第22話
「アカツキスタジアムでフェスだと!」
「それもクリスマスぶち抜きで?」
「面白いじゃない、それ」
茉本、市河、聖がそれぞれ反応を示した。誰一人としてオニ部隊の動向を全く掴めないまま迎えた会議はすっかりマツリの持ってきた話題に飲み込まれている。しかしタマキだけはニマニマとしてその様子を見守っていた。
「どうします? 後山追っかけます?」
茉本はマツリの簡単な企画書を凝視している。数回読み返して息を吐き、彼女に厳しい視線を向けた。
「柴灯、ウラは取れてんだな?」
「もちろんです」これ以上無いウラがある。
「掴まされてんじゃねぇだろうな」
「確かです」手渡されたのだ。
「ちょっと待っとけ」
茉本が部屋を飛び出す。本誌に確認を取りに行ったのだろう。彼の中では掲載する方向で考えているはずだ。それから随分と時間が経ち、好きなミュージシャンの話を咲かせていたところに茉本が戻る。ドアが壊れそうなほど強く閉められた。
「ありゃダメだ」
「そんな気はしてたけどねぇ」
市河と聖をはじめ全員がすぐさま察する。茹で蛸のようになった顔に言葉は必要なかった。マツリの顔が引きつる。ここで掲載できなければ作戦に影響してしまう。
「聖! 昼に間に合わせろ! ウェブに載せる!」
「却下されたんじゃないのぉ?」
「確証がねぇってよ! あるっての!」
「いや無いじゃないスか」
「俺の直感が載せろって言ってんだ! 責任は俺が取る!」
暴れるような身振り手振りで茉本が啖呵を切る。マツリとタマキが顔を見合わせ、小さくサムズアップを決めた。
「だが記事は市河に任せる!」
「オレぇ? 柴灯のネタじゃないっすか」
「そうですよ! アタシにやらせてください!」
立てていた親指を自分自身に向けてマツリが茉本に詰め寄る。しかし彼は両手を横に開くようにしてそれをいなした。
「いいか柴灯、お前のネタは信じる。だが情報は限られているし、それを短時間で注目される記事に仕上げるのは市河の方が上手い。実績もある」
「ぐ……でも!」
「その代わりお前には他の事を任せる! 絶対に失敗するな!」
人差し指をマツリに突きつける。彼は上気し、その指からも湯気が上がりそうなほど鬼気迫っていた。
「何をしたらいいんですか?」
「いいか、勝手に記事をアップすることは出来る。だが上がそれを取り消すのは簡単だ。だから一人、誰か一人でいい。出演者を突き止めて言質とって来い!」
マツリは答えに窮した。もし言質をとってしまえばそれは確定した情報になってしまう。そうなれば発表したも同然になってしまい、東京の外からも多くの人が集まってしまうだろう。むしろすぐに記事が消えた方が反響のテストとしては都合がいいのかもしれない。
「どうした? 出来ないなら俺がやるぞ」
「いえ! やります! アテがあるんです!」
「よく言った! お前に任せる!」
「オス!」
だが、腐っても記者なのだ。利用されているだけとはいえ、間違いなく自分で取ってきた特ダネなのだ。それを世に出すからにはしっかりと出す。簡単にひるがえしてはダメだ。それが記者としての矜持というものだ。そんな考えがマツリに拳を握らせた。
「で、私に聞きに来たってワケか」
12時が近づくALICEプロダクションの小さな応接間で膝をつき合わせていたのはマツリとタマキ、それにジュンと牧村だ。事情を説明して恐縮しきりのマツリ、事情を聞いてコメカミを押さえる牧村。それ以外の二人はリラックスした様子だ。
「ウチの柴灯がご迷惑をおかけしまして」
「いいよいいよ、私もマツリと話したかったんだー。君がタマキ?」
「はい。
「いいっていいって、マツリの友達でしょ? 私とも友達になろうよ、敬語はナシ!」
ジュンはおどけた様子で大きくバツ印を作った。タマキはそれに笑顔で応じる。
「オッケー、じゃあジュンちゃんは何か知らない? 誰が出るとか」
「うん、私も出るよー」
「オイィ!」
おどけた様子で大きくマル印を作るジュンに対してマツリと牧村が同時に声をあげた。
「ジュン、そんな簡単に言っちゃって大丈夫なの?」
「なに? 聞きたかったんじゃないの?」
「あのなぁ、お前がどうしてもって言うから通したけど、それはダメなんだって」
「でもさぁコウヘイくん、マツリたちもう知っちゃってるじゃん。イベントのこと」
「聞かれたときの対処マニュアル読んだだろ?」
「大丈夫だって。書かないでって言えば書かないでおいてくれるよ。でしょ?」
「でもある程度は書かせてもらわなきゃだよね」
「そうなぁ……」
「えー」
ジュンの一言で現場は一気に混乱の渦に飲み込まれた。マツリの胸中は複雑だ。これで記事の撤回は防げる。一方でここまでハッキリと出演を明かされるとは思っていなかった。ぼやけた情報さえ出てくればそれで十分だったし、聞けたところでその程度のものだと考えていたのだ。こうなればあとは牧村のブレーキ能力にかかっている。その一念で彼がどう動くかを見守っていた。
「イベント開催に関する記事は出ちゃうんですよね?」
「はい、間もなくかと」
マツリは腕時計を見た。まさしく間もなくだった。長針と短針は重なりつつある。
「であれば各所もすぐに知ることになりますね」
「まぁ、その記事が信じられるかは分かりませんけど」
「いえ、それは関係ないでしょう」
牧村はこめかみに手を当てて何やら考え出す。マツリはその様子を固唾を呑んで見守る。ジュンからお菓子の入った皿を差し出されたタマキは嬉しそうにチョコクッキーを選んだ。
「柴灯さん」
「はい」
「その記事の発表の時間をこちらで指定させていただければ、特ダネを差し上げられるかもしれません」
「マジですか!」
「ジュン、演技力の見せ所だぞ」
「おーん?」
クッキーを頬張ったジュンが気の無い返事をする。だが牧村の瞳には確信が宿っていた。
その日の夕方。イベント開催の記事はまだ発表されていない。茉本からは相当怒鳴られたがギリギリのところで記事を止めることができた。
「ねぇマツリちゃん、なんか同業者少なくない?」
「こんなもんでしょ。好都合好都合」
やって来ていたのは電気街のパソコンショップ。ジュンがマイチューブ活動でよく使っていた周辺機器の新モデルが出たので、その販促ミニイベントが行われていた。ちょっとしたトークショーがあるくらいで、それ目当てのファンが押しかけていたが許可を得た人以外の撮影は禁止。数人見かける記者らしき人物はアイドル系情報サイトのもので、あくまでもこのイベントのレポートが目的だろう。ファンたちの後ろからスチルカメラを構えている。そんな中でマツリたちは人だかりの前に陣取り、ハンディカムを構えてタイミングを見計らっていた。
「みんなありがとー! なんか買ってってねー!」
トークショーを終えてひらひらと両手を振ってステージを後にしようとするジュンの視線がマツリと交錯する。今だ。
「宇枝さん! 週刊トピックです! クリスマスはどのように過ごす予定でしょうか!」
マツリが手をあげてお決まりの質問を投げかける。同時にタマキがハンディカムを回し始めた。司会をしていた牧村がそれを咎めるが、ジュンは「いいよいいよ」と受け入れて質問タイムに入る。
「いいこと聞くねぇ記者さん。実はね、クリスマスにはみんなにプレゼントがあるんだよ! どんなプレゼントか聞きたーい?」
誰かが指揮をとっているかのように「聞きたーい!」という揃った声が店内に満ちた。ジュンはそれが聞こえていないというようにファンを煽ると、さらに大きい「聞きたーい!」が響く。
「タマキ、連絡して」
「はいよー」
タマキは片手で携帯電話を操作し、あらかじめ作成していた短いメッセージを送信した。それからブラウザを立ち上げて週刊トピックWebのアナリティクスを開く。
「それじゃあ発表しまーす。みんなへのクリスマスプレゼントはー、新曲だよー!」
地鳴りのような歓声が上がった。牧村は目元をおさえて想定外の事態であるということをアピールしているが、それが演技であることは注目していればすぐにわかる程度の大根演技だ。一方でジュンの方はというとファンの歓声でテンションが上がって浮かれてしまった感じを見事に演じている。
「しかもね、そのステージが凄いの! なんと――」
「ジュン! だめだめ!」
牧村が慌ててジュンを止める。彼女の動画配信ではよくあるお約束の展開で、それを生で見れたことに再びファンが湧く。マツリはその賑わいに負けない声を出すべく大きく息を吸った。
「宇枝さん! 実はクリスマスに大きなイベントが開催されるとの噂があるのですが! 宇枝さんも出演されるのでしょうか!」
その質問にファンが一斉に「おぉー?」と反応した。マツリは快感のような、くすぐったいような、奇妙な感覚を覚える。ジュンはずっとこんな感覚を味わい続けているのだろうかと頭の片隅で考えながら反応を待った。
「ありゃ、そんな噂があるの?」
「なんでもアカツキスタジアムで音楽フェスが開催されるとか」
再びファンの歓声が湧く。しかし今度は揃ったものではない。そんなことは聞いたことがない、とても信じられないといったどよめきだ。
「それ撮ってる?」ジュンがハンディカムを指差す。
「はい、許可はいただいてます」
「オッケー! アップアップ!」
タマキが要望通りズームで捉える。ジュンはそれを待ってファンに呼びかけた。
「みんな、クリスマスの予定は空けておいてよね! じゃないと……」視線をカメラに向けて指差す「後悔しちゃうよ!」
今度の歓声まではやや間が開いた。彼女の言葉の意味をどう捉えるべきか迷ったのだろう。しかしすぐに大きなうねりとなり、それに包まれながらジュンはステージを後にした。マツリは牧村を見る。ごく小さな頷きが返ってきた。
「よっしゃ! 送れタマキ!」
「アイアイサー!」
撮影データを会社へ送信。言質は取っていない。しかし裏付けとなりえて、それでいて注目を集められる映像だ。これを見せれば記事を取り下げることには慎重にならざるを得ないだろう。
かくしてアカツキスタジアムでフェスが開催される噂を伝える記事は取り消される事なく公開された。出だしこそ悪かったものの、イベント参加者のSNSと照らしあわされると注目度は急上昇。翌日、懐疑的な見方が多い中でジュンの映像が発表されると爆発的な反響があり、フェスの真偽が取りざたされ、各所への取材が相次ぎ、テレビでも多く取り上げられた。その間、ジュンの映像は何十万、何百万と繰り返し視聴されていた。
数日経ち、話題がやや落ち着きを見せた頃、トーキョー・クリスマス・ビートの開催が大々的に公式発表された。12月22日の正午の事だった。日本列島が揺れた。ある者は熱狂し、ある者は涙を飲んで配信チケットを買った。週刊トピックウェブメディアチームDの面々の緊張もようやく解けた。映像の中でジュンが言っていた「後悔しちゃうよ!」がミーム化し、アカツキスタジアムではカウントダウンオブジェがお披露目され、出演者情報第一弾PVが発表された。名だたる有名ミュージシャンが華々しく紹介され、その中にジュンも名を連ねていた。彼女はすでに、ある意味でトーキョー・クリスマス・ビートの顔のようになっていたのだ。
出演者は数時間置きに発表され、その度にトレンドを埋め尽くす。開演24時間前にはスタジアム周辺に人が並び、それを待っていたかのように治安維持の名目でオニ部隊が投入された。それが別の熱を呼び起こす。トーキョー・クリスマス・ビートは彼らが出張るほどのイベントであるということが証明され、また彼ら自体を目当てに人が集まった。あらゆる点で規格外のイベントはオリンピックの記憶を呼び起こすほどの熱狂を生み出し、瞬く間に時間を燃やし尽くす。
そして12月24日がやってきた。
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