第28話
「これじゃ宮古さんが入ってこれませんよ!」
「鹿又、出入り口が塞がれた。パーントゥは戻していいど」
《大丈夫なのか、ナマハゲ》
「手間はかかるべども、問題はねぇべ」
「強がりやがって神サマよお、そんなところに立ってちゃ行儀悪いだろうよ。とっとと降りな」
車の屋根が変形する。複数の小さな金属の鎌が脚を薙ぎ払う。ナマハゲは反射的に跳ね、すんでのところでそれを回避して車から飛び降りると、即座に着地地点から鋭いコンクリートの鎌が飛び出した。
「バァーカ!」
ナモミツキの嘲笑。ナマハゲはそれをしたたかに踏み抜く。だがその刃が彼を傷つけることはなかった。逆に踏み砕き、紫の煙が上がる。するとナモミツキの苦悶の声がどこからか響いた。
「自己紹介だったのか?」
「クソが!」
途端にナマハゲの脚が複数箇所切れた。今度は鎌が見えない。傷は小さいものの確実にダメージはある。その場から飛び退いて柱に手をつこうとすると、そこから再びコンクリートの鎌が飛び出した。だがやはり砕く。握って砕く。先程と違うのは煙が上がらなかったことだ。
「ひとつ覚えめ」
ナマハゲはしばし手の中のコンクリート片を眺め、それを豆まきのようにばら撒いた。するとその破片はナマハゲから離れたところでズブズブと床に染み込んでいく。
「そこ!」
鎌が沈み込んでいった地点に飛びかかって床を殴りつける。しかしそこは既に本物のコンクリートに変化していた。
「ハハ、なかなか機敏じゃねぇか。気に入らねぇ」
「ナマハゲさん、迂闊に動かない方が」
「なんも。分かってきたど。大したことねじゃ」
「ほざけ!」
床を殴りつけた腕に数カ所切り傷がついた。今度は鎌を捉えることができない。
「奥に行けよ。もう1匹がくる前にズタズタにしてやるからよ」
「なんも分かってねな。んがだばただのしょわしねあぐだれじゃっぱだびょん」
「ハァ? なんつった?」
ナマハゲは1歩、また1歩と駐車場の奥へ向かっていく。
「おらさ小さな傷をつけて悦に入っていればいい。せいぜい見つからないようにしろ。悪い子がナマハゲに見つかったらどうなるか……」
右腕がメラメラと音を立てて燃え上がる。炎はナガサとなって力強く握りしめられ、仮面からは圧縮された蒸気のような息を吐き出した。
「たっぷりと味わえ」
ナモミツキからは全てが見えている。広い駐車場内の全てを。壁に、床に、天井に目があり、ナマハゲの動きが手にとるようにわかる。
一方で相手からはナモミツキを見つけられない。壁を、床を、天井を薄く覆うように伸ばした体は気配を散らし、しかもその全てに注意を払わなくてはならず、さらに本体となる疫霊が宿った人間は隠されている。
そして伸ばした体は変化できる。触れているものであればどのような性質も再現できるのだ。コンクリートのような無機物だけでなく、人間のような複雑な生物も作り出すことができ、いつでも体に戻す事もできる。しかもナモミツキが作り出したものであればその形状を変化させることも可能だった。どこからでも飛び出すコンクリートの刃は素早く動き、ナマハゲを苦しめている。注意する点があるとすれば3つだけだ。
ひとつ、体を変化させすぎること。ナモミツキではなくなった体はダメージを受けることはないが、その分だけ体積が減り、少しずつ力が落ちる。変化させた自分の体はしっかりと回収し、再びナモミツキの体としなければならない。
ひとつ、攻撃は素早く行うこと。変化させた体を動かすにはナモミツキの体で作った軸が必要だ。人間でいうところの筋肉のように。それを攻撃されればダメージを受ける。鎌を踏み潰されたときのように。攻撃して、素早く引っ込む。これを徹底すれば一方的に嬲ることができる。
ひとつ、本体を隠し切ること。本体さえ見つからなければナマハゲはいずれ疲弊し、精神をすり減らし、殺すことができる。時間はいくら使ってもいい。決して見つからず、少しずついたぶり、確実にナマハゲを消す。
この点さえ押さえておけば何も問題はない。ナマハゲは一歩一歩駐車場の奥へと歩んでいく。ナガサで軽く床を叩き、柱を叩き、車を叩きながら注意深く。出入り口が封じられたためなのか、雨音もほとんど聞こえない。ナマハゲの足音と刃物がそこかしこを叩く音だけが密閉された空気を振動させている。
「なにが『せいぜい見つからないようにしろ』だ。どこにいるのか見当もつかないだろ」
静けさの中に空気を裂く小さな音。足元から、天井から、それに車から一度に鎌が迫る。そのうちの半数はナガサによってぶった斬られるが、残りの半数はナマハゲに傷をつける。マツリと息が合えば全てを叩き切ることもできるのだろうが、とても人間が反応できる速度ではなかった。もう一度。さらにもう一度。ダメージは確実に蓄積していき、藁の装束が赤黒く染まっている。
「ナマハゲさん、スミマセン、力になれなくて……」
「大丈夫だ。おらには鎌は全部見えてら」
「なるほど、見えない鎌がそんなにイヤか!」
途端にふくらはぎを複数箇所切られて血飛沫が飛ぶ。見えない。どこから飛んできたのかさえ分からない。ステップして振り向くが、再び切られた。
「自分から弱点暴露するとかさぁ! やっぱりバカはお前だぜ!」
「あぁ......くそ! なんで!」
マツリの声には動揺の色が強く出ている。それに、苛立ちも。後山のナモミツキに比べれば苦痛自体は大したことはない。それでもあまりにも一方的で、対抗できる手段がまるで見えてこないのだ。
「落ち着けマツリ。あの見えない鎌は明らかに威力が低い」
「そんなこと言ったって、あれ速すぎてどうしたらいいのか……」
「だから落ち着けって言ってるべしゃ。あいつはタネを自白したど」
「え?」
「だどもま、ひとつ力を合わせてみるのもいいべな」
ナマハゲは見えない鎌を回避するように身を翻しつつ移動するものの、その間も絶えず見えない鎌が襲いかかる。その合間を縫うようにコンクリートや金属の鎌が飛んでくるが、見えない鎌にリソースが割かれているせいなのか量が減っており、ギリギリで対処することができた。そして柱を背にして右手のナガサを肩に乗せ、左手をやや前に出し、次の攻撃を待ち構える。その息遣いはやや荒い。ダメージは確実に蓄積している。
「アホだぜ、コイツ」
ナモミツキは暗闇の中でひとりごちた。ついに訪れた最大のチャンスに胸が踊る。見えない鎌を嫌うあまりにとったその愚行。柱を背にすれば見えない鎌を捉えやすくなるだろうという浅い考え。見えない鎌に気をとられるあまり、その柱がナモミツキの一部だということが完全に頭から抜けているのだ。静かに、そしてゆっくりと、ナモミツキの気配を感じさせないように柱を変形させて鎌を形成していく。狙うはナマハゲの首。その刃はより大きく、より鋭く研ぎ澄まし、一撃での決着を狙う。
ナマハゲはいまだ柱に背を預けたままだ。柱に血が滴っているのを感じるが、一方で何か動きがあれば即座に反応しそうな張り詰めた空気を纏っている。首への一撃さえ通れば決まりとはいえ、それに反応されるのではないかという不安がよぎる。それでも手がないわけではない。いまだに全く対応されていない見えない鎌を囮に使うのだ。
柱からゆらりと紫の煙が湧き出し、すぐに無色透明に変化していく。ナモミツキは触れたものに変化でき、それを変形させられる。見えない鎌とはすなわち空気の鎌だ。威力は弱く、使うたびに霧散してしまうため回収しにくい。コントロールできる時間も短い。床や壁に近い部分しか変化させられないため狙える場所が限られ、そもそも狙いを定めにくい。だが、対処はされない。これによってナマハゲを追い詰めることができた。本命の鎌が狙うのは首の左側。右側は担いだ刃物が邪魔だ。空気の鎌で右肩を突き刺し、それに反応しているうちに首を狩る。これが最終的なプランとなった。
ゆっくりと形成されていた左の鎌が完成する。今までのどの鎌よりも大きく、そして鋭い。ナモミツキは意を決して空気の鎌を振るった。右肩に突き刺さり、ナマハゲが反応。顔がやや右を向き、首の左側がガラあきだ。
「取ったァ!」
すかさず本命の鎌が走る。それが当たる前からすでに手応えを感じていた。首の皮を裂き、肉を裂き、血管を裂き、骨を裂き、一瞬の絶叫と共にナマハゲが絶命する、そんな未来が見えていた。そしてナマハゲは絶叫する。
「ハイシター!」
「ハイシター!」
マツリとともに。本命の鎌はナマハゲの左手によってガッチリと掴まれている。その刃を握った指からは血が滴っているが、首は無傷だ。
「本当に首狙って来た!」
「言ったべ!」
「くそ! 変化を……」
遅かった。マツリと息があったナマハゲの瞬発力は圧倒的だった。動かすためのナモミツキの軸が残っている鎌を力強く引っ張られると、柱を覆っていた体が、天井を覆っていた体が、床を覆っていた体が、テーブルクロスでも引き抜くかのようにいっぺんに剥がされていく。すかさず右手に持ったナガサで切り刻むと大量の紫煙が発生し、同時に塞がれた入り口の方から苦悶の叫びが聞こえてきた。そちらへ向けてナガサを投げる。引き剥がされた薄っぺらい体を突き破り、入り口の壁に突き刺さった。あたり一面が再び胃袋のように脈動する。
「クソ! クソォ! なぜ!」
「おめは単純でねが。逃げようとすれば行く手を塞ぐ。効果がある手段に頼って決着を急ぐ。隙を見せれば素直にそこを狙うに決まってらしゃ。臆病者らしくコソコソしていればまだ戦えただろうに」
「勝ち誇ってんじゃねぇぞ! 『見えない鎌』をどうしようもねぇクセによ!」
「それもだ」
「アァ?」
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