10:チョウサ

 程なくして移動都市ヘルニコグの隔壁の一つが素早く開かれ、数機の解体人機ガタヨロイが豪雨の下へ躍り出た。


 そのうち一機の掌の上には、イムリとニャプラーの姿がある。ニャプラーは重力線拡散望遠観測装置を展開した観測モードに変形しており、イムリとケーブルで繋がっていた。そしてガタヨロイの小隊は各機が、機体の身の丈よりも長く細い直方体型の《弾体投射装置》を片腕に装備していた。


『──言っておくけど、これで貸し三つだから! 覚えてなさいよね』


 ガタヨロイの接触回線を通じてコリノの声がイムリへ届いた。


「三つ?」


『ブラックロータス作戦で失ったガタヨロイの分、この作業に付き合ってやる分、あとはさっきの会議で目を瞑って黙ってやってた分の合計三つよ。ガタヨロイ部隊の損失については、環境局長官直々に弁償させてやるから覚悟しなさい』


「うへぇ……」


「ふん。それじゃガタヨロイ各機、撃ち方始めるわよ!」


 治安維持局のガタヨロイ小隊が、上空へ弾体投射装置を掲げた。弾体投射装置は装填した物体を電磁力で加速し射出する火砲だ。その側面のスリットが青色に光ると、四角い砲身内部で発生した電磁力によって、流線型の弾体が黒雨を切り裂いて次々と射出された。


 打ち上げられたのは、イムリたちの”奥の手”こと、《デプリビジョン弾体》だった。黒いカプセル状であるこの装置は両手に収まるほどのサイズで、ガタヨロイの弾体投射装置に規格を合わせた特注品である。デプリビジョン弾体は上空で落下傘を展開し、慣性に抗って雲の内部を浮遊し始めた。


「……ニャプラー!」


『ほいニャ! デプリビジョン弾体群のマルチ探知機能センサーユニット、同調オッケーだニャ』


 デプリビジョン弾体はイムリが自分自身のために開発した小型探知機だ。この探知機は、イムリの五感に対応した各種のセンサーユニットを搭載している。そしてニャプラーを中継してこれとイムリの電脳をリンクさせることで、任意な空間の三次元スキャンができる。つまり、イムリの感覚器官を人工的に拡張するための装置なのだ。


 このデプリビジョン弾体は重力線拡散望遠観測装置と比べて観測距離が圧倒的に短く、なかなか実用で活躍する機会がなかった。けれども幸い重油雨がすでにこの探知機の有効な範囲圏内まで十分接近していたことに、イムリは気づいたのだった。


『にゃ~。こんなに近いのに、直接観測できないなんてもどかしいニャ』


「まあまあ、適材適所ってやつだよ」


 遺憾を表明しつつもニャプラーがデプリビジョン弾体のビーコンを拾う。合計十六基打ち上げられたデプリビジョン弾体は相互に座標情報を交換しながら、イムリの感覚を最も増幅できる位置取りへと調整した。イムリが静かに目を閉じると、デプリビジョン弾体の群れが構築した三次元スキャンのイメージに視界が切り替わった。


 一転暗闇の世界が広がり、上下左右の感覚が消えて、突然の浮遊感がイムリを襲う。電脳が情報を処理すべくフル稼働を始め、イムリのゲル状の髪が放熱冷却のために忙しく震えた。イムリは一瞬顔を歪めたが、落ち着いて意識を立て直し、光学センサーの波長を可視光線から赤外線へと変更した。


「──やっぱりだ。雲の内部の空間で反重力場が形成されてる。でも電波が変な方向に捩じ曲げられて、うまくスキャンデータが拾えないや」


 イムリの電脳内にイメージとして浮かび上がったのは、重油雨の雲の中心に陣取る巨大なドーナツ状のシルエットだった。このドーナツ状の何かこそが重油雨の本体雲であり、重力異常によって歪められた空間そのものだ。


 その中央の穴からは、霧状の細かな雨滴となった生成油が濛々と噴出している。生成油の霧は、片や上空に吹き上がって雨雲を形成し、あるいはドーナツの表面で発生している対流の渦に巻き取られて、流動し循環を形成していた。けれども肝心のドーナツの”中身”は、この方法でも観測できなかった。


『うーん、ダメかニャ。電波も結局は重力の影響を受けちゃうからだニャ』


「まあ、ここまでは想定内だね。……だったら”音”を使ってみよう」


『なるほどだニャ! 超音波ならうまくいくかもしれないニャ』


 イムリは弾体の探知機能を、超音波ソナーへと切り替えた。


 十六基のデプリビジョン弾体が一斉に超高周波音の合唱を奏でた。強化されたイムリの人工聴覚にとって、それはクジラの鳴き声のような甲高い共鳴の音色に聴こえた。生成油が満ちる空間内に浸透した超音波は、内部の構造に反射して複雑な拡散を繰り返し、イムリの耳元へと返ってくる。イムリは電脳の反響定位エコーロケーション補正を駆使し、その情報を視覚イメージへと変換した。


「あれ……これもダメだ」


 ところが超音波による探知はまたしても失敗した。イムリの脳内に出力されたイメージは、あちこち歪んでおり何を映しているのかよくわからなかった。


『解析完了。観測が失敗した理由がわかったニャ。超音波を媒介する生成油の密度が不均一だから、うまく反射音が拾えないんだニャ』


「なるほど……困ったな、これは想定外」


『だったら、”匂い”を辿ってみるのはどうだニャ?』


「! ……ニャプラー、それ天才かも」


 すぐさまイムリはデプリカビジョン弾体の嗅覚センサーをオンにした。


 探知機の下部から細い釣り糸のような検知プローブが垂れ、本体雲にぽちゃんと着水する。ニャプラーが気を利かせて空中で弾体群の位置を調整し、横一列に整列させた。こうして空中に弦楽器の弦のような匂いセンサーの走査網が完成した。


 検知プローブを伝って、イムリの脳内に強烈な生成油の刺激臭が充満した。だが、その中にはかすかな金属や樹脂の匂いも混ざっている。イムリは電脳の補助解析機能の力を借りて、空間の臭気成分情報をスペクトラム分布イメージへと置き換えていった。一ヵ所が終わると、次の一ヵ所へ。地道な作業が続く。


『──イムリ、ナイスだニャ! 空間の匂い情報でクラスターマップが構築できてるニャ。ちょっと時間はかかるけど、これなら本体雲全体のスキャンも可能だニャ!』


「うん、どんどん走査していこう」


 やがて重油雨の中で乱気流に弄ばれたデプリビジョン弾体は、やがてひとつまたひとつと通信途絶ロストしていった。だが同じタイミングでイムリの情報収集も任務を完了した。


「視えた! ──これは……っ」


 電脳内に構築した立体イメージの光景に、思わずイムリは息を呑んだ。




 都市に戻ったイムリは、すぐさま観測結果を念入りに検討し直した。けれどもスキャンデータに示された情報は、もはや疑いようのない事実らしかった。首都司令塔の最上部に位置する《移動都市中央司令室》に揃ったトーリッジと主要メンバーの面前で、イムリは最新の観測データを展開し断定した。


「──雲の内部に、反重力によって浮遊している巨大な製油工場がありました。この製油工場が今回の《重油雨》の原因と考えて間違いありません」

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