第17話 財政確認
すべての戦いには、戦略が必要だ。
実効性のある方針を立てるには、情報を整理せねばならない。自分が何をどれだけ持っていて、何ができるのか、もしくはできないのかを把握しろってことだ。
俺は吏僚たちを執務室へ招いた。
この20日、ただ遊んでいたわけではない。
ガストンや他家の息がかかっていない者、不遇な状況でも使命感を捨てられずに働こうとしていた者たちを選別し、政務代行直属チームを編成したのだ。
ちなみにガストンたちのグループだが積極的に与してはいなかった者、破綻を回避するためガストンたちへ接近して政策の実現を図った者たちも残してある。
人を殺すにしても一定の基準は持たねば。
あれもこれも処刑していたらロベスピエールとジャコバン派の二の舞だ。
よって、処刑に関する軸を設定した。
最大の支持基盤になる予定の、ヴェルデンの民にとって害になるかどうか。
そのうえで俺の生存にとって害になるかどうかだ。
「閣下、報告書をお持ちしました」
「見せろ」
羊皮紙の束を受け取る。
ヴェルデン伯爵家の年間収入は、円換算でおよそ9億5000万円ほどだ。
支出のほうは……10億3700万円ほど。
無言のまま、羊皮紙を机へポイ捨てする。
「閣下!?」
「待ってろ。冷静になる時間が必要だ」
スゥーーーーー。
ハァーーーーー。
ざっけんなオラァアアアアア!
俺は気が済むまで壁を殴った。
ふう……。
気を取り直して内訳を確認しよう。
ガルドレードの騎士や防衛部隊にかかる費用が2億8676万。
街道を抑えるクルタージ城に1億3453万。
端数も含め、軍勢の雇用で4億2130万円ほど飛ぶ。
加えて武具や弓矢、兵器などの更新・補充に1億1000万。消耗品扱いの馬を補充する費用が1164万。
すなわち軍事費は5億4294万円かかる。
これに使用人の雇用費が3186万。
食費や糧秣に1億5000万円。
固有の支出はしめて7億2480万だ。
ううむ……軍事費が重いよ。
特に人件費。
よその貴族には騎士だけ集めて戦争時は徴兵に頼っていたり、騎士も兵士もまんべんなく減らして有事のみ傭兵を雇う者が多いとか。
うなずける話だ。
固定費が高すぎるからな。
そりゃあ企業もリストラをコストカットと呼ぶぜ。
我が家は祖父が戦場の英雄で、彼の死後にはガストンが領政を私物化するべく、軍勢を削減しなかった。つまりガルドレード防衛隊はすべて正規兵で構成されている。
頭の痛い額なんだけどな~。
反乱を警戒せねばならぬ現状、軍事費を削るのはありえない。それに、彼らが支えている治安こそが領内を安定させる点を見落としてはならない。
安全保障と生産力確保は表裏一体の政策だ。
まあ、そこはいい。メリットもある。
ひたすら頭が痛くなる問題は……。
「これは正確な数字なのか?」
「はい。残念ながら」
我が家族の贅沢にかかる費用だ。
報告書そのものを疑う余地もあるだろうが、吏僚たちの憤怒の気配から察するに事実なんだろう。
パパ上の道楽に8942万。
ママ上の贅沢品に9312万。
俺と姉と妹のお小遣いが合算8000万。
我が一家の遊びに2億6254万円かかっている。
いやいやいや。
っていうかなんで嫁いだ姉に仕送りしてんの? おかしくない?
なお、俺のお小遣いは雀の涙。過去のエストは望む物品をゆすりによって現地調達してたのもあり、その手のおねだりを親にしたことがない。
いやぁ……その。
過去は忘れよう。他人の過去だし。
この金額に領地の管理費5000万を加え、10億3700万円が総支出。
「足りない分はどうしてるんだ?」
「魔領との境界にいる弱小家からの上納で……」
「あー」
そうだった。
懲罰人事で魔境との最前線に置かれた家からカツアゲして補填か。向こうからとんでもなく恨まれてそうだな……。
「借財は?」
「特に見当たりませんが……」
「一応、我が父母や妹が借用書を隠し持っていないか調べておけ」
「よろしいのですか?」
「構わん。何か名目を作って外出させるから、その隙にやれ。徹底的にやれ」
「わかりました」
吏僚たちはあからさまにほっとする。
もっと金を用意しろ、などの無理難題を想定していたのだろう。
「処刑した者たちから接収した財物はいくらぐらいになる?」
「41万2300クーラです」
さすがに本職。正確な数字がスッと出てくる。
「お前、名前は?」
「セヴランと申します」
「今後主要な報告はお前が持ってこい。視察にも連れ歩く。厩舎で馬を用意させろ」
「感謝いたします」
セヴランと名乗った男は控えめに目礼した。
長身痩躯、灰色の髪、薄い空色の瞳。
年齢は20代の中盤ぐらいかな?
「さて、41万2300クーラか……」
円換算でおおよそ2億円ぐらい。
クーラはアルヴァラ王国の主要な通貨だ。
1クーラは485円前後。2クーラで970円近く。テキトーにイメージをつけたいときは500円、もしくは1000円で計算すると楽だ。
「半分を貯蓄する。残りは直轄地で店舗を構える者や、平民どもの生活を支えている各ギルドの補助に使え。ガルドレードだけに偏らせるなよ?」
「かしこまりました」
「平民の様子は皆のほうが詳しいだろう。微細な判断は任せる。目標は領内の立て直し。冬の到来までにやる。資金をくすねたら殺すから覚悟して取り掛かれ」
「は、はい!」
軽く手を振ると吏僚たちが散った。
残された俺は、報告書のうち議題に不要と判断したものを手に取る。
情報を整理しようとは思ったが。
はっきり言って、わからないことが多すぎる。
旗主たちの影響が強い地域は露骨にぼかされた記録しかない。その他の地域も地主や豪族などの顔役が誰で、ある戦に何人が従軍しましたーとか、この村の成り立ちは……とか、そんなことばかり書いてある。
むろん、ふんわりとした共通認識はある。
ヴェルデン領の総人口は18~24万の間と思われている。誰も断言はできないが、領内に20万程度はいるんじゃないかというのが皆の体感だ。その領内人口の100分の1を死なせたお茶目さんもいるらしい。
領内防衛に動員できる通常兵力はもともと3200ほど。
粛清で1000近くが削れたので、今のとこ2000ちょいと考えておこう。
もちろん臨時の徴収兵がいるから実戦での数はもっと増える。これは平素から鍛えていて戦力に数えられる者の数だ。
なんにせよ正確な情報が足りない。
せめて戸籍統計があれば話は変わってくるんだが。
「教会を頼るしかない、か」
宗教勢力なあ。
僧兵や一向宗の印象が強いが、教会というのは似て非なる存在だ。排除は不可能。上手く付き合っていくしかない。
付き合っていくしかないが。
あれはあれで面倒臭いのだ。
うむ。
「この問題は後回しにしよう」
俺は大きく伸びをして執務室から退散した。
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