来訪神

第10話

「疫鬼や疫神そのものとは違うものでございましょう。ケガレの類が雑多な疫霊を集めた、私どもが『隠』と呼ぶものの一種かと愚慮いたしております」



 ノートパソコンから聞こえる声はうやうやしく推測であるかのように話しているものの、その口調には確信がこもっている。空気さえも出入りできないような息苦しい部屋には制服を着た人間が規則正しく四列五行に詰め込まれ、その全ての視線がノートパソコンと向かい合う立派な制服を着た男と、彼の背後に向けられている。そこにはパソコンの画面が投写されており、真っ白な狩衣と面布を着用した人物が映し出されていた。



「その危険性はどの程度でしょうか。我が隊で対処可能だと思われますか?」



 立派な制服を着た男が柔和な口調で画面の向こうに問いかける。しかしその口調とは不釣り合いなほどに、眼鏡の奥では厳格を絵に描いたような瞳が冷たい光を帯びていた。



鹿又カマタ様の隊はたいへん立派な装備とネットワークをお持ちでいらっしゃいますゆえ、どのような人間を捉えることも容易いことでございましょう。その気になれば、こうして遥か遠くから顔を隠して話している小男であろうとも」



 画面の男がより一層うやうやしく言った。人によっては神経を逆撫でされそうなほどバカ丁寧なものだったが鹿又は手袋をつけた指を組んで悠然と次の言葉を待っている。



「しかし、ひとたび『隠』となってしまえばそれは人間とみてはなりませぬ。わたくしどもにお任せいただくのが賢明であろうと意見具申いたします」

「なるほど。仮にその『隠』とやらに我らが挑んだとすれば、被害はどの程度になるとお考えでしょうか」



 画面の男はしばし考える。表情は窺えないが、座り直すような動きを見せた。



「あなた様方は大変に苛烈な修練を重ねていらっしゃると聞き及んでおります。それゆえ一般的な警察官としての判断は当てはまりますまい。軍人並みの戦力と考えて差し支えないと判断させていただきますと……」



 男がうやうやしく頭を下げる。たっぷりと間を作って言った。



「全滅でございましょう」



 鹿又は動かない。奥歯を噛んだ音が彼にだけ聞こえた。



禍孔カコウは既に複数開いております。隠禍孔オンカコウの穿たれる日も遠からず訪れるでしょう。その場所はまず間違いなく、東京でございます」



 にわかに場がざわめくと初めて鹿又が動いた。蛍光灯を見て、ざわめきが収まったところで画面に目を戻す。



「それで、使者を送っていただけるとのことでしたが」

「ははあ。師走の頭に若手の筆頭を遣わさせていただきます」

「若手?」

「多くの禍孔に対処するには、生きのいい男の方がよいでしょう」

「一人なのですか?」

「はい。それほどに力のある男にございます」

「もう少し送っていただくわけにはいきませんか?」

「ホホッ」


 奇妙な笑い声と共に面布が揺れた。鹿又の眉間が僅かに寄る。画面の男はさも当然のように言う。


「万が一にも都が攻められてはかないませんでな。そちらにも術師はいらっしゃいますでしょう。灘儀のせがれは、それなりに、良い働きをするはずでございます。それでは私めはこのあたりで、失礼いたします」


 画面の男は深く深く頭を下げて通信を切り上げた。鹿又は音を立てずに息を吐く。


「使者は到着次第私の指揮下とする。各員は所定の地区に赴き、サイバーセキュリティ対策室および現地警察と連携して業務にあたれ。日が落ちてからは支障の出ない範囲でバイザーを着用し、不審者への対応は私を通すことを徹底するように。必要な情報は追って伝える。以上だ」


 20名の制服が一斉に起立し、一斉に敬礼した。

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