第一節 私が大きくなったのかプリンが小さくなったのか
ここに来るのは実に10数年ぶりだからか、駅前の最終決戦の跡地以外ほとんど見覚えのないほどに変わり果てていた。ただし変わっていったのは建物だけな様で、道は多少舗装されていたが直感的に歩くことができた。もうなくなってしまったかと思ったが、存外しぶとく残っていたようだ。駅から思い出に沿って歩くこと20分弱、「喫茶店マリー」CLOSEとの看板が立っているがそれを無視して中に入る。カランカランという心地の良いベルが扉の開閉につられて鳴く。すると音に気づいた店主が「お客さん、非常に申し訳ないんですが本日まだ開店してないんです。11時半からなので…」と準備中の旨を伝えに来る。が私を見るなりまるで幽霊でも現れたんじゃないかってぐらい驚いて目を丸くして驚いている。「お前…帰ってきたのか。」
「オジさん…ただいま。」
ここの店主の正体は私の行方不明の父親の親友である、私が物心ついた時には父親がもういなかったため、実質父親代わりでもあった。オジさんはとてもいい人だ、書置き一つを残して私と母の元から去った父親とは大違いである。ただそのことについて父親を憎んでいるかと問われると、(知らない人に知らない間に置いてかれたようなものなので)何とも言えないのだが、まぁそんな私たちに喫茶店で働く仕事、住む場所、美味しいプリンやメロンクリームソーダをくれたオジさんには本当に感謝している。すこし物思いにふけってお互いに沈黙が流れたが、オジさんはその間にも私をカウンター席の端っこ(お客さんが来る前によく使ってご飯を食べていた)に誘導してくれた。そしてキッチンに引っ込むとプリンをもって帰ってきた。「これ、好きだっただろう?開店時間…今日は遅らせるから少し話そうじゃないか」と言って店の扉に張り紙をしに行った。プリンは相変わらず冷やしたガラスの皿の上に平ぼったく盛られていて、皿をつつくたび照明が反射して
その後も他愛のない会話を続ける、母さんのこと、仕事の事、くいっぱぐれてないか、なんかのよくある世間話だ。そういった話はたまにはこちらから切り返したくなるもので、「そういうオジさんこそ、最近どうなのさ?この町ももう少しで復興が終わるだろう?ヒーローの影響力にあやかろうとしたりはしないの?」何の変哲のない疑問だと思った。この国は昔っから少々自虐的な商売をしがちな節があると勝手に思っていたからだ。ヒーローである彼や彼と敵対していたあれらの怪人の影響力にあやかろうとするのは当然だと思った。実際来る途中にはヒーローお焼なるものがもう既に存在していた。心底、商魂たくましいなと感服したものである。だからこそ、そういった売り方をするものなのかな?と疑問に感じただけ、それだけであったのだが。オジさんの顔色はそこまでいいものではなかった。何か躊躇うような、困ったようなバツの悪そうな顔でオジさんは、「彼についてどう思う?」と聞いてきた。「格好いいと思うよ。彼に初めて助けてもらった時のことを今でも覚えてる。情けないことにお礼も言えずにそのあと警察に保護されたけどね。」と素直に答えた。そうか、とオジさんは笑っていた。その後しばらく沈黙が続いた、お互いにこの時間を噛み締めるようにゆっくりと沈黙が続く。プリンの皿が少し温まるほどに時間が経つと、オジさんは沈黙を破った。「お前に話しておかなきゃいけないことがある。大事な話だ。」「どうしたのさ、急に改まって。」いつになく真剣なオジさんの顔に気おされながら答える。
「お前の父親の話だ。」瞬間空気がヒリつくのを感じた。物心ついてからずっといなかった父親の話だ。理性で身構えた。心が身構えられたかは定かではない。オジさんは言葉を続けようと息を吸い込む。重苦しく、それでいてしっかりとした意思のある呼吸だった。そして私は耳を疑った。
「お前の父親は、ヒーローだったんだよ。」
結局どう身構えていても死角からの一撃は避けられないもので、「は?」と素っ頓狂な声でその一撃に抗う他、私はそれを受け止める術を知らなかった。
「これを…君に渡すように頼まれていた。」
そういってオジさんは古い手記と青錆びた鍵をくれた。
「手帳はここで読むといい、誰かいれば今日はお客さんがやってくるかもしれないからね。」
とだけ言って。オジさんは店を開ける準備をしに行ってしまった。残された私は唐突に突き付けられたこの話をどうやって咀嚼したものか図りかねていた。
口の中にはまだ少しだけプリンの甘さが残っている。
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