第6話

俺達が通う桜華学園の校風は他校に比べ、だいぶ自由だ。


というより、自由過ぎる。


この学園寮『紫陽花』の管理だって生徒だけで担う決まり。


よくある寮長や食堂のおばちゃんなんかはいない。


学園から資金だけが提供され、後は炊事、洗濯、掃除なんかも全部生徒達だけでやる。


なので必然的に、ああして自分達で当番制にしたり、担当者がそこを受け持ったりして回す。


紫陽花は料理上手な鞘さんがいてくれたおかげで、俺達はそれ以外の係だ。


「アジサイ、花が咲き始めたな」


5月から徐々に開花し、6月には完全に開花期を迎えるだろう。


去年、ベランダの左右の道を彩るかの様にアジサイが植えられた。


寮の名前が紫陽花なんだからアジサイの花で庭を一杯にしようと、優未が思い付きで提案して植えられたアジサイ。


そして皆の期待を裏切る事無く、優未はそれからわずか2週間で飽きて放置。


そんなあいつに代わって、このアジサイ達の面倒を見てくれているのが――


「与那嶺君……?」


黒髪ロングで超絶かわいくて綺麗な女の子。


「遠見さん……あの……」


彼女の名は遠見菜央。


俺や優未、そして吉安と共に小学校の時からずっと一緒のクラスメイト。


そして俺の、初恋の相手。


「与那嶺君がここに来るなんて珍しいね。どうしたの?」


「い、いや……あの、その……」


いつも一緒に居て、寮まで一緒なのに全然慣れやしない。


目を見て話す事も出来ないし、いざこうしてなると何をしゃべっていいか分からなくなる。


「あ、あの……ごはん、出来た、から……」


「え? あ、もうそんな時間かぁ」


「あ、うん」


「じゃあ私も道具を片付けてから――」


不意に春風が優しく吹き、彼女の髪をなびかせながら去っていく。


(綺麗だ……)


目を瞑る姿、髪をかきあげる姿。


そのどれを取っても目を奪われる。


「どうしたの、与那嶺君?」


「その……綺麗だな、って」


「えぇ!?」


「あ、いや、ア、アジサイが……」


「な、なんだ。アジサイがね。びっくりした」


ヤバイ、ヤバイ。


思わず本音がポロリと出てしまった。


「もうすぐ6月になればもっと綺麗に花が咲くよ。そうしたらここはアジサイで一杯になるね」


「そう、だね。たしかここ、優未がなんか変な名前付けてたような」


「たしか『マキシマムアジサイ道』だったかな?」


「うん、なんかそんな感じの。去年散々『変だ』、『なんで道だけ日本語?』とか騒いだ記憶が」


「でもゆーみんらしくて面白い名前だよね」


「そ、そうだよね。ホント、うん、そう思うよ」


くすくすと笑う彼女。


そんな彼女が大好きなのに、未だ俺はその想いを告げられないでいる。


言ってしまえば、もう今の様な時間や関係は崩れてしまう。


それを恐れ、ずるずると年月は経ち、この感情を抱いてからもう6年目。


いっそ、もうこのままでもと思っている自分もいる。


それじゃあダメなんだと気付いていながらも、1歩を踏み出す勇気が出ない。


あぁ、優未が俺をヘタレと言うのも無理はないな。


「与那嶺君、与那嶺君?」


彼女が俺を呼ぶ何度目かで、慌てて我に返った。


「え、な、何!? どうしたの!?」


「与那嶺君、またボーッとしてた」


「あ、ああ、ごめん……」


「ふふっ、今、与那嶺君が何を考えてたか、私分かるよ」


「えぇ!?」


まさか君のことを考えていたのがバレてしまったのか……!


「ズバリ、ゆーみんのことを考えてたでしょ」


「…………」


違ってる様な、当たってる様な……


「ね、ね、どうどう? 当たってた?」


「……ハズレ」


「うっそー、絶対そうだよー」


「ハズレです。第一、なんで俺があいつのことを今ここで考えるんだか」


「だってそんな感じの顔してたから」


一体どんな顔をしてたんだ、俺……


「ゆーみんと与那嶺君ってホント、お似合いだよね」


「…………え!?」


「お互い本音で話してるし、なんていうか気を遣わない仲っていうか」


「って言っても、全然遠慮なしって訳じゃあないと思うんだけど」


「ふふっ、与那嶺君はね」


「私、知ってるよ。与那嶺君がゆーみんの苦手な教科の大事な所に赤線引いてノート作ったり。食事の時に隣になったら、さりげなく椅子を引いたりしてあげてる所とかね」


「……よく気付いたね」


「だって、私も与那嶺君のこと、いつも見てるから」


「え……それって……どういう……」


ふと近くで猫の鳴き声が聞こえてきた。


「あ、今日も来たんだ♪」


「猫……?」


茶トラの猫がアジサイの茂みから出てきた。


首輪をしてない所を見ると、おそらく野良猫だろう。


「にゃ~」


「ふふっ、かわいい♪」


人に懐いているのか、彼女が頭を撫でても逃げない。


(……と言うより、猫のくせに遠見さんに頭を撫でてもらうとか! 羨ましいを通り越して妬ましい!)


「初めて来た時に餌をあげたら懐いてくれてね。よくここに来てくれるんだ」


「にゃ~」


「はい、今日も持って来たよ♪」


(海苔?)


ほころんだ笑顔で彼女が取り出したのは海苔。


鞘さんが言ってた海苔って、食べる為じゃなくて猫にあげる為だったのか。


けど海苔って……何で猫に海苔?


「猫は海苔食べないんじゃないの? それこそ魚とか」


「え、この子は好きで食べるよ。ほら」


猫は嬉しそうに彼女からもらった海苔をパリパリと食べている。


「……本当だ」


「この子は海苔が大好物みたいなの」


「変わった猫だね」


「知ってる? ネコが魚好きだって言われるの、日本だけなんだよ」


「え、そうなの?」


「うん。ネコは育った環境次第で食べる物が変わるの。日本は江戸時代の人達が魚を主食にしてたから、ネコも魚を食べる様になったんだって」


「って事はイタリアの猫はピザ好きで、インドの猫はカレー好きなのかな」


「あんまり想像出来ないけど、意外と食べてるらしいよ」


「昔からネコは恩知らずって言われてるけど、意外と人に合わせてくれるって考えると、案外そうでもないのかもね」


「遠見さん。猫、詳しいんだね」


「私、ネコが好き、だから……」


「にゃ~」


「あ、ちょ、もう無いんだってばー。くすぐったい♪」


あぁ、こいつ!


猫の分際で彼女の指を舐めるとか!


許さん、万死に値する!


(ぐぬぬぬぬ……!)


「…………にゃふ♪」


こいつ……勝ち誇りやがったぁぁぁっ!!


許さんぞ、絶対に許さん!


鞘さんに頼んで、今晩はねこ鍋にしてやろうか……!


「与那嶺君はネコ、好き?」


「え……!? す、好き、だよ?」


「なんで疑問形?」


不意に来た質問だったので変な返しになってしまった。


「ふっ……」


「あ、行っちゃった」


人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべて去っていく猫。


くそ、なんてかわいくないんだ。


あれか? 俺では彼女を射止められないとでも言うのか?


「ネコちゃんも行っちゃったし、私達も朝ごはん食べに行こうか」


「そう、だね。忘れてた」


「今日の朝ごはんは何かなー」


そのさりげなく口にする、可愛げな物言いだけでもドキッとしてしまう。


俺は、君のことが大好きだ。


けど、まだ今はその想い心の中に留めていよう。


いつか、この想いを告げられる時を信じて。

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想い伝えたくて_序章 @The_Yuni

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