第5話

やれやれ、とんだ出費になりそうだ……。


今月のお小遣い、残るかな?


「あら? 優未ちゃんは?」


優未を連れずにリビングへ戻ってきた俺に鞘さんが声を掛ける。


「起きて支度してますよ」


「ふふ、ごくろうさま」


「まったく、いつも起こす方の身になって欲しいもんですよ」


俺は不満げにしながら鞘さんに愚痴をこぼす。


「それだけ優未ちゃんは琉人君のことを信頼してるんじゃないかしら」


「そんなもんですかねぇ?」


「私はそう思うけどな。だってそうじゃなきゃ、自分が寝てる所に男の子を入れたりしないでしょ」


「あいつがそういう所、気にしないだけですよ」


「ふふ、それはどうかな?」


鞘さんが含みのある笑みを見せる。


「でも毎朝旦那さんに起こしてもらえるなんて、優未ちゃんがちょっと羨ましいな」


「冗談でも止めて下さい。あんなガサツでズボラなあいつが奥さんだなんて――」


「へぇ~。琉人君ってば、あたしのことそーんな風に思ってたんだー」


背後から怒りのオーラを滲ませながらやって来たのは。


「げっ! 優未!!」


「さっきの事、鞘さんにも話しちゃおっかな~」


「バ、バカ! それは言わない約束だろうが!!」


「なになに? 私とかにも内緒な事?」


鞘さんは嬉しそうにしながら優未の話に喰いついてきた。


「聞いて下さいよ~鞘さーん。さっき琉人がですね――」


「わー、バカバカ! やめろって!!」


俺は慌てて優未の話を遮る。


「ぬふふー、冗談よ、冗談♪」


「えー、私も知りたかったのになー。琉人君と優未ちゃんの秘密」


「鞘さんも勘弁して下さいよ……本当に何も無いんですから」


「ふふ、ごめんなさいね」


「優未ちゃんもあんまり琉人君で遊んじゃダメよ」


「だって面白いんだもーん♪」


「いじめてばっかじゃ旦那さん拗ねちゃうわよ」


「あはは、それは無いですよー♪ なんであたしがこんなダッサイ男と」


「おい、ダサイは関係ないだろ」


「え、そう? 私は琉人君、けっこうカッコイイと思うけどな」


「ふっ、そういう事だ。優未、少しは鞘さんの美眼を倣って精進するんだな(キリッ」


「うわ、キモっ!」


「キモイとはなんだ、キモイとは!」


「だって鞘さん、こいつかなりの『ヘタレ』なんですよ」


「なっ!?」


「好きな人に『好き』だと言う事も出来ない、情けない男。ヘタレの中のヘタレ。鞘さんが言う、ホンのチョッッッットカッコイイって要素を差し引いてもダメな奴なんですよ」


「ぐっ、そこまで言うか……」


図星を突かれ、何も言い返せない。


「……優未ちゃんは強いね。やっぱり好きな人には『好き』って気持ち、伝えられるんだ」


「そりゃそうですよ。だって言葉にしなきゃ相手に伝わんないじゃないですか」


「そうね……」


鞘さんの表情が少し曇る。


なんだろう? 鞘さんにもそういう相手が居るのだろうか?


「あっちからの告白を待ってるようじゃ、ダメダメ。そんな風に受けでいると、そのうち相手に恋人が出来ちゃいますよ」


「…………」


優未の正論に俺は返す言葉もなく、黙りこくってしまった。


そうだよな。今のままじゃ駄目なんだよな。


「あーあ、あたしも鞘さんみたいにバインバインだったらなー」


「え、えぇ!?」


重い空気になるのかなとも思ったのも束の間。


優未が全然関係ない話に脱線してきた。


「黙っててもあっちから男性陣がワラワラ来るじゃないですか♪ もう今年に入って何人目ですか? あたしの記憶じゃ20から先は――」


「ちょ、ちょっと優未ちゃん!」


この話題に触れられたくないのか、鞘さんが慌てて優未の口を塞ぐ。


「むがもご! く、苦しい……」


「ち、違うよ! 私は誰とも付き合っていないんだからね!」


「むむむー!!」


「琉人君なら分かってくれるよね、ね?」


「は、はぁ……」


鞘さんの人気は学校の噂でよく耳にしてたけど、改めて聞くと凄いな。


でもその20人以上の男性から告白されても、その誰とも付き合わないって事は、やっぱり好きな人でもいるのかな?


「石井吉安、ただいま朝の掃除分担箇所を終えて帰還しました!」


「もうお腹空いたよ~朝ごはんまだ~?」


3人でバタバタ話していたら、掃除を終えた吉安と着替えを終えた琉花がリビングに戻ってきた。


残すはあと1人。


「っと、まだあの人が下りて来てないのか。珍しいな、まだ寝てるなんて」


「あら? 菜央ちゃんなら琉人君と入れ違いで下りて来たわよ」


「え、でもどこにも……」


「ああ、水まきに行ってる筈よ」


「にしては遅いですね」


「そういえばそうね。海苔でも食べてるのかしら?」


「……なんで海苔?」


「んー、なんか水まきに出る前に海苔をちぎって持ってったのを見たのよ」


「だとしても1人で庭で海苔を食べてる映像はおかしいですよ」


「じゃあ琉人君、菜央ちゃんを呼んで来てくれない?」


「え!? お、俺がですか!?」


「いや、でも……それこそ優未が――」


優未に頼もうとしたのだが、それよりも先に吉安が口を開く。


「鞘さん、あの……なんかさっきから優未、動いてないんですけど」


「……その状態、息出来ないですよね?」


「え? …………あっ!?」


鞘さんは優未に喋られまいと慌てて口を塞いでいたのだが、勢い余って鼻も一緒に塞いでいたらしい。


その結果、すっかり動かかなくなっていた優未――


「ゆうみさん、冷たくなってます」


「た、大変! ど、どうしよう吉安君! ベランダに埋めた方が良いかな?」


「金魚じゃないんですから! ってか、テンパってとんでもない事さらっと言わないで下さい」


「ど、どうしよう! お風呂であっためる!? それともそれとも~」


「まず手を放してあげて下さい」


琉花よ、冷静なツッコミだな……


「やれやれ、とりあえずお前はナオちゃんを呼んで来いって。いつも囃し立てる奴を鞘さんが冷たくしてくれたんだからさ」


「むぅ……」


今は鞘さんも琉花もそれどころじゃないか。


(けど……緊張するな……)


俺はドキドキしながらリビングのガラス戸を開け、庭へと出て行った。

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