03:テンキヨホウ

『移動都市ヘルニコグの皆さんこんばんは、軌象予報士のイムリです。軌道歴七〇二年、二九八日、四〇時現在の軌象情報をお伝えします』




 《移動都市ヘルニコグ》は、超八面建造体の最頂点付近に建設された、現生人類の播種はしゅ拠点である。いまからおよそ七〇〇年前、木星の衛星軌道から帰渡した一隻の惑星間宇宙船が超八面建造体へ着陸した。もっともそれは着陸というには少々荒っぽさが過ぎたらしい。墜落ないし追突という表現がより正確だ。


 この出来事が移動都市の黎明であり、《軌道歴》という暦の起こりでもあった。




『──それではまずはじめに、先日都市近辺を通過した磁起嵐について続報です』




 超八面建造体の表層が天然の防護壁として機能したので、その内部は比較的安全な空間だった。そこで垂直に突き刺さった惑星間宇宙船の残骸を起点として、まるで巨大な蜂の巣か蟻塚のように、都市は正八面体の中で成長していった。


 そして現在、そんな都市のあらゆる場所に設置された拡声器から、イムリの音声が大音量で放送されていた。




『磁起嵐一四五号は軌道南東から軌道北西に向けて北下し、軌道境界を越えて都市の進路後方を通過しました。建設局によると、この磁起嵐による建造物への大きな被害は確認されていません』




 ヘルニコグはその内部で合計四八の立体区画セクションに分かれている。都市の最中心部であり、かつて惑星間宇宙船の心臓部でもあった、第〇壱立体区画 《首都制御塔イド・ツリー》を取り囲むように主要な都市機能が配置され、各立体区域が重なって階層構造を成している。




『今後、一四五号は北西への直進針路を維持し、都市から更に離れる予想です』




 都市の中枢には、行政実行機関である《五星統轄局》がそれぞれ拠点を置く。すなわち《環境局》、《建設局》、《治安維持局》、《情報局》、《遺構開拓ヘリダイブ局》の五つの組織とその府城である。この中で遺構開拓局だけは、都市直下に伸びる巨大な縦穴である《垂直降下抗》の地下五キロメートル地点に設営した基地を本拠地としていた。




『次の軌象状況です。先日発生した遺構地帯の破断に起因した階層崩落により、大規模で急激な低気圧が発生しています。気圧の高低差は徐々に小さくなりますが、与圧チャンバーの設定に注意してください。さらにこの低気圧の影響で、時折激しい突風が予想されます。都市外での作業中は安全帯を着用してください』




 移動都市ヘルニコグの総人口は現在およそ三〇,〇〇〇人だ。しかしその中に市民登録を持たない無法者たちは含まれていない。彼らの多くは、治安維持局が禁止した軌道周辺への違法な遺構開拓ヘリダイブを行う《械収者サルベージャー》を生業としていた。




『それでは明日以降の軌象予報です。超八面建造体はこれから一五〇時間みっかかんかけて亜寒帯区域を通過します。都市全体で、平均気温はマイナス20度から50度の寒波となるでしょう。予期せぬ超電導の発生に注意してください』




 数十年前、コールドスリープ状態のイムリとニャプラーを都市深部の遺構で発見したのは、そんな《械収者》の一味だった。イムリが目を覚ましたとき、彼女には記憶がなかった。そしてイムリの素性を示す唯一の所有物は、隣で発掘された自律機械のニャプラーだけだった。




『またこの間、断続的に《水銀雹すいぎんひょう》とこれに伴う指向性放電が起こるでしょう。定期的に空間内の磁束密度ガウスモニタリングの変化を確認してください』




 完全な身元不明人だったイムリの能力を見出し、軌象予報士という職務と肩書を与えたのが、五星統轄局・現環境局長官のイュハンだった。それからというもの、三日に一回の定時天気予報は拠点都市ヘルニコグのお決まりとなった。




『大気の状態は安定しています。大気中に含まれる生体腐食性ガスの濃度は安全限度未満ですが、用心のためマスクとボディスーツを常に着用してください』




 こうして、いまやイムリは相棒ニャプラーとともに、移動都市ヘルニコグでは知らない者の方が少ない《お天気お姉さん》になったのだった。




『最後にお天気占いのコーナーです。明日のラッキー重金属雲は《コバルト雲》、皆さんも探してみてください。──それではまた次回も同じ時間にお会いしましょう、さようなら』

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