく頭を下げました。

 彼女は小さく指を振って、私の礼を受け取り、席に戻ります。



 ラスティさん――積極的に私の味方をしてくれるわけではありませんが、助け舟を出してくれる人。

 とても良い人……良い人……良い? 

 どうして、人間なのにドワーフを助けてくれるのでしょうか?

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