第8話 戦士たちの奇妙な関係

――――午後

 


 事務仕事は終わり、鍛練の時間。

 漆黒の騎士服を纏う長身の中年剣士ディケードさんとの稽古。

 場所は外で、灰色の石床が敷き詰められたとても広い場所。


 ここでは他の戦士さんたちも訓練に精を出しています。

 その中には、人間族以外に獣人族や私と同じドワーフ族も混じっていました。

 人間族は種族の頂点に立つという立場から、異種族と場を同じすることがあまりないので、ちょっと不思議な空間です。


 私は事務員の青い制服から、腰元に白いベルトを巻いた簡素な黒装束へとよそおいを変えて、父から教えてもらった斧術ふじゅつを頼りに斧を手にします。

 ディケードさんも斧を手にしています。


 私が斧術ふじゅつを習っていたと知ったディケードさんは、私の得意分野を伸ばそうと斧術ふじゅつを教えてくれることになりました。

 この方は、剣術や槍術そうじゅつ斧術ふじゅつに弓術と、どんな武器でも使いこなすことができるそうです。



 私は斧の重みを生かすため大きく振るい、遠心力で勢いの増した攻撃を仕掛けようとしました。

 ですが、ディケードさんは手にした斧の柄頭つかがしらでこちらの斧の横刃おうじんを叩き、私のバランスを崩すと、腹部に膝を叩きこんできました。


「ぐふぅぅ!!」

 大口を開いて、声と唾液を垂れ流す。

 そして、腹部を押さえてその場にうずくまります。

 そこに蹴りがこめかみへ飛んできて、私は蹴られた勢いで広場の端にまで吹き飛ばされてしまいました。



 あまりの痛みに私は動けず、ただ、声にならぬ呻き声を漏らし続けるだけ。

「いぎぎぎ、あああ、ぐぐぐう」

 そんな私へ、ディケードさんは冷たい声を浴びせます。


「無駄に大振りなどするな。一撃必殺を狙っているわけでもあるまい。加え、痛みに動きを止めるな。たとえ手痛い一撃を喰らおうとも、体は動かせ。痛みに動きを止めるとまとだぞ」

「あぐ、がが……」

「ふむ、半年で戦士に育てろと言われたが、期待は薄そうだな」



 この言葉に、私の尖った耳がピクリと反応しました。


 半年――これが私に与えられた猶予。



 もし、ツツクラ様から見て満足のいく成長を遂げなかった場合、私は奴隷として――――脳裏に、四肢を失い、首を失ったエイラちゃんの姿が過ぎる。


(嫌だ! あんな死に方はしたくない!!)


 ぐるぐると回る眩暈の中、立ち上がります。

 こめかみに痛みが走り、腹部がただれたような苦痛にさいなまれても、無理やり立ち上がります。

「うぐ、うぐぐぐぐ、はぁはぁ、も、もういちど、おねがいします……」

「ほぅ、根性だけは一人前だな――フッ」



 ディケードさんは小さく笑い、斧を下ろします。

「それだけのやる気があるなら何とかなるだろう。それに応え、もう一稽古つけてやりたいが、このあと所用があってな。パーシモン、後は任せた。構わんな?」

「おう、任せときな、旦那。良い暇つぶしになりそうだしな」


 とても大柄でてっぷりしたお腹を持った、おひげが毛むくじゃらなおじさんが大剣を片手に笑っています。

 この方はディケードさんが率いる部隊とは別部隊の隊長さんで、パーシモンさんと言います。



 ディケードさんが鍛練場から去ると、パーシモンさんが大声で笑い始めました。


「がはははは! やるじゃねぇか、ちみっ子。良い根性してるぜ!」

「え、えっと。ありがとうございます……」

「ったくよ、こっちはちみっ子嬢ちゃんのせいで儲け損ねたぜ」

「へ?」


 パーシモンさんはぶっとい親指をふいっと背後に振りました。

 そこでは、たくさんの戦士さんたちがお金のやり取りをして、幾人もの人が泣き言を口にしています。


「くっそ、ディケードさんのしごきに耐えられるわけがねぇと思ってたのによ!」

「かぁ~、今日の晩飯代がパァだぜ!」

「てめぇは晩飯程度だろ! こちとら、半月分の給料賭けてたんだぞ!! よくも損させてくれたなぁ~、このとんちきどわ~ふぅぅぅ」


 皆さんが地獄の門を守る犬のような唸り声と牙を剥き出しにして、こちらを睨みつけています。


 どうやら私を賭けの対象にして、すぐに音を上げると踏んでそちらに賭けていたようですが、そうならず大損をしてしまったようです。



 私は皆さんに頭を下げて謝ろうとしました。ですが――

「あの、ごめんなさ――」

「だが、見上げたもんだ! 気に入った!!」

「――へ?」


「まだまだガキなのによ。こいつぁ、頼もしいぜ!」

「てめぇより根性ありそうだしな」

「んだと、てめぇ! てめぇこそ、ディケードさん相手に小便漏らしてたくせによ」

「ああん!! 毎度毎度新入りの前でそれ言うなよ!!」


 言葉はとても汚いですが、皆さんは本気で怒ってないように見えます。

 それどころか……。


 パーシモンさんが私の肩に分厚い手を置いて話しかけてきます。

「根性のある奴は歓迎なのさ」

「で、でも、私は皆さんと違ってドワーフですし」

「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。背中を任せられるかどうかが大事なんだよ。だいたい、ドワーフの戦士はお前以外にもいるんだぞ。いまさら気にしねぇよ」


「そうみたいですけど……」

「それにな、ちみっ子みたいなのがいると、良い暇つぶしになりそうだしな」

「暇つぶし、ですか?」


「ああ、毎日毎日、警備警備、殺し殺しとクッソみたいなことの繰り返し。そこに、ちみっ子みたいな変わり種がいると、俺の良い暇つぶしになる」

「パーシモンさんの?」

「がははは、気に障ったか? ま、理由はなんであれ、何もんであろうと使えるなら気にしねぇ。だがな、これだけは肝に銘じておけ」


「なんでしょうか?」


「俺たちは仕事仲間だが、友じゃねぇ。どんなに親しくしても、状況によっては今日の仲間を、明日殺すこともある」

「……はい」

「だが、そんなことにならねぇかぎり、頼りとしたいんだよ。だから、無駄に差別したりしねぇ。恨まれて、戦闘中に背後から襲われちゃ敵わんからな、がはははは!」



 そう言って、私の身体が地面に埋まるくらいの勢いで肩を二度叩きました。

 私は鍛練場を見回します。


 異種族が交わる場所。

 彼らが活躍する場は戦場。だから、背後に無用な憂いを背負いたくない。

 親しくする気はないけど、最低限の関係を保ちたい。


 そんな奇妙な仲間たち。


 私は皆さんを瞳に映します。

 パーシモンさんはその様子を見て、自分たちがどういった関係であるべきかを、私が理解したと判断し、大剣を構えます。


「さて、鍛練再開だ。ディケードの旦那ほどじゃないが、俺も厳しいぞ」

「はい、お願いします!」

「良い返事だ! さぁ、基本を教えてやるからかかってこい!!」

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