第32話 少なくとも人ではないと思う

それからあっという間に2日が経ち、ついに幽栖の命日がやってきた。0回忌とでも言うのだろうか。

幽栖の望みで最後はベッドで見送ってほしいとのことだった。


「みんな2週間ありがとう。期間としては短いはずなのに、いままでで一番長く感じられた時間だったよ」


幽栖は淡々としゃべる。相場は涙声と少し涙を流すのではないだろうか。


「私も楽しかったよ・・・幽栖と会えて最高の夏休み旅行になった・・・ありがとう」


対照的に香川はすでに涙を流し、涙声で答える。・・・まだ2時間あるんだが。


「幽栖、私も楽しかった。幽栖がいなかったらここまで楽しい旅行にならなかったと思う。ありがとう」


音無は涙声で答える。涙は・・・少しだけ出ている。



その後、2週間の思い出を語ったり、幽栖に感謝の意を述べたり、逆に感謝されたりしているとあっという間に残り5分となった。


「もうそろそろ時間だね」


2時間の間にいろいろな思いが込み上げてきたのか、幽栖も涙声になっている。


「本当に逝っちゃうんだね」


「ねぇ、あさみん。またいつか出会えたら・・・友達になってくれる?」


「・・・うん!もちろん。今度は一緒に遠いところに旅行したり、もっと楽しいことしたりしようね」


香川に向けられた言葉だが、香川以外もうなずいている。


「ありがとう・・・。じゃあ、またいつか」


そう言って幽栖は目を閉じて横になる。


「またいつか!」


時刻は7時00分30秒。最後の言葉は・・・きっと届いたのだろう。




しばらく幽栖との思い出を語っていたが、長居するのもどうかと思い、1時間ほどで家に戻ることになった。


「分かっていたけど、人が死ぬっていうのは悲しいね」


音無が言う。


「うん・・・」


珍しく香川の方が元気がない。一番幽栖と仲良くなっていたのは香川だから、喪失感はこの中で一番大きいのだろう。


「・・・すこし散歩してくる」


僕はそう告げて外出の準備をする。


「え、今?・・・ああ、気を付けて」


音無は何かを理解したように見送ってくれた。





「別に俺たちの前で泣いてもいいんだけどな」


梶井君がそう言う。


「見せたくないんでしょ。遠藤君あまり苦労を見せないし」


香川さんは私から見てもかなり元気がない。いつもなら「ついていく!」とでも言いそうなのに、今日は何も反応をしていない。


「朝海、悲しむ気持ちも分かるが、それで日常生活に支障をきたすのは幽栖も望まないだろう。とりあえず風呂にでも入ったらどうだ」


「・・・そうする」


梶井君に言われておとなしく入浴の準備をし始めた。本当にこんな香川さんをいままで見たことがないかも。


「香川さんってあんなに落ち込むんだね」


「朝海は無茶苦茶、奇想天外、縦横無尽だが、情には厚いからな。身近な人の不幸には本気で悲しんだり落ち込んだりする」


こういう時にいつもの朝海を取り戻せる彼氏ならなぁ、と小声でこぼしていた。


遠藤君の提案に賛成したものの、人の死というのは本当に気持ちを沈ませる。出来たらあまり経験したくない。


「蓮が今日は食欲もあまりわかないだろうということで、少量のおかゆを作ってくれているみたいだ。無理して食べる必要はないとも言っていたが、何か口に入れられる気分なら食べておいた方がいいと言っていたぞ」


・・・さすがは遠藤君だ。未来視のレベルで用意が行われている。悲しい気持ちで胸がいっぱいだが、お腹がすいていないと言えば嘘になる。


「・・・もらおうかな」


壁に手を当てると出来立てほかほかのおかゆとレンゲが出てくる。最先端ってすごい。


「くっ・・・お腹はそんなにすいていなかったが、音無のそれを見た瞬間無茶苦茶お腹がすいた。やっぱ俺も食べる」


おかゆを一口、口に入れる。程よい酸味が鼻を抜ける。おいしい。本当にどうやって作っているのだろうか。プロの料理人にこっそり外注していると言われても信じてしまうほどにはおいしい。




「蓮の奴、『少量』とか言いながらしっかり満足できる量入れやがって」


ちょうど腹八分目程度の満足感が得られるような量調節が行われていた。


「さすがは遠藤君だね。こんなところまで完璧」


「いつもは香川の戯言だと思って聞き流しているが、こういう時には蓮が宇宙人と言われても信じそうになる」


遠藤君は少なくとも人ではないと思う。




気が付くと朝になっていた。あれ、昨日お風呂には・・・入ったよね?うん、入ったはずだ。香川さんが出た後、梶井君が「先いいぞ」と言ってくれたから、入ってそのあと梶井君たちに渡した。うん、大丈夫。


「あ、遠藤君寝てる」


初めて遠藤君が寝ている瞬間を見たかもしれない。昨日は覚えている時刻で9時には帰ってきていなかったはずだから、遠藤君が帰ってきたのはそれ以降なのだろう。いろいろ気を回していたみたいだから、疲れたのだろう。


「こういうところを見ると遠藤君も人間なんだなって思える」


自分で言って少し笑ってしまった。


「おい、いつもは人外みたいに言うのはやめてくれ」


「きゃ!・・・え、起きていたの?いつから?」


「寝ぼけながら、風呂に入ったか考えているところからだ」


「最初からじゃん」


というか声に出ていたのだろうか。


「やっぱり人外かもしれない」


「僕はいつでも人間だ。正真正銘人間だ」


遠藤君はいつもこういうけど実際のところ疑わしい。香川さんの言う通り完璧超神かもしれない。






ーー佐久万幽栖が死亡した夜。


「ええ、はい。裕作様。本日お亡くなりになられてしまいました」


「・・・・・・・・・」


「幽栖様の伝言です。『いままでありがとう。今度会いに行くから』とのことです」


「・・・・・・・・・」


「はい、幽栖様の見立てでは90%ほどのようです」


「・・・・・・・・・」


「懸念点がいくつかなくなったと嬉しそうに申し上げておられました」


「・・・・・・・・・」


「それは幽栖様に口止めされていますので申し上げることができません」


「・・・・・・・・・」


「すみません」


「・・・・・・・・・」


「来月の頭あたりに帰らせていただきます。幽栖様の遺言が残っていますので」


「・・・・・・・・・」


「失礼いたしました・・・終わりました」


「そう、じゃあ始めるか」


「言われた通り、運んでおきました。本当にそれだけでよかったのですか」


「絶対に手順を間違ってはいけないからな。僕がやった方が確実だ」


「かしこまりました」




「たぶん大丈夫だ」


「成功なさったのですか」


「ここまでは順調だ。残りは8時間、放置しておかなくてはならない。逆に触ってしまうと今までの努力がすべて水の泡だ」


「ではどうすれば」


「僕が許可するまでこの部屋には誰も入れないこと。鍵がかかっているから簡単には入れないとは思うが」


「それは私も含めてですか」


「もちろんだ。君どころか家族すらも入れないでほしい」


「かしこまりました。そこまで言うのであれば」


「じゃあ、そろそろ夜が明けるから僕は帰るよ。君も無理はしないように」


「ありがとうございました。これで悲願が叶いそうです」


「僕もこんなよくある結末は嫌だからね、じゃ」



ーー間もなく夜が明けた。


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