第11話 奮戦


 マルクはキープの屋上から城壁を見下ろす。


 その視線の先ではセドリックが敵と口論している最中だ。


「セドリック! この裏切り者め! 降りてきて俺と戦え!」

「見苦しいぞ! 女ひとりにいつまで執着しているつもりだ!」

「あんただって娘を奪われただろう!?」

「今の我らを殺そうとしているのはエストだ! どうせ貴様もすぐに殺される。どうだ、城伯閣下に詫びを入れれば犬小屋ぐらいは残してくれるかもしれんぞ?」

「ふざけるな! 殺す! 殺す殺す殺す!」

「言葉だけで殺せるといいな? 他人を呪い殺そうとして何年経った?」


 セドリックが弓を借り受け、矢を放つ。それを盾で防いだ騎士は慌てて馬首を返し、城から距離を取った。


 最初、マルクには口論の相手が誰だかわからなかったが、かのシャガール家の若造だと理解すると、あまりの変わりように声を上げて笑ってしまう。


 妻へのいい土産話ができた。

 家臣に命じてワインを運ばせた彼は、セドリックとのやり取りを思い返す。




「兵糧不足?」

「いかにも」

「確かなのだろうな?」


「間違いありません。ホロール城は敗北の寸前に食糧庫を焼き払いました。他の城は食料の在庫が不足しており、そのためエストは期待するほど補給ができなかった」


「ふむ。ラノア家の先代ならあり得るか」


「加えて、あちこちから兵を徴発したのが裏目に出たようですな。教会城まで連れてきた部隊は、よそを略奪して食料をかき集めている最中でしょう」


「集結まで何日かかる?」

「シモネスからここまでが2日の道のり。略奪行とにわか部隊の統制を考えれば、最速でも4日はかかるかと」

「包囲軍の食料は」

「持って3日」


 セドリックは前のめりに語気を強める。


「3日のうちに敵は死ぬ気で総攻撃をかけてくるでしょう。それをしのいで追撃をかければ、援軍がたどり着く前に各個撃破できます。さすれば他の旗主たちも……」


「頭を潰せば手足は空中分解する」


 彼は我が意を得たりとうなずいた。



 マルクはクルマル家の老当主を信用したわけではない。

 生き延びようと大ボラを吹いているのかも。


 話が事実なら、抗しきれない数が到着する前に逃亡するチャンスを得られるし、嘘ならもたらされた危機的情報そのものが嘘だろう。


 いずれにせよ損はしない。


「あの老人……どう思われますか?」

「信用はしてないが、心配いらんだろう」

「なぜです?」

「生への執着は他のすべてに優先する」

「はあ」

「娘の弔い合戦すらできなかった男だ」


 彼は側近の疑問に答え、ワインを飲み干す。


 セドリックは実に目覚ましい働きをした。寄せてきた敵軍が梯子をかけるたび、その前に立ち、登ってくる敵をひとりも通さない。


 すでに20人は殺しているだろう。


 これまでにリブラン城が殺した人数は合算すると100を下らない。敵の士気は目に見えるように落ちていった。


 寝返り騒動から3日目。

 果たして敵は総攻撃を仕掛けてきた。


 朝から休みなく矢を射掛け、日が沈むと、雲霞のように押し寄せてくる。さすがに兵たちも疲れ切ったが、クルマル家の騎士たちが猛烈な働きで食い止め、どうにか撃退することができた。


 しばらく時間が経ち、包囲軍が不気味なほど静かになる。


「閣下! 敵が密かに撤退しております!」

「まことか!?」

「ハッ。かがり火を焚いたまま、夜陰に紛れて移動中です!」

「危うく出し抜かれるところだった! 出陣だ! もうひと働きしてもらうぞ!」


 兵たちが雄たけびで答える。

 勝ちの目が見えてきたことで、味方の士気は最高潮に達した。


 門を出て、全力で馬を駆る。

 全軍でひた走り、ついに敵の背中が見えてきた。


 振り返った敵が動揺し、見るからに慌てふためいている。

 マルクは勝利を確信した。


「突撃だ! 害虫どもを切り刻め!」


 その号令に応えたのは、味方とは別の喚声だった。


 驚愕して後ろを見る。

 突然現れた敵の新手が、味方の横っ腹に食いついているではないか。


「くそっ、どうなってやがる!」

「何が起きてる!?」


 味方は急速に混乱した。

 そのうえ前方の敵が向きを変え、一斉にこちらへ攻めかかってきた。


「まずい、伏兵だ! 引け! 引けぇー!」


 命令は怒号と悲鳴にかき消される。

 縦に伸びた隊列では反撃も反転も難しい。


 ジェレミーが横にやってきた。


「叔父上、ここは我らに任せて撤退してください!」

「逃げるなら若いお前が」

「叔父上さえいればリブラン家は何度でも立て直せます」

「……ッ! すまぬ……!」


 ジェレミーたちが敵を引き付けている間に、馬首を返して切り抜ける。


 行きとは真逆の気持ちで一路疾駆し、どうにか城までたどり着いた。門を通り、馬から降りて地面へ寝転がる。


 三々五々に引き上げてくる味方たち。

 ぼーっと眺めていたが、マルクは急に我に返った。


「待て、止めろ! そやつらを中に入れるな!」


 兵士たちが外を見る。

 今まさに入城しようとするのはセドリック・クルマルと部下の騎士たちだ。


「締め出せ! 早く!!」


 カラカラの喉では大声が出ない。

 兵たちはすっかり彼らを味方だと認識しているらしく、命令を理解するのが遅れた。その隙にセドリックたちが飛び込み、数瞬遅れて門が閉まり始める。


「死を恐れるな! 今日が最後の日だ! 天上の神などクソくらえ! ヴェルデンの主に我らの勇気を示すのだ!」


 老騎士が叫び、門の周りの味方へ襲い掛かる。


「やつらを殺せ! 急げ!」


 マルクは46年間の人生で最も必死になった。


 ようやく事態を理解した兵たちがセドリックらへ殺到する。しかし連中は異様にしぶとく、全身を射られ、体から槍を生やしてもなお、踏みとどまって暴れている。


 業を煮やしたマルクは自ら抜剣して彼らを殺そうとしたが。 


 歩み寄る前に察してしまった。

 恐れた事態の実現を。


 セドリックが仰向けに倒れるのと、敵軍がなだれ込んでくるのは、ほとんど同時だった。

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