第15話
【暴れる後山を押さえつけた】
【拘束衣が破られたので改めて拘束を試みた】
【怪物が吾妻と西田を握りつぶした】
【喜多見が逃げ出そうとするのを見て逃げ出した】
【背中に傷を負った】
【エレベーターへ逃げ込んだ】
【操作板を誤操作してしまった】
【操作板まで登ろうと試みた】
【巨大な鬼のようなものが現れた】
「間違いねぇべな」
「人を小さくする力を使うナモミツキ……」
「うだぐるど」
ナマハゲは地下を目指す。操作板を目にしたところで指が止まった。地下へ向かうボタンが無いのだ。
「あいー、たいぎぃじゃ!」
マツリはナマハゲが床を踏み抜こうとしたことを察知する。
「ダメです!」
「なして!」
「逃げのびてる人がいても上がって来れなくなるじゃないですか!」
「んだばどうすんなだ!」
「その人に聞けばいいんですって」
「だども言葉聞き取れね……わい、そういう事だが」
ナマハゲがしゃがみ込んで小人間をむんずと掴んだ。先程よりもさらに小さくなっている。もう片方の手には台帳を持っていた。
「後山が居るところに行く方法、知っているか?」
つとめて聞き取りやすいようにゆっくりと尋ねた。握られた人間は何度か首を縦に振る。
【鬼に掴まれて抵抗したが無駄だった】
【質問されたが言葉が出ず、首を振って答えた】
「方法教えれ。すぐにだ」
それに対して素直に反応があったが、やはりネズミのような声がするばかりで聞き取れない。そこで台帳に目をやった。
【地下フロアへの立ち入り方法を答えた】
「ダメでねがこれ」
「うーん、自分の言った言葉を復唱させてみましょうか」
「おい、今なんて言った事をもう一度言ってみれ」
【復唱させられた】
「やっぱし壊して進むべ」
「いやいやもう少しだけ」マツリが小さく唸る「立ち入り方法を細かく分けて言わせてみてください」
「おい、全部言うな。途中まで言って、おらが次って言ったら続きを話せ。いいな。さあ言え」
【立ち入り方法を小分けにして話すように言われ、1から4までのボタンを同時に押して暗証番号入力モードにする事までを伝えた】
「やった!」
「おし! 次だ!」
【暗証番号を伝えた】
「一個ずつ言え!」
【最初の数字が3であると伝えた】
「次!」
【次の数字は9であると伝えた】
「やりましたね!」
「マツリ、おめは大した女だ!」
「あざす!」
こうして手順を聞き出し、エレベーターが下へと動き出す。臭いがどんどん強まり、それとともに緊張感も高まっていった。それを逸らすようにマツリが口を開く。
「この人どうしましょう、このまま小さくなっていったらまずいんじゃ」
「お、んだな。やるだけやってみるか」
再びナマハゲの手に炎が現れる。それを握り込むと、そこから刃物が現れた。マツリにはそれに見覚えがあった。銃刀法違反で逮捕されかけた時の、大振りで剣とも鉈ともつかない刃物だった。
「え、その剣で何を……」
「剣でね。ナガサだ」
ナマハゲは小人間に向かって躊躇なくそれを振るった。小人間は反応すらとれない。しかし刃が当たることはなく、その周囲の空気を何度か裂くだけでそれきりだった。
「何をしたんですか?」
「ナモミツキとの繋がりを切った。ちょっとしたお祓いと結界だな。相手の力の質によるども、うまくいけばコレで元に戻るし、そうでねくても悪化はしねべ」
「根本的には治らないんですか?」
「おらがあんたに長く掴んだ時点でコイツさ溜まってるナモミは消えでら。あとはナモミツキを見てみてからだな」
そうしているうちにエレベーターが停止する。地下4階。扉が開くと焼けるような腐臭がして、ナマハゲの影が伸びた。ほとんどの照明が壊れているためかひどく暗く、そして静かだった。それでも収容フロアとは違って鰻の寝床のような一本道ではないことはどうにか見て取れた。天井は低いものの廊下は広く、いくつか横に伸びる道もあることがわかる。だが、注視すべきものは正面の闇の中にあった。
「あれですね」
「間違いね」
床には何もいない。いるのは天井だ。ムカデのような体から枯れ木を思わせるいくつもの長い腕を壁に突っ張ってゆっくりと近づいてくる。牧村のナモミツキも纏っていた紫の煙が風のない廊下にゆらめいていた。
ナマハゲは手にした小人間を手近な部屋の中へ放り込んでそこから出ないようにと警告すると、ナモミツキに正対し、大きく腕を振りながら強い足踏みをはじめた。1歩ごとに腹の底から力が湧き上がり、冷えたマツリの血を熱していく。彼女には実感があった。この体が前回とは比較にならないほどの力を秘めているという実感が。壊れかけの照明が明滅し、一瞬の闇が訪れ、再び発光。ナマハゲの刃がきらめく。
「ガッチメガス!」
「ハイ!」
ムカデの頭部を目掛けてまっすぐに駆け出す。ムカデは4本の細く長い腕で迎撃を試みるが、それら全てをほぼ同時に叩き切り、跳び、顔面を強かに蹴りつける。そのあとから熱風が追いついて紫煙を霧散させた。
ムカデはたまらず後退する。長い腕は壁につけたまま、胴体らしき部分だけがすぅっと闇に溶けていく奇妙な動きだ。しかしナマハゲが戸惑いを見せることは無い。闇に溶けきる前に投擲したナガサが顔面に突き刺さる。人間のものとは明らかに異なる絶叫がフロアに響き、その発生源を目掛けて再び地面を蹴った。
それを阻むかのように再び何本もの腕が闇の中から飛来する。先程よりも多い。壁や天井にはすでに腕が張り巡らされていたのだ。4本の指を持つ腕が上から横から正面から、ナマハゲを捕らえるべく軌道をずらしながら迫る。それでもナマハゲは足を止めない。むしろ逆だ。腕を引っ張って加速。その移動先を狙う腕をさらに引きちぎって加速。足元を狙う腕を踏みつけて加速。ムカデは時折角を曲がって追跡をかわそうとするがそれも無駄だ。ムカデから腕が伸びている限りは同じようにしてたちまち追いつく。
「合わせれよ!」
「頑張ります!」
さらに腕を千切り、壁を蹴って頭部の下へと潜り込む。大腿に力を込めて推進力を跳躍力に変換し、鋭く拳を振り上げた。
「ハイシター!」
「ハ、ハイシタ!」
やはり完全には合わない。しかしそれでも威力は十分。頭部を天井へ叩きつけるとフロア全体にその衝撃が広がり、わずかに残っていた照明もさらに幾つかが機能を失った。ムカデは叫び声さえあげることなく床に落下し、そこから繋がる幾筋もの腕も力なくそれに続いた。
「やった……」やや乱れた呼吸をしながらマツリがこぼす。「なんだか前よりも凄くなりましたね、ナマハゲさん」
「んや、まだ終わってねど」
「え?」
「その前にまずは明かりが居るな」
角を曲がった先にある小さな照明がもたらす光は極めて弱々しかった。ナマハゲはムカデの頭部に刺さったままのナガサを握ると、それ全体に小さな火を宿らせる。そうしたことでようやくナモミツキの姿をゆっくりと見ることができた。
顔も体の作りもおおよそはムカデで間違いないが、節々から飛び出す腕だけでなく体までもが枯れた木のような質感をしていることがわかった。だが火によって焦げることはあっても延焼はしないようだ。体の長さは小さな火では照らしきれないほどに長いようで、いまだ闇に溶けている部分がある。腕も言わずもがなであり、その数は10や20ではきかない。しかし見えている部分だけで言えば、そのほぼ全ては先端の部分が千切れている。もちろんナマハゲがやったことだ。
「動いてませんけど」
「マツリ、こいつはナモミツキなんだど」
「え、はい、それは知ってますけど」
「人間が憑かれてナモミツキにならんだべ。んだばよ、どごがに人間が入ってねばおかしいびょん」
牧村がナモミツキになった時のことを思い出す。あの時は煮こごり状の藁人形の中にナモミにまみれた牧村が入っていた。ナマハゲの口ぶりではナモミツキとはどれもそういうものらしい。しかしこのムカデ型ナモミツキには人間の姿が見当たらないのだ。
改めて周囲を見渡す。かなり移動したはずなのだが、代わり映えのしない通路と部屋が続いていることもあってここがフロアのどのあたりなのかはほとんどわからない。唯一、廊下が丁字路になっていることから一番外側にいるのではないかと推測できた。ムカデはちょうど廊下が交差するところを曲がろうとして途中で止まっている。
「人間からナモミを剥いでやらねばコイツはまた動き出すど。ま、この体を辿ればいずれ見つかるべどもな」
ムカデからナガサを引き抜き、松明のようにして道の先を照らす。曲がり角の先は見通せない。ゆっくりと角に近づいていくと、徐々に体の先が見え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます