12:サクセン

 移動都市ヘルニコグの総力を挙げた《ヨルムンガンド作戦》が幕を開けた。


 轟音と衝撃波を黒色の空に撒き散らして、合計二四基の《大型遺構発破解体弾体》が射出された。ガタヨロイ一〇機で一基を支え持つ《大型弾体投射装置》の特大口径に見合った巨大な弾体が、重油雨の本体雲に向かって一直線に突っ込んでいく。


 着弾の瞬間、黒い雲はどぷんと音のしそうな波紋をその表面に発生させた。そしてそのまま、音速で突き刺さった弾体をすべてその身に飲み込んだ。


『──弾体斉射、第一波全て命中。時限起爆まで残り一〇秒です!』


 イムリたち軌象予報室メンバーは、作戦の最前線にて治安維持局のガタヨロイ部隊と行動を共にしていた。イムリは片膝を突いて駐機したガタヨロイの掌の上に載り、観測モードのニャプラーと接続していた。


 上空には作戦開始前に打ち上げたデプリビジョン弾体がいくつも浮遊している。イムリはこの探知機群で重油雨本体雲周辺の座標情報を収集し、リアルタイムでガタヨロイ部隊へ中継していた。


「高いよー! 怖いよー!」


 ゲンレは作業中のイムリにしがみついて悲鳴を上げていた。高いところが苦手なのだ。その傍には、耐油布の覆いに包まれた巨大な大容量バッテリーが置いてあった。有事の観測に備えた、虎の子の大電力だ。


 イムリの目の前では、コリノが現場を指揮している。


 コリノが搭乗するのは長官専用機の特別なガタヨロイだ。主に戦闘用自律機械のパーツから組み立てられたそれは、性能も外観も一般の機体とは一線を画したものだった。超八面建造体斜面には、このコリノのガタヨロイを中央として、大型弾体投射装置を懸架したガタヨロイ部隊がずらりと左右一列に並んでいた。


『起爆の衝撃に備えなさい!』


 コリノが広域通信で叫んだ。




 雲が揺れた。



 本体雲が眼に見えて膨張した。心臓が大きく鼓動を打つように、黒い塊がドクンと波打つ。黒い生成油の膜の内側から、オレンジ色の光が広範囲に透過して明滅する。衝撃波が周囲の大気を揺さぶり、遠く離れた移動都市ヘルニコグを強く圧した。


『弾体斉射第一波、全基予定通り起爆しました』


 オペレーターの報告で、全員が固唾を呑んで推移を見守った。静寂がその場を支配する。起爆直後の本体雲には目立った変化がないように見える。……失敗、か? そんな言葉が脳裏を過ぎる。ねっとりした粘度の高い時間が流れた。


 変化は急に訪れた。


 本体雲の表面に、ボコボコと泡立つような斑模様が浮かび上がった。そして次の瞬間、本体雲の各所で急激な凹みが発生した。それはまるで、空に浮かぶ黒いドーナツが巨大な口であちこち不均一に齧られたようだった。


『出ました。大規模な《爆縮》の発生を確認!』


 《大型遺構発破解体弾体》は読んで字のごとく、もともとは倒壊した巨大な遺構を発破し解体する爆破工事用の弾体である。


 この巨大な弾体は、準安定分子間複合材ナノテルミットコアと、液体燃料および液体酸素を充填したタンクで構成されている。ナノテルミットは瞬時に高温発熱する着火剤だ。このナノテルミットが液体燃料に点火すると、制御された爆発の圧力が内側へ向かって収束する。これがいわゆる《爆縮インプロージョン》現象である。


 大型遺構発破解体弾体は爆発ではなく爆縮を生じることで周囲の物質を引き寄せ、もろとも自爆する弾体だ。この弾体の性質を利用しようとしたのが、トーリッジの計画だった。


『作戦の効果有り。消滅した生成油の推定量、全体のおよそ二〇パーセントです!』


 テュポーン作戦に用いる大型遺構発破解体弾体は、液体燃料のタンクを取り外し、代わりに液体酸素が二倍搭載してある。なぜならば生成油ねんりょうは弾体の周囲の空間にたっぷり存在しているからだ。起爆した大型遺構発破解体弾体は、目論見どおり大量の生成油を消費して爆縮し、雲の内側の製油工場にも大きなダメージを与えた。


『第二波、斉射準備。──構え、撃て!』


 コリノの号令で、再び轟音と衝撃波を撒き散らして大型弾体の群れが雲に突き刺さった。一瞬の静寂の後、再びドーナツ状の本体雲を内側から揺さぶる爆縮の鼓動と、大きな凹みが発生した。


 続けて第三波が着弾し、同じ事象を繰り返した。本体雲の内部から、何かが軋むようなくぐもった異音が連続して響き始めた。それは耐久の限界を超えた製油工場の建造物が大きくひしゃげ、原型を崩壊させていく音であった。


『本体雲内部に残存する生成油推定量、三〇パーセントまで減少だニャ!』


「よし、順調だ──!」


 イムリは観測中継弾体の探知情報を走査しながら呟いた。


 本体雲の内部では、製油工場があちこち破壊され、機能停止に向かいつつあった。さらに生成油の量が局地的に急減したことで、空間の重力異常が安定を欠いて不均一になった。結果として、歪なドーナツ形状となった本体雲のあちこちから生成油が黒い滝のように噴き出し、流出を加速させた。


『この状態では、もはや製油工場を維持することはできんだろう。──怪物を腹の中から攻撃する作戦とは、なるほど言い得て妙だな』


 首都司令塔で状況を見守るジッケロイの呵呵大笑する声が、通信に乗って届いた。

 

 その時だった。


「……待って、ジッケロイさん」


 イムリの視界の隅で小さな注意表示が灯った。デプリビジョン弾体が届けたスキャンデータの中に、一瞬、生成油ではない流動する何かが映り込んだのだ。それは製油工場の残骸の隙間を高速で移動したように見えた。


『──イムリっ!』


「わかってるニャプラー。……おかしい、製油工場の崩壊が止まった」


 ニャプラーが感知した異常をすでにイムリも認識していた。空中分解は時間の問題と思われた製油工場の遺構が、なぜかこの瞬間からぴたりと崩壊を停止したのである。にわかに金属が軋む音も止み、静かな緊張感が漂い始めた。一拍遅れて、中央司令室では、オペレーターが呆然とした声色で報告した。


「本体雲内部の生成油量、再び上昇中。なんてこった……製油工場の生産機能が徐々に復活しつつあるようです!」


「何が起こっているんだ?!」


 中央司令室のメインモニターを睨みつけて、トーリッジが叫ぶ。突如その視界が一気に赤く染まった。それはモニター全体に出現した数多の警告表示の赤色だった。


「重油雨本体雲の表面に正体不明の高エネルギー警報です! 光学センサーに反応あり……映像、出ます!」


 メインモニタ-に映し出されたのは、重油雨本体雲の油膜の表面を突き破って現れた、巨大な機械の《触腕》だった。その数は五本だ。機械の触腕は多重関節とゲル状の軟体組織で構成されており、先端では多眼のセンサーがぎょろぎょろ蠢いている。さらに表面には、生成油を取り込む円型の吸入口がびっしり無数に並んでいた。


「うわっ、でか……っ!」


『これは……自律機械の一部?! でかすぎだニャ!』


 その光景を、都市から遠く離れた作戦最前線では、イムリたちが直接目撃していた。ニャプラーが驚愕の表情をネコ型ディスプレイに表示した。


 続けざまに、巨大な機械の触腕が生成油の膜を破って次々と出現した。そして最終的にその総数が二〇本を数えたところで、ついにその本体が生成油の黒海の表面に浮上した。

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