第2話 ケアナの白鷲


 権力の源とは何なのか?


 それはきっと財力、暴力、政治力。

 このうちどれかを握らねば、最低限の行動さえ起こせない。


 とはいえ政治は壟断されている。

 お金は稼いでも入り次第に使い果たされるのがオチ。


 よって俺は、まず軍事を掌握することにした。


「エスト殿。よくぞお越しになられました」


 言葉とは裏腹に心底嫌そうな顔をしているのは、従姉のユリアーナ。庶子であり、年齢は2歳しか変わらない。


 俺は夜営を挟みつつ、1日かけてケアナ城へ到着した。ここの城主がユリアーナなのである。


 庶子の彼女が要地を預かる理由はふたつ。


 祖父が溺愛した義妹の孫であるため。

 そして、類希なる武勇を備えているためだ。


 善良で身分を問わず人を慈しみ、自ら迷宮へ潜って有害な魔物を屠る。彼女こそヴェルデン領がなんとかやれている一因だろう。雪のような白髪と冷たげな薄紫の瞳が印象的で、ケアナの白鷲とか、白百合の戦乙女とか呼ばれているそうな。


 で、この女は俺を毛嫌いしている。

 幼少期は仲良しだったはずなんだが。


 なんでも、俺が乗り移る前のエストはユリアーナに強引な求婚をしてボコられた結果、他家の娘へ逃避したらしい。


「先ぶれはありませんでしたが、本日は何用で?」


 底冷えする声だ。

 副音声で死ねと連呼しているのが聞こえてくる。


「迷宮へ行く。一泊するから準備を頼む。案内の者もつけてくれ。それとガストンが遅れてくる。彼のために豪華な晩餐を用意してほしい」

「……迷宮へ向かわれるので?」

「そうだ」

「やめておいたほうがよろしいかと」

「なぜ止める? そのまま死ねと顔に書いてあるのに」

「な、なにをおっしゃるのですかっ!」


 図星だったらしい。

 彼女は声を荒げて立ちふさがった。


「エスト殿に何かあったら、ヴェルデン家の将来はどうなります!?」

「なら同行して護衛をしろ」

「……くっ」


 ユリアーナは歯噛みし、不承不承といった風に外出の手配を始めた。




 騎士たちのうち、精鋭を6名選んでダンジョンへ踏み入る。


 ボルダンと実家の騎士が2人、ユリアーナと彼女の部下が2人だ。女騎士たちはこちらを射殺さんばかりに睨みつけてきた。


「これがダンジョン……」


 遥か古代に神魔の戦いが発生し、その余波で生まれたと噂の特殊な魔力に包まれた地形、環境、構造物。それらをまとめてダンジョンと呼ぶ。


 魔が棲まい、宝が眠り、人が死ぬ。

 そんな感じの場所。


 この世界における資源のひとつであると同時に、人を悩ませる半永久的な災害ともいえる存在だ。人の歴史とは、すなわちダンジョン管理の歴史という側面がある。


 ケアナのダンジョンは城から見下ろせる位置にあり、ランダムな階層と地下への階段が続いていくタイプのオーソドックスなものだ。


「やあぁぁーッ!」


 ユリアーナの剣技は見事のひとこと。身の丈の倍以上もある敵を真っ二つだ。これなら俺の目的も容易に達成できそうだな。


 休憩中、魔物の死体から入手した魔石を拾い上げ、迷宮を妖しく照らすかがり火に当てる。


「なあ、ユリアーナ。君は何のために剣を取っている?」

「問われるまでもない。ヴェルデンを守るためです」

「ヴェルデンとは何だろうな?」

「どういう意味ですか」


 彼女は怪訝そうな顔になる。


「我が一族のことなのか、それとも領地の民なのか」

「双方含めてのヴェルデン領でしょう。どちらかが欠ければ立ちゆきません」

「どちらかが、もう一方を害そうとしていたら?」

「…………」


「民が不当に反乱を起こせば、当然ながら領主を守るべきだろう。では、領主が民を滅ぼしかねないとき、君はどちらを守るのか」


「私の忠誠を疑っておいでですかッ!」


 ユリアーナは激発して立ち上がった。

 ボルダンが訝しげに様子を見ている。


「逆だよ逆。最も信用に値する人間だから尋ねている。ヴェルデンに忠誠を誓う者が選ぶべき道をな」


 俺も立ち上がり、ユリアーナの目を正面から覗き込んだ。


「どこかにヴェルデンを害する者がいるとする。放っておけば、一族も、民も、すべて巻き込んで跡形もなく貪り尽くす。たとえばそれが肉親であったとしたら、どうするべきだと思う?」


「……エスト殿?」


「ヴェルデンの子らを見殺しにするのか。血を分けた家族を裏切るのか。乱行に目をつむり、保身のために同調してきた罪は償えるものなのか」


「いったいどうなされたのです。いつもとは様子が――」


「はぐらかすな。真剣に聞いている」


 ボルダンが真っ青な顔で脂汗を浮かべている。


 そりゃそうだ。

 俺の言葉は明らかに反逆を示唆しているからな。


「お赦しを。私にはわかりません」


 さすがの白鷲も明言を避けた。

 賢明だ。以前までのエストに言質を与えれば、それを何らかの脅しに用いていただろう。


「では質問を変えよう。ボルダンよ」

「は、はい」


 魔石を宙へ放り投げ、落ちてきたところでキャッチする。


「この魔石、どれだけの値打ちがある」

「はあ……冒険者ほど詳しくはありませんが、ひとつでパンが10個は買えるかと」


 なぜそんなことを聞くんだ?とでも言いたげな表情だ。


「パンが10個。取るに足らない金額だ」

「左様ですな」

「だが、飢えた農民には同じ重さの黄金よりも価値がある。これを求めて冒険者のまねごとを行い、ぼろきれのように死んでいく者が後を絶たないとか」

「訓練も積んでいない平民風情が愚かなものです」


 魔石を彼のほうへ見せつける。


「何色に見える?」

「暗い赤ワインの色かと」

「昨晩に飲んだやつか?」


 ボルダンは肩をすくめて笑みを浮かべた。味でも思い出しているのだろうか。家宰のガストンと結託し、ヴェルデン家の蔵から盗んだ金で得た赤ワインを。


「教えてくれ、ボルダン。この魔石と、民の流す血と、貴様の飲んだ赤ワインは――どうして同じ色をしているんだ?」

「エ、エスト様?」

「なぜヴェルデンの金蔵から、ワインや民の血が匂ってくる」

「…………」

「なぜ、貴様の懐から同じ匂いがするのか。釈明する気はあるか?」


 ここまで言えば状況が理解できたらしい。

 ボルダンたちが剣の柄に手をかけた。


「ユリアーナ」

「ハッ」

「こやつらを斬れ」


 うろたえていた白鷲も、今度は迷いなく剣を抜いた。

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