第19話
「それで、データというのはどのような?」
ペンをくるりと回して気持ちを切り替える。この話題に関しては専門ではないせいなのか、やや長く考えてから話し始めた。
「彼らはナモミツキ特有の何かが無いかと考えていたようです。例えば動作や声色の変化、身体的な特徴、行動基準。僅かでもナモミツキではない人間と違うものがあれば、それを捉えるシステムを構築したかったのです。後山は取調べだけではなく、それに関するテストも複数受けていました」
「ずいぶん内部情報に詳しいのですね。あなたもオニ部隊なんですか?」
「いいえ、協力を要請された組織から遣わされた者です」
「なんという組織ですか?」
「外部の『専門家』とでもしておいてください。話を続けても?」
マツリは一応は納得したというように頷いてどうぞと手を差し出す。
「特別監視機動隊……オニ部隊でしたか? 彼らの働きを近くで拝見したことがあります。12月に入ってからは彼らと連携してナモミツキの動向を追っていました」
オニ部隊がナモミツキに関わっている。それは台帳によってほとんど確信していた事だが他人の口から聞くと現実感が違う。マツリは唾を飲んで次の言葉を待つ。
「はじめは発生した事件に対処する形でしかナモミツキを見つけることができませんでした。誰が、いつ、どこでナモミツキとしての力を発露するのか、それを見極めることが出来なかったからです」
「出来なかった……出来るようになったので?」
「はい。どうやったと思いますか?」
虚を突かれた。自分が質問される側になるとは思っていなかったマツリは脳内の別の回路を急いで動かす。
「えと、気配を感じる……違うか」
「映像解析というものだそうです」
「それって、AIの?」
「いかにも。門外漢ですので詳細は分かりかねますが、彼らは映像からナモミツキとなった人間を割り出すことが出来るようになりました」
マツリは前のめりになり、ペンを持つ手に力が入った。
「申し上げた通り、はじめはひたすらに後手後手でした。私も事件の情報を統括する部屋に籠らされ、その中からナモミツキが関連しているであろう事件の現場に赴き、確保する。ひどく効率の悪いものでした」
「方相氏は一人だけなんですか?」
「いえ、東京の神職の方にも数名ご協力いただきました。私はその責任者のようなもので」
「なるほど。すみません、続けてください」
灘儀は頷き、ぐっと背筋を伸ばした。
「しかしそうして1人確保すると、彼らが直前に取っていた行動を洗うことができるようになり、ナモミツキの『現物』を観察することもできるようになります。3人も確保するとデータの精度はずっと高まったようです。さらに我々が残していた古いナモミツキの記録を照らし合わせ、それらを学習データとすることで映像からの判別が可能になりました」
「映像というのはつまり、監視カメラや警察のドローンの映像を見るだけでナモミツキかどうかが分かるということですか? テロリストのような犯罪者を見分けるのと同じように?」
「そうです。一般人との僅かな動きの違い、判断基準の違い、反射的な反応、そういったものからナモミツキである可能性を5段階で評価できるようになっていたようです」
「そんなことが……」
「とはいえまだまだ漏れもあったようですが、後山に関してはマンションの事件が発生した時点ではナモミツキとなることが予測されていました。そのため監視を続けられ、力を発露するのとほぼ同時に捕らえることができています」
初耳だった。マツリのペンが止まる。
「ちょっと待ってください、後山は傷害の容疑で逮捕されたはずですけど」
「それ自体は間違いありません。そもそも警察は事後にしか動けませんから。後山の場合は早朝の繁華街でトラブルを起こしたことで確保しました」
マツリは手帳をめくり、茉本キャップがまとめた「特別監視機動隊が目撃された場所・時刻における逮捕者・動画」の情報を確認する。後山とおぼしき情報にはこう書かれている。
【傷害被疑者 男(28) ちっさいオッサン 4時ころ】
補足情報にある「ちっさいオッサン」とは、あのナモミツキの能力によって小人間にされた人物のことだったのだろう。
「後山は繁華街であの、ムカデみたいな姿になったということですか?」
「いいえ、あの時はそうなる前に対処できました。ナモミツキは特定の条件下では人に潜んだままその力の一部を発揮できます。それが仇となってしまいました」
「仇に?」
「あまりにも早い段階で確保してしまったので、我々は後山のナモミツキの力を『人間を小さくする』ものだと誤認してしまったのです。実際には『人間を自らの手足とする』力だったのにも関わらず。それも、傷をつけるだけで。一度に何人でも。それが今回の事態を招いた発端です。出現するナモミツキの力は日に日に強まっているというのに……甘かった」
灘儀の声が沈んでいく。話が戻ってしまった。マツリは軌道修正を試みる。
「それはともかく、早い段階でナモミツキを見つけられるようになったんですよね? それならやはり情報公開した方が安全で、しかも警察も動きやすくなりそうに思えるのですが」
「情報を公開していなかったのは、過去の話ですよ」
「はい?」
「オニ部隊は近く、これを明らかにします。もちろんナモミツキがどうのということを公開するわけではありません。犯罪者を事前に拘束するという名目で、オニ部隊をおおっぴらに配備する予定です」
マツリの汗腺が全て開いた。手のひらは既に汗にまみれている。情報を開示することに賛成ではあったが、それと共にオニ部隊を積極的に運用することはまた別の話だ。
「そんなこと出来るはずがない。彼らの監視活動におけるプライバシーの侵害問題だけを取ってもいまだ根深いものです。それを無視して……オリンピックでもあるまいし」
「オリンピックと同レベルとは行かずとも、そのような巨大で、話題性があり、厳重な警備を行う必要があるイベントを用意してしまえばいいんですよ」
荒唐無稽な話に首を捻った。そんなレベルのイベントならメディアが掴んでいないハズがないのだ。
「そんな大規模なイベントの情報は何もありません。偽の情報を掴まされているんじゃないですか? それに、仮にそんなイベントがあったとして、それが終わってしまえばオニ部隊を配備する大義名分は無くなります」
「そんなものは必要ありません。ずっと配備するつもりは無いのですから。ただの一度だけでいいんです」
灘儀は大きな目をマツリに突き刺した。
「柴灯さんは禍孔をご存知ですか?」
「ナマハゲさんから聞きました。えっと、狭間の疫霊がこの世に降りて来やすくなる穴のようなものです。よね?」
『んだ。ちゃんと覚えでらねが』
「ウス!」
「それならば話が早い。この東京には既に複数の禍孔が出現しました。明らかに開きやすくなっていて、このまま放置すればナモミツキによる被害は増える一方です。しかも開いている時間は短く、それ自体に対処することは難しい。となれば、新たな禍孔を開かせないことが肝要です」
「いったいどうすればそんな事が?」
『バカけ。言ったべしゃ』
「え、そうでしたっけ?」
ぽかんとしているマツリとため息をつくナマハゲ。灘儀は咳払いをして続ける。
「禍孔は幽界の側と顕界の側、両方の疫霊の力によって穿たれます。我々に出来ることは顕界の側の疫霊やナモミツキの力を削ぐことです。それによって新たな禍孔の出現を防ぐ事ができるのです」
「あ、聞きました、それ……」
「オニ部隊はナモミツキとなる人間を見分けられるようになりました。ナモミツキがその力を発露する前に捕らえられるという事です。今回はデータを集めるために完全に祓うことは後回しにしましたが、次からは見つけ次第祓います。私と、パーントゥ様。それに、もしご協力いただけるのであればナマハゲ様とで」
『まどろっこしいごど。おらもやるに決まっでらべ』
「おお……! なんという……!」
灘儀は感激に打ち震えるように立ち上がって深く頭を下げ、感謝の言葉を垂れ流し続けた。それはナマハゲが早く続きを話すように促すまで続いた。
「ええと、それでですね、オニ部隊によるナモミツキの検知と捕獲を十全に行うには一度に大量の人間を、オニ部隊に行動の制限を可能な限りかけずに行う必要があります。そこで多くの人を動員できて、同時にオニ部隊が必要とされる状況を作り出す事が求められたというわけです」
「オニ部隊が運用されてもおかしくないほどの規模のイベントを開催して、それによって人を集めてナモミツキを炙り出す。そして一網打尽にすると」
「いかにも」
マツリはふーっと息を吐いて背もたれに体を預けた。一旦脳を冷やそうとしたのだ。手帳を見ながらここまでに分かったことを改めて整理する。
この場所は古くからあり、『特別な被疑者』を拘束して取り調べるための場所である。灘儀の組織の人間が関わっているということは霊的な何かが起こった際に使われていたのだろう。
後山はその『特別な被疑者』であり、すなわちナモミツキであったためここに囚われて取調べを受けていた。それと同時にオニ部隊はナモミツキを見分けるためのデータを収集しており、そのためにさまざまなテストを受けたりもしていた。
後山に憑いた疫霊の力は想像以上に強力で、方相氏とパーントゥは人間を守ることで精一杯だった。ナモミツキの力は日に日に強まっている。
だがしかし、オニ部隊は収集したデータを元に疫霊に憑かれている人間を映像解析によって見分けられるようになった。
そしてここからが特に重要だ。オニ部隊と方相氏、そして来訪神は協力して強力な疫霊が降りてくるための『禍孔』を封じる作戦を立てている。オニ部隊の監視能力と方相氏や来訪神の祓いの力を合わせる必要があるものだ。
その作戦とは、多くの人を動員できるイベントを開催して人を集め、その警備の一環としてオニ部隊を運用してナモミツキを検知。そこを方相氏と来訪神が祓うというものだった。
「あと一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう」
「そのイベントとは具体的にどのようなものですか?」
「あぁ、それはですね……」
その時、部屋の外から多くの靴音が聞こえてきた。すぐそこにまで迫っている。マツリは立ち上がってそちらを警戒した。
「大丈夫ですよ、柴灯さん」灘儀は落ち着いた口調でマツリに声を掛ける「こちらの状況は連絡済みです」
「誰に?」
ドアが開き、10人ほどの武装した人間が雪崩れ込んできた。手には大きな銃を持ち、頭にはバイザー付きのヘルメット。そこからは小さなツノが前向きに飛び出している。特別監視機動隊、オニ部隊だ。一人の男を中心に整然と並んだ。部外者のマツリに向かって。
彼女は拘置所に入る許可を得ていない。ましてや、秘匿されたこの階層のことなど知ることすら許されていないのだ。ふと灘儀に目をやれば彼の口元は微かな微笑みをたたえ、宮古はいまだ表情ひとつ変えずにオニ部隊を眺めている。ブーツの音がして列の中心にいた人物が一歩、マツリに向かって踏み出す。
「トーキョー・クリスマス・ビート!」
低く大きな声が大部屋に響いた。
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