第13話 戦勝パーティーはボッチ飯と共に


 戦場での処理を終えた俺はガルドレードへ帰還する。


 途中、ホロール城に立ち寄った。

 蔵を確認すると財貨はあらかた消えていた。


「ユリアーナ卿……遠慮ないっすね」


 目録を把握しているジョスランは苦い顔だ。

 ユリアーナは鍵束まで持ち去ったらしい。


「勝手に遠慮して勝手に不満をこじらせるよりいい。お前も要望があれば明言しろ」

「その、処刑しません?」

「不当な内容でなければ」


 ユリアーナが部下にやせ我慢させるタイプではないことを評価しつつ、懐かしの市門をくぐる。まあ、嘘は言わないよ。ほんのわずかに、割れんばかりの歓声で出迎えられるシーンを期待はした。


 現実は非情である。

 俺が通ると都市民の誰もがうつむき、目を伏せる。

 触れてはいけない例のあの人的な扱いだ。


 しょうがないね。今のところあちこちで自分の敵を殺しまくっただけで、彼らに対して何か与えたわけではないのだから。害虫から人殺しの害虫にランクアップだ。


「えっと、なんかその、大丈夫です?」

「問題ない。こっからよ。こっから」


 ジョスランにすら心配されてしまった。



 父に経緯を報告する。

 ホロール城に収蔵されている美術品の話をされた。この人はブレねえな。


 ダメ元で頼んだらあっさりとほぼ全権を任された。ありがたいけど、あんたそれでいいのか?


 辞去する際に父のギャラリーを覗いてみる。

 収集品の他に自作の絵画も置いてあった。

 何気にレベル高いな……。

 彼は今川氏真タイプの人間なのかもしれない。


 手紙友達を殺された母は相当にお冠だった。


 しかし、彼女に危険そうな相手へ面と向かって文句を垂れる度胸はない。妹を巻き込んで面会拒否するぐらいが関の山。


 こうして俺は、誰をはばかることなく実権を振るえる立場になり、領内の旗主、豪族、有力者たちへ、事の顛末と政務代行に就任した旨を記した手紙を送る。


 その際、戦勝パーティーを開くからぜひともきてね!と書き添えたのだが……。




「誰もこねえぇええええええ!」


 俺は自分の席で突っ伏した。


 目の前のテーブルにはごちそうの山と無人の席。先ほどから何度も日付を確認しているが、祝勝会の開催日は今日で間違いない。


 招待客は……誰もいない。

 リアルに誰ひとりこない。


 パーティ用の三角帽は被っていないが、心の中で投げ捨てる。


「クソッ、クソッ! ちくしょう……なぜだ……!」


 いやまあ、理由はわかってんだけどね。


 一連の戦いにおける戦死者は敵味方含めて1000人を超える。そのうち830人あまりが塵殺した敵の兵士だ。さらにガルドレードで600人を処刑しており、敵の一族や、情報漏洩を防ぐため助命を許可しなかった城住まいの者たちなども含めると、軽く2000人以上の血が流れた計算になる。


 必要な犠牲だったと断言はできる。

 だが、理屈じゃ割り切れないのが人間心理。


 人間性を重視する者は殺しすぎだと捉えるだろう。


 それに対して“祝勝会”などと称する場にのこのこ出ていったら? 政敵がここぞとばかりに人格批判を始める。


 領内の家臣たちはお互いに何かしらの因縁を抱えているものだ。ライバルにつけ入る隙を晒さないためにも、慎重な判断を下したに違いない。


 それこそまさに狙いのうち。

 俺は、家臣たちが呼び出しを拒否した、というカードを手に入れた。


 今後はこの件を盾にして、口出しはするが責任も費用もすっとぼけるであろう連中の要求を完全スルーするつもりだ。


「けどよぉ! さすがに誰ひとり出席しないなんてことある!?」

「皆さん、顔を出したら殺されると思ってるんじゃないですかねえ」

「やましいことがなければ堂々としてればいいだろ!」

「ガストン卿のご機嫌取りをしなかった方はそう何人もいませんよ。お味方の皆さんは呼ばれなかったので?」

「まあな。ユリアーナには家臣の慰撫と部隊再編の時間が必要だし、シモンは……あいつは今まさにだろうからな」


 結局、マルク・リブラン夫妻は殺さなかった。

 代わりの首を用意して、頭皮を剥ぎ、目玉をくり抜き、耳と鼻を削いで、歯もすべて抜き取り、顔の一部を焼いたり傷つけたりして誰だかわからないようにした。


 これでも望む効果は得られるだろう。

 要は世間にどう思わせるかが重要なのだ。


 この拷問を行ったのは、恨み骨髄のシモン・シャガールという話になっている。そんな彼にマルク夫妻を与えると、ひざまずくどころか、靴の先に口づけしてきた。


「今日より私は閣下の犬でございます。我が絶対の忠誠を捧げさせてください!」


 なぜそうしたのか?

 自分の目的について再考したからだ。


 俺の究極目標はあくまでも自分が生き残ることである。そのためにまずは威厳の確立と敵の粛清を図ったが、恐怖だけじゃ支配を維持しがたいのは地球のあらゆる歴史が示している通り。


 一強体制が成立するには、それを強く支持する人間が必要だ。


 よって恩徳も与えていく必要があるのだが……。

 人の感謝は長続きしない。

 そのうえ人間は変わる生き物だ。


 マルクを殺してもシモンは俺の与党になるだろうが、何か意に沿わない判断をするたびにありがたみが薄れ、いずれ従わなくなるだろう。


 だが、マルクを殺さずに引き渡したら?

 彼は捕虜の経過観察を習慣にするだろうし、毎日のように俺への敬意を思い出す。


 マルク夫妻を殺す利益と殺さない利益、双方を天秤にかけ、当初の計画を捨てる勇気を持ったわけだ。結果、ある程度の信用を置ける熱狂的な支持者が誕生した。


 捨てれば何かを拾うこともある。

 案外、セドリックの言葉はこういう意味だったのかもな。


 あの老騎士には悪いが、シモンにはしばらく憎しみを捨てずにいてもらおう。


「はあ。いっそふたりで飲むか?」

「飲み切れないし、この料理の山も食べきれませんよ」

「だよなあ。これ、どうしような」

「……閣下。要望があれば言えとおっしゃいましたよね?」

「言った」

「でしたら、ぜひお願いしたいことが」


 俺は片目を開いてジョスランへ向けた。




 大広間に楽器と食器の音が鳴る。


「お前ら! じゃんじゃん食え! 好きなだけ飲め! 今日はエスト様の奢りだぞ!」


 ジョスランが木樽のジョッキを掲げると、衛兵たちが酒の一気飲みを始める。ひとりが飲み切れずにこぼし、見ていた者が腹を抱えて笑った。


 長机の奥では踊り始める者もいる。

 周囲の者たちがそちらへ注目し、手拍子しながら囃し立てた。


 ナイフで切った肉を頬張りながら、その光景をぼんやりと見つめる。

 ジョスランが隣にやってきた。


「お前の功績なら財宝ぐらいくれてやったのに。こんなのでよかったのか?」

「いえ、これでいいんです。俺はどうも、自分さえ良ければってやり方ができない性分なんでね」


 彼の要望は極めてシンプル。


 貴族や大物ぐらいしか味わえないこの料理を、部下や兵士たちに振る舞ってやりたいとのことだった。祝勝会なんだから戦勝に貢献した者たちを労おう、と。


 承認したら衛兵や兵士だけでなく、文官、メイド、雑用係に料理人、色んなやつらを連れてきた。広場はいかにも下々って感じのどんちゃん騒ぎになっている。


 最初は全員が俺にビビって着席すらしなかった。その死んだ空気を払拭するべく、あえてこちらへ気安いジョークを飛ばしてきたのもジョスランだ。


「積み上げた威厳が……」


「まあまあ。下々のもんはバカだから、つけあがらないように怖がらせないとってのはわかりますよ。けどね、俺たち民衆はバカだからこそ、勢いと印象に人生を賭けちまうんです。今は鞭を打たないと動きませんが、もしも閣下がこいつらの“こだわり”になれたら、そんときゃ頼まなくても勝手に働きますよ」


「そんなものか」


「俺の見てきた限りでは。ま、甘やかしすぎてもダメですがね」


 酔ってるためか饒舌なジョスランは、一礼すると部下たちの飲み比べに混ざった。


 民衆のこだわり、ね。

 見解に多少の相違はあれど、事実の一側面でもある。


「閣下! 閣下! シャガール家のシモン卿から祝辞が届きました!」


 その報告に会場の皆が盛り上がる。


 俺は布巾で口元を拭い、読み上げられる内容に耳を傾けるのだった。

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