第22話 嘘に本当のことを混ぜないで
カチューシャ事件から早1週間。ついに音無の曲が完成した。
「これは今までで最高の出来だよ。ありがとう遠藤君」
「僕はちょっと口をはさんだだけだ」
「データを音羽さんに送って・・・よしこれでオッケーかな」
会社自体はこの街にあるが、行くのにも時間がかかるので基本はパソコン上でやり取りをするようにしたらしい。
一区切りがついたので、リビングでゆっくりしていると香川が2階から落ちてきた。よく足が痛くならないな。
「蓮!よく考えたら明日、七夕じゃん!笹の用意できてる?」
「笹いるか?別に何を願ったところで叶うわけじゃないし、「私、神とかそういうのに願って夢をかなえたくないんだよね。ふふん!」とか去年言っていただろ?」
くさいセリフをなんの恥ずかしげもなく言えるのが香川の厄介なところでありすごいところだ。
「蓮は何もわかっていないなぁ。いい?確かに、私は夢とかは願わないけどイベント事はしっかりしないといけないと思うの。それに結局去年は短冊書いたじゃん」
そう言えば書いた気もする。
「香川はなんて書いたんだ?変なことを書いていた気がする」
「変なことって酷い。私は『望いごともねがいごとって読むようにしてください』って書いただけなのに」
ここまでどうでもいいことを願うやつがいるだろうか。というより漢字を覚えろ。
「でもやっぱり七夕には笹と短冊は必要だよね、奏花ちゃん」
いきなり無心にポテチをほおばっている音無に飛び火する。
「え?あ、うん。そうかもしれない」
「音無、話を聞いていたか」
「も、もちろん。確かピーマンとパプリカをレントゲンで撮ったら違いがないよね、っていう話でしょ」
なぜイチかバチかでそれが通ると思ったんだろうか。
「七夕には笹と短冊が必要かどうかっていう話だ」
「いらないでしょ」
ばっさりと切り捨てる。
「えぇー奏花ちゃん、七夕っていう文化知らないの?」
「私、七夕とハロウィンは嫌いなんだよね」
「あんなに楽しいのに、もったいない」
「なんで嫌いなんだ?思い入れはなくとも嫌いにまではならないと思うが」
「私が書いた短冊が毎年絶対落ちるの・・・私だけ」
なんかとんでもない話が飛び出してきたな。
「ああいうのはいろいろな願い事が跋扈している中に自分の秘密の願いを混ぜるから楽しいんでしょ。毎年私の短冊が落ちて、「この願い事したの誰ー?」ってさらされる人の気持ち考えたことある?」
なんかかわいそうだな。
「仕方がない。今年は天体観測くらいにしておくかー」
さすがに香川も諦めたようだ。
「この辺りに星がきれいに見える場所なんてあったっけ?ここ結構都会だから星なんてあまり見えないと思うんだけど」
「あれ、奏花ちゃん知らなかったっけ?ここから結構きれいに星が見えるよ」
「え?」
「訳あって特に用事のない限りは締め切っているんだが、実はこの寮には屋上と大きい天体望遠鏡があるぞ」
「訳って?」
「去年、飛行物体を放出した馬鹿がいたから締め切ることにした。ちなみにその飛行物体は未だ飛び続けている」
「何、そのやばい物体?」
「運がよかったら見えるかもね」
「見たくないんだけど」
星の代わりに見えるのは流石におかしいだろ。
少し時が流れ、七夕の夜になった。結局、屋上で焼肉をしながら天の川でも見ることになった。
「奏花ちゃん、あの強く光っている星が2つあるでしょ。見にくいけどアレがオリオン座」
「へぇ、詳しいね。星空なんてまじめに見たの初めてかも」
「おい香川、嘘を教えるな。オリオン座は冬の星座だ。今の時期に見えるわけがない」
「あーもう、せっかくいい感じに騙せていたのに」
というか、ここまで大胆に嘘をついているのだから音無もさすがに気付いてほしい。
「え!?嘘だったの?じゃあ、その下に見える一等星と斜めにある星をくっつけたものがこいぬ座っていうのも・・・」
「もちろん嘘だよ」
「えぇ・・・私信じていたのに・・・」
一般教養が足りなさすぎではないだろうか。オリオン座に関しては嫌でも覚えるだろう。
「じゃあ、天の川は天の川銀河の一部っていうのも嘘だったの」
「それは本当」
「嘘の中に本当のことを混ぜないで!」
音無が結構大きな声で叫ぶ。外だから騒音が・・・日常的に爆発が起きるような寮だし問題ないか。
「ごめんごめん。お詫びに珍しい物見せてあげるから。この望遠鏡をのぞいてみなよ」
「・・・分かった。・・・!!?なにこれ」
「どう?運がよくないと見えない、『羽根付き羽なし扇風機』と『羽根なし羽あり扇風機』だよ」
「そもそも何で空にそんなものがあるか分からないし、ややこしくてどっちがどっちか分からないよ」
「去年香川が飛ばした扇風機まだ近くにあったのか。そろそろ回収しないと怒られるだろ」
「でも、私見た時1ドルと20ユーロ飛んでたよ。そこまで気にする必要ないんじゃないの?」
「それも気になるが、次元が違うだろう。扇風機とお金は」
「でも回収するって言ったってどうするの?動きは変則的だしいきなり加速するよ。前はそれで諦めたんじゃなかったっけ」
そうだった。超面倒くさい機能を付けていやがったのを忘れていた。
「また今度にしよう。まだ実害は出ていない」
「遠藤君が諦めるレベルのことなんだ」
食事も終わり、ロマンのかけらも感じない人たちは部屋に戻ってしまった。たまたまだが、僕と香川、音無が残ってしまった。
「初めて天体観測なんてしたけど案外いいものだね。曲が作りたくなるのが分かるくらい」
「そうか、気に入ったのなら良かった。香川に伝えてやるときっと喜ぶぞ」
「そういえば香川さんが星好きなんて意外だな」
「宇宙最大の爆発、ビックバンのロマンを追いかけてたらいつの間にか好きになっていたって梶井から聞いたことがある」
「そう聞くと香川さんらしいかも」
「あ、避雷針が飛んでる」
望遠鏡をのぞいていた香川が唐突に叫ぶ。
「この街の空ってどうなってるの。明らかにやばいものが飛んでない?」
「少なくともすべての原因が香川ではなさそうだが、別にあの学校にそういうことをやりそうな奴は複数いるからな。不思議じゃない」
「やっぱりおかしいよ、この街は」
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