04:カイギ
移動都市ヘルニコグ第〇壱立体区画 《
この会議場はまるで古代の円形闘技場のような荘厳な造形だ。けれどもこれは決して古えの時代を回顧する趣味ではない。このドーム空間は元々惑星間宇宙船の
弧を描く壁一面を取り囲んだ仮想スクリーンには、都市各部のリアルタイム情報が表示され、都市の各施設、生産工場の稼働状態が逐一モニタリングされている。照明が絞られた会議場内を満たすのは、これらのホログラムから放たれる青白い光だけだった。
艶のない黒色の床は、一面が立体映像を映し出すプロジェクション装置を兼ねており、その周囲から空中へと至る通路が伸びている。その先に参加者のための座席がぐるりと円を描くように配置してある。
仄暗い会議場の中、六つある座席にはすでにそれぞれの主が着席していた。ある者は隣同士で世間話に興じ、ある者は目を瞑ったまま黙考に耽り、またある者は天を仰いでいびきをかいており、あるいはこんなところでも事務作業をしている者がいれば、最後の一人は手元で工作用と思しき機械を弄り回していた。
「──やっと来たわね」
目を閉じたままの人影が少女の声で呟いた。おりしも会議室の自動扉が開錠され、両開きになった正面の入り口から、ゲンレとイムリの両名が入室した。ちなみに自律機械のニャプラーは会議に参加できないため留守番している。
「定刻となった。それでは臨時長官会議を始めよう!」
朗々とした声が響き渡るのと同時に、室内の照明が一斉に点灯して、その場に集う者の顔ぶれを顕わにした。
「前回から少々時間が空いた。まずは各局の状況を簡単に伝えてもらえるか?」
議長として一番上座に座るのは、移動都市最高総司令官 《トーリッジ》だ。名実ともに都市のリーダーであるトーリッジは、颯爽とした男性である。目元に年相応の皺も刻まれているとはいえ、彼の顔立ちは目つきまで精悍に彫られている。深い水色の髪の襟首を短く整え、彼の
そしてトーリッジを始点として順番に着席しているのが、都市の五人の最高責任者たちだった。
「環境局の都市衛生環境モニタリングはオールグリーンだよ。都市の閉鎖生態系システムの稼働率は八〇パーセント、許容範囲内だね。追加の議題については後ほど」
環境局長官 《イュハン》、──長髪を編み込み幾重にも束ねた妙齢の女性だ。イュハンはゲンレとイムリの上司でもある。
「治安維持局。違法な
治安維持局長官 《コリノ》、──白い軍服のような意匠のボディスーツに身を包む、ツインテールの小柄な少女だ。
「建設局は目下、先日の磁起嵐によってダメージを受けた都市施設の復旧作業中だ。これは新開発した耐磁性素材のテストも兼ねておる。乞うご期待ってところだな、がっはっは」
建設局長官 《ジッケロイ》、──挙動一つからも豪快さを感じさせる、白髪オールバックに老顔の偉丈夫である。
『情報局、異常無シ』
情報局長官 《ロータンシ》、──異様な高身長と、襟高のボディスーツの男だ。彼はシリンダー状のヘルメットで頭部全面を覆っている。電子音声で短く発言を終えたきり、ロータンシは石のように微動だにしない。
「
最後に
「──皆さん、臨時の招集に応じていただきありがとう」
改めて口火を切ったのは環境局長官イュハンだった。
イュハンは首筋がすらりと伸びた、淑女然とした女性だ。切れ長な目で、口元にはいつも薄く微笑を湛えている。しなやかな体に密着するボディスーツは白い前垂れとスリットを備えていて、中華ドレスを思わせる。
「
そこでイュハンは少し語尾を濁して苦笑した。視界の端で露骨に不機嫌な顔をしている同僚に気付いたためだった。
「その前に治安維持局長官殿が何か言いたそうにしているから聴いておこうか」
「ご丁寧にどうも!」
ふん、と鼻を鳴らしたのは治安維持局長官コリノだった。長官用の座席に足を組んで収まるコリノは、白を基調として金色の計器を各部に配置した軍服のようなボディスーツに身を包む小柄な少女だ。桃色のツインテールといかにも気が強そうな顔つきがコリノの外見的特徴だが、今まさにその鋭い視線がイムリとゲンレに突き刺さっていた。
「
コリノが軌象予報室に食ってかかるのには理由がある。コリノは設立からまだ日が浅い軌象予報室のことを胡散臭く感じているのだ。その圧に晒されたゲンレは蛇に睨まれた蛙のように硬直したが、イムリはどこ吹く風で尋問に返答した。
「軌象予報室の定期的な観測活動だよ。無駄遣いしてるわけじゃないよ、機材の燃費が悪いの」
「都市全体の一日分の総電力よ?! もうちょっと節約しなさいよ、節約!」
「無理。なんならもっと欲しい」
「あのねぇ......そもそもあれは元々治安維持局に割り当てられてた供給なのよ?! もうちょっとありがたみってもんを感じなさい!」
「──まあまあ。それくらいにしてやっておくれ、コリノ」
コリノの怒りがヒートアップする様子を見て、イュハンが苦笑交じりで部下の発言をフォローした。
「当局が軌象予報室を設置してから少なくとも二回の第一級災害異常軌象を予報し、被害を未然に食い止めている。いずれも都市を直撃すればその損失は計り知れない天災だ。”丸一日分”でも安いとは思わないかい?」
「ふん。成果は出してるって言いたいわけね。でもちゃんと”手綱”は握ってなさいよ。そこの
治安維持局長官の冷ややかな両眼が縮こまったゲンレを経由して、見上げるイムリの視線と交錯した。コリノのまなざしには、強さを増した不信感の光が宿っていた。
「──数十年前に突然都市の奥底から現れ、オーバーテクノロジーを扱う、謎の
「ふふふ、仰せの通り心得たよ。……それでは改めて本題に入るとしよう。ゲンレ室長、よろしく頼むよ」
治安維持局長官直々の尋問は一旦幕を下ろしたようだ。イュハンの言葉を受けて冷や汗かきかきゲンレが進み出ると、床面の立体投影装置がブォン、と起動し、床全体が青い光を発した。室内に向けて軽く一礼して、ゲンレが喋り始めた。
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