第10話 怨恨はすべてに優先する
深夜、眠りも深くなる時間帯。
今日は連日の偽装攻撃もなく、リブラン城の守衛たちは訝しがっていた。そんな彼らの目の前に少数で接近する者たちが現れる。
「敵だ!」
「射殺せ!」
射手が弓やクロスボウを構える、しかし……
「待て、後続部隊がいるぞ」
誰かが叫んだ通り、100人ほどの部隊が接近者たちの後ろからやってくるではないか。当主マルクの甥、ジェレミー・リブランは隣の者に尋ねる。
「どうなってる?」
「いつもの偽装でしょう。効き目が薄いため小細工をしているのかと」
「愚か者どもめ」
ジェレミーは嫌味な笑みを浮かべた。
夜番の兵士たちが配置につく。
彼らが先発隊をボルトの餌食にしようとした矢先、思いもよらぬことが起きた。
「うわぁあああ!」
「くそっ!」
「急げ、もっと早く!」
敵の後続が、先発隊だと思っていた集団に矢を射かけ始めたのだ。
「何が起きてる?」
「仲間割れでしょうか?」
ジェレミーたちは顔を見合わせる。
すると小集団からひとりが駆け出し、こちらへ走ってきた。
「頼む! 助けてくれ!」
「何だ貴様は?」
「クルマル家の一党だ! エストの野郎に殺されかけてる!」
「クルマル家?」
「知っているのか」
「たしか、ガルドレードのボルダン様が娘を奪った家だと記憶しておりますが……」
「どう考えても敵ではないか」
「いかがなさいます」
「放っておけ。自滅を楽しませてもらおう」
ジェレミーはますます笑みを深めた。
彼が手を上げると、眼下の騎士が射殺される。
そうこうしている間にもクルマル家の部隊は必死で丘をよじ登っているが、ついにひとりの騎士が敵の矢に倒れ、転がり落ちていった。
敵の大集団は丘の下で足を止める。
こちらの射撃を警戒しているらしい。
その間に、クルマル家の面々が城壁にたどり着いた。
「開門! 開門! 頼む!」
「敵を迎え入れる城がどこにある? それもこちらを殺しにきた者たちを」
「誤解だ! 我々は巻き込まれたんだ!」
「だろうな」
「頼む……」
「知るか。勝手に死ね」
ジェレミーが嘲っていると、集団の長らしき老騎士が進み出てきた。片目が潰れているのか、顔の半分から血を流している。
「クルマル家の当主セドリック! リブラン家の方と話がしたい!」
「私がジェレミー・リブランだが、貴様らと話す気分ではない」
「エストの手下だと思っているなら間違いです。我らはボルダン殿の縁者だと疑惑をかけられ、殺されかけているのです!」
「そりゃあ大変だ」
「このうえはリブラン家に剣を捧げたい! 籠城中のあなたがたと違い、我らは敵陣を間近で見てきました! 重要な情報があります! この戦いに勝つための情報が! どうかマルク様にお伝え願いたい!」
「断る。今ここで話せ」
セドリックは首を横に振る。
「聞くだけ聞いて見殺しは困りますから半分だけ話しましょう。すでにバルニエ、オーリク、リザント、セレナリアの4家がエストに味方し、援軍を準備しています」
「な、なにぃ!?」
「こたびの騒ぎ、決して思いつきの暴挙などではありません。何人かの旗主があの害虫を担ぎ、ガストン卿と周囲を除くために反乱を起こしているのです!」
「嘘だッッッ!」
「そう思い込むのはご自由に。ですが、5日もすれば1200を超える軍勢が合流するでしょう。打開策が必要なのでは?」
「…………」
ジェレミーは答えに窮する。
それを拒絶と受け取ったのだろう。天を仰いだセドリックは、黙って敵の大集団へと振り返った。エストの軍が盾を構えてゆっくりと上がってくる。
「死を恐れるな! 今日が最後の日だ! 天上の神に我らの勇気を示すのだ!」
セドリックたちが密集して剣を構えた。
エスト軍とクルマル家の一団が衝突する。
「よろしいのですか?」
「むっ……」
「閣下」
「くそっ! 射ち方、放て! あの者どもを死なせるな!」
合図が下り、リブラン城兵がエスト軍へ矢の嵐を見舞った。
「叔父上を起こしてこい」
◆
リブラン家当主、マルク・リブラン。
今年で46歳になる城伯の優美な容姿に衰えは見えず、年輪が増えるにつれて瑞々しさとはまた別の魅力を増している。
先日まで人生の絶頂を味わっていた彼は、不愉快そうな顔つきで甥をなじった。
「それで城内に入れたというのか」
「申し訳ありません。ですが」
「軽率すぎる」
女盛りの妻と一戦終えて気持ちよく寝ていたところを叩き起こされ、眠気と怒りを抑えるのに多大なエネルギーを要している。
「陰謀がまことなら、ホロール城を単独で攻める必要はないはずだ」
「ですが、現にケアナの白鷲は……」
「やつの家名はヴェルデンだ。よいかジェレミー? 一族というのはな、たとえ仲が悪くとも、目障りな相手を消すときだけは感情を抑えて手を結ぶものなのだ」
「覚えておきます」
「まあいい。やつをここへ連れてこい」
セドリックが通される。
箱を小脇に抱えている。
血まみれの包帯で右目を隠す老騎士を眺め、マルクは軽蔑を現した。
「久しぶりだな。かれこれ13年ぶりか」
「裁判のとき以来ですな」
「恥知らずめ。私を公然と非難した貴様が、よもや助けを求めてくるとは」
「…………」
セドリックが唇を噛む。
それをすがめつつ、マルクは顎をしゃくった。事情を話せという合図だ。
「先日、エストが300ほどの部隊を率いて教会城へ現れました。彼はシモンの案内を受け、谷の村々へ脅迫を。軍に加わらなければ皆殺しにする、と」
「シャガールの鼻たれめ。諦めの悪いことだ」
マルクは肘当てにもたれかかる。
「貴様らも加わったのだろう?」
「すでに狼煙台城の顛末を耳にしていましたから、気が向かずとも従わざるを得ませんでした」
「それで」
「攻囲陣に合流し、挨拶を終えて休んでいると、エストに呼び出されました。作戦について話したいからと。そこで私が見せられたのは……」
セドリックは言葉を切り、箱の中身を取り出して見せる。
「うっ」
ある騎士の生首だった。
マルクは彼を鮮明に覚えている。
「そいつは、まさか」
「ボルダンを告発し、ガストン卿に喉を潰された若者を覚えているでしょう?」
「ああ。貴様の娘の婚約者だったはずだ」
「殺されました。何をトチ狂ったか、ボルダンの一味として」
セドリックの残った左目が憤怒に染まる。
「私も内通の嫌疑をかけられ、その場で処刑されかけました。エストは最初から我らを殺すつもりだったのです! 他の家に対してもそうだ! 財産を奪うため、因縁をつけて殺し回っている!」
「ふーむ、まさに害虫というわけだ」
「我らとしても、13年前の話を今さら蒸し返されて迷惑しているのです。ボルダンが生きているならともかく、やつが死んだ今となっては、生き延びることだけが唯一の望み。生きるため、どうか傘下に加えていただきたい」
リブラン家の当主は物思いに沈む。しばらく肘当てを指で叩いていたが、不意に指を止めてセドリックを見た。
「勝つための情報というのは?」
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