第42話

 しんしんと雪が降る夜のことです。年の瀬をむかえた田舎町は、音が全て雪と闇に吸い込まれてしまったかのように静まりかえっていました。つい、さっきまでは。


「えいーぶっしゃ!」

「なにそれ、クシャミ?」

「クシャミも出るでしょうよ。はー、こんなに寒かったっけ」


 マツリは取材と火傷の湯治と休暇を兼ねて、タマキと共に母方の実家がある秋田を訪れていました。トーキョー・クリスマス・ビートではそれなりの成果をあげたものの、結局はジュンの新曲の映像を客席から撮っていた茉本が最大のページビューを稼ぎました。それでもマツリの仕事ぶりは認められ、紙面組への推薦も提案されましたが、彼女はそれを辞退し、ウェブメディアチームに残ることにしたのです。


 その取材のためにタマキは雪だるまと見紛うばかりの厚着をしていましたが、マツリはそうもいきません。高機能防寒インナーを着ているものの、その上には藁で作った衣装しか着ることができないのです。

 小さな神社で儀式を済ませたマツリは地元青年会の数人と一緒に雪が降り積もった暗い田んぼ道を黙々と歩いていました。タマキもはじめはその様子を撮影していましたが、代わり映えしない映像しか撮れず、本番までメモリを温存することを決めてからはただただマツリの横を歩いていました。


「久しぶりなの?」

「あーっとね、お母さんの実家があるから年末は来るのが恒例みたいになってたらしいんだけど、アタシがちっちゃい時にギャン泣きしちゃったみたいで」

「行きにくくなっちゃったんだ」

「いや夏には結構来てたよ。釣りとかしてた」

「泣いちゃったのってやっぱり……」

「そ。これ」


 マツリは右手に持っていたものをひょいと上げました。それは大きなお面でした。2本のツノとキバがあり、そして真っ赤な色をしたナマハゲのお面です。しかし恐ろしいかと言われれば一概にそうでもなく、大きい鼻や塗りがズレた目元と口元、それになんと言ってもダンボール丸出しの素材感がどこかユーモラスでもありました。


「いくら子供でもそれで泣く?」

「子供には怖いんだって。でも昔ナマハゲに会ってたことなんて、つい最近まですっかり忘れてたなー」

「もしかしたらそのおかげでさ、正しい事がしたいって思える人になれたのかもね」

「え? ちょっとタマキ、アタシそんなこと言ったっけ?」

「やっべ。あ、マツリちゃん、民家が見えてきたよ」

「おい誤魔化すな、アタシいつそんな恥ずかしいことを? おい」

「さあ準備してー。お面結んであげるから口も結んどけー」

「おい、タマキ、もがー!」


 タマキはマツリの手から素早くお面を掠め取り、背後に回って紐を結びました。あっという間にナマハゲの完成です。マツリのように細い体格でも、ケデと呼ばれる藁の衣装を身につけるとそれなりの体格に見え、タマキは思わずカメラを構えました。


「おおー、思ったよりもずっといい感じだよ!」

「後で絶対話しなさいよ」

「柴灯さん!」


 青年会の男性が小走りで近づいてきます。なかなかの高齢ですが、雪道などまるで苦ではないと言った軽い足取りでした。


「えさあがっでいど。こごろのずんびでぎでらすか」

「はい、大丈夫です」

「だどもおもしぇごどおもいづぐもんだなー、おらだばおなごのナマハゲはずめでみだー」

「アハハ、アタシも見たことないです。取材に協力していただいてありがとうございます」

「なんもだすー。そんだばがりっとやってけれっす!」

「任せといてください、なんたってホンモノ仕込みですから!」

「ホンモノ?」


 男性は少しだけ不思議そうな顔をしましたが、笑ってマツリを先導し、民家の前までやってきました。タマキのカメラの準備ができたことをアイコンタクトで確認して、とびきり冷たい空気を肺の隅々まで行き渡らせると、いよいよ本番の始まりです。


「オオオ……! オオオ……!」


 マツリが低く唸りをあげました。青年会のみんなは感心した様子でそれを眺めています。唸り声は次第に強くなっていきました。家の中で小さな足音がぱたぱたと鳴り、早くもぐずる声が漏れ始めています。

 唸りを上げながら考えていました。正しい事がしたい、なんていうのは大袈裟かもしれない。でも心の指針としてなら悪くないものだろう。それがこの行事で身につくのなら。ドアに手をかけ、できるだけ乱暴に、できるだけ音が鳴るように開けました。そして遠くの山まで届きそうなほど強く叫びます。


「ナマハゲ来たど!」




【子供を見つけた!】

【また発見!】

【みんな泣いちゃったから早めに説教モードに移行した】

【時代が時代なので、早め早めの撤退……】

【笑ってるタマキにお面をかぶせた】


「……ハハ。バカけ」


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東京神鬼 ひぐちK @higuchinovel

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